
自治寮と、「日常記憶地図」
2000年代 松田さんの「日常記憶地図」

松田さんについて
熊野寮在籍期間は2000年から2005年。現在は大阪で建設会社に勤務している。学生時代はアルバイトで家庭教師をしていた。
聞き手:岡本陸
中華料理屋 龍門
ご飯は基本的に寮の食堂で寮食を食べるか自炊をしていましたね。だから外でご飯を食べるようなことはなかったですね。ご飯を一緒に食べるような学科の友達もいなくて、百万遍でご飯を食べるようなこともなかったです。
塾のアルバイトで夜遅くなって寮の食堂がやっていないときは「龍門」(b)に行くことが多かったです。「龍門」は中華料理屋さんで、塾の帰りに一緒になった寮生と一緒にご飯食べたり、食堂が閉まっているときによく行っていましたね。
あと友人の影響でお好み焼き屋はよく行っていました。「風月」(c)とか二条に「ちゃばな」っていうところがあったけどつぶれちゃいました。紅茶も飲みに行ってました。三条の「リプトン」(d)と大丸の東側の喫茶店(e)、あとは「マールブランシュ」くらいかな。食べるのと飲むのが好きなんでね。モンブランを食べに植物園のほうにも行ったりしていました。
アルバイト 家庭教師
3回生まで、山科のほうに家庭教師をしに行っていましたね。自転車で30分くらいかけて山超えて行ってました。帰るときはまた山を超えて龍門に行って平安神宮のところを通って帰ることが多かったです。
熊野寮
お気に入りの場所は食堂と部屋とリビングあたりです。18時から26時くらいはリビングにいて、26時から次の日の午前中まで部屋で寝るという感じです。リビングでは8畳くらいのところに6人くらいが集まってビールとかコーヒー飲んだり、ゲームしてたりしましたね。そこまで勉強はしていなくて。部屋の近くに非常階段があって涼しかったです。階段にロープを吊って洗濯ものを干したりしてましたね。
3回生くらいからコーヒーを飲んでました。お酒を減らして、コーヒーを多くしたら集まる人が増えていきましたね。学校の帰りに輸入食品店でコーヒーを買って、スーパーで牛乳を買ってましたね。
大学から帰るときに「グレース田中」(f)や「生鮮館」(g)、「えびすや」(h)、出町柳の輸入食品店(i)で買い物をして帰ってましたね。週に2,3回くらい。大学から帰るときはそのまま寮に帰るかぐるっとスーパー回ってから帰るかの2択でしたね。
散歩
あまり遊びにいくことはなかったのですが、よく散歩に行くことはありました。鴨川沿いを行って、飛び石(j)を渡るのは必須でした。雨の時は二条の橋を渡るけど。それで錦市場とか河原町、大丸(e)らへんをふらふらしてぐるって回って戻ってくる。
東寺とか三十三間堂とか寺社仏閣はほとんど行ったけど一回行けばいいかなという感覚でした。大して変わらないからあんまり行かなかったです。
大学を卒業してからも寮に遊びに行くことがあって、南禅寺はよく行っていました。蹴上のほうに行って南禅寺に行って適当に抜けて、銀閣寺前まで行って寮に戻るというルートですね。
あとは御所に梅を見に行ったり、岡崎に桜を見に行ったり。紅葉も好きで嵐山とかも行きましたよ。6月はアジサイを見に行くし。でもよく行く場所みたいなのはありませんでした。
銭湯
銭湯はよく行っていましたね。寮内に風呂がなかったし行くしかなかったんですが。「銀座湯」(k)とか「平安湯」(l)とかに行ってました。ただ、それぞれ水曜休みだったり土曜休みだったりと休みが違うし、閉店時間も0時までだったり、1時までだったり違うからその時に行けるところに行っていました。
愛着のある場所
寮も含めていいならやっぱり寮。含めないなら散歩道かな。本は買わないけど丸善に行くなどふらふらしてました。当時は人がそんなにいなかったし、雨も当たらないので、アーケードの通りもよく散歩してましたね。