
【西嶋研究室】 traverse 25 Project
複層ガラスのひずみに基づく風圧実測手法の開発
修士課程 奥川凜太朗
はじめに
台風や竜巻などの強風災害に対する既存の建築物の余力を適切に評価するためには、建築物に作用する風荷重を過大あるいは過小評価することなく精確に評価する必要がある。建築物の風荷重は一般的に風洞実験や数値シミュレーションの結果を参考に評価され、その妥当性は実際の建築物で行う風圧実測によって検証できる。しかしながら、既存の風圧実測手法では、外気の圧力を導圧するため、建築物の外壁に穴を開けなければならない。そこで本研究[1]では、圧力センサに依らない簡易な風圧実測手法を開発する。この手法によれば、高層建築物の外皮に用いられる複層ガラスに生じるひずみの変化を計測することで、建築物に作用する風圧を推定することができる。
複層ガラスのひずみと風圧の関係
図1に、風圧の作用により建築物の外皮を構成する複層ガラスが変形する様子を図示した。本研究では2枚のガラスの間に空気が封入された複層ガラスを想定している。図2に、複層ガラスに作用する圧力と封入空気に関わるパラメータを図示した。図1に示したように、風圧が作用すると複層ガラスはたわみ、表面にはひずみが生じる。このひずみの変化を計測することで、作用する風圧を推定するというのが本研究で開発する手法の原理である。しかしながら、複層ガラス表面のひずみの変化は、風圧の他に、図2に示した大気圧、室内圧、封入空気の温度変化に伴う体積変化によっても引き起こされる。

図1. 無風時(左)と風圧作用時(右)の複層ガラスの断面透視図

図2. 複層ガラスに作用する圧力と封入空気の状態に関するパラメータ
封入空気の温度変化に伴う体積変化を考慮するために、封入空気を理想気体と仮定し、理想気体の状態方程式から、が一定になるという条件を用いた。また、2枚のガラスをそれぞれ1枚の平板とみなし、圧力を受けたガラスのたわみを、等分布荷重を受けた平板のたわみとしてモデル化した。その結果、複層ガラスを構成する2枚のガラスのうち、室内側のガラスの室内側表面の中心に生じる曲げひずみは、以下のように複数のパラメータの関数として表せる。
風圧実測手法の実装
式(1)の関係を用いて風圧の値を推定するためには、の値を計測する必要がある。の値は絶対圧計を用いて計測するが、建物の外に絶対圧計を設置することが難しいため、大気圧の値については建築物の屋上または1階で計測した大気圧を高さ補正した値を用いる。また、2枚のガラスの間にセンサを設置できないため、は室内側ガラスの室内側表面の温度と等しいものと仮定して温度計を貼り付けて計測する。曲げひずみは直接計測することができないため、ひずみゲージ※1を貼り付けての基準となる状態での値からの変化量を計測する※2。ただし基準となる状態は、ガラスに風圧が作用していない無風時とする。式(1)よりは以下の式で表せる。
P1r,P2r,Trは基準となる状態でのP1,P2,Tの値である。計測したP1,P2,T,P1r,P2r,Tr,Δεxの値を、式(2)をPwについて解いた式に代入することで風圧Pwを推定する。
※1:ひずみゲージは抵抗体の抵抗値が伸縮によって変化する現象を利用したひずみ計測用のセンサ。詳細は参考文献[2]をご参照ください。
※2:ひずみゲージで計測するのは、実際には軸ひずみと曲げひずみの和の変化量であるが、別途行なった検討の結果、曲げひずみの大きさにくらべ軸ひずみの大きさが十分に小さいことを確認したため、ひずみゲージで計測したひずみの変化量を近似的に曲げひずみの変化量と扱うこととした。
小型圧力箱を用いた実験による風圧実測手法の検証
図3に実験に用いた圧力可変装置と小型圧力箱の写真を示す。小型圧力箱の上部の穴に複層ガラス試験体を固定し、小型圧力箱の中にチューブでつながれた圧力可変装置から空気を送り込むことで、圧力箱の中から複層ガラスに風圧を模した圧力を作用させる。圧力箱内部が実際の外気側、外部が実際の室内側に対応している。なお実験環境では、圧力可変装置を動作させていないときには、圧力箱内外の気圧は等しい()。そのため、に相当する圧力箱外部の気圧の計測値をの計測値と扱った。また、検証用に風圧に相当する圧力箱内外の圧力差を差圧計で計測した。図4に推定したおよび検証用のの時刻歴を示す。作用させたの範囲が±1200 Paであるのに対して、推定したの値と検証用のの値の差は約50 Paであったため、が推定できたとみなした。実用化に向けて課題は残るものの、本研究で開発した風圧実測手法の妥当性は確認することができた。

図3. 圧力可変装置(左)および小型圧力箱(右)([1]より転載・一部変更)

図4. 推定したと検証用のの時刻歴([1]より転載・一部変更)
参考文献
[1]奥川凜太朗, 伊藤靖晃, 西嶋一欽, 建築物外皮を構成する複層ガラスのひずみに基づく風圧実測手法の提案, 20060,日本建築学会大会学術講演梗概集, 2024
[2]株式会社東京測器研究所, ”ひずみゲージとは”, (URL) https://tml.jp/knowledge/strain_gauge/about.html , 2024/11/29閲覧