【西嶋研究室】 traverse 25 Project

ミッション:強風災害の軽減

西嶋一欽

はじめに

我が国では台風によって年あたり平均約3,000億円程度の被害が発生している[1]などに基づいて算定。世界に目を向けると、風水害は最も深刻な災害の一つであり、特に開発途上国では台風襲来によって地域の大半の建物が損壊するような被害も発生している。西嶋研究室では、幾分かの寄り道をしながら、強風災害の軽減をミッションとして、「実測」、「実験」、「リスク評価」、「実装」を軸に研究を行っている。

 

実測

建築物の強風被害予測の観点からは地表面付近の風速場の理解は不可欠であるが、現状技術的・費用的な観点から風速を稠密に計測することは困難であり、風速観測点数は極めて限られている。当研究室ではこの状況を打破するために、新たな原理に基づいた風速計測技術を開発に取り組んでいる。例えば、風の中に置かれた柱状物体周りに発生する渦に伴って発生する音に基づいて風速を推定する方法、有風下での雨滴の軌跡から雨滴に作用する風力を逆算しそこから風速を推定する方法[2]、ヘリウムを充填したバルーンに数センチメートルの精度で測位できる機材を搭載しバルーンの軌跡から風速を推定する方法(図1)[3]などの開発に取り組んでいる。

建築物に作用する風圧の実測技術の開発にも取り組んでいる。従来の風圧実測には二つの場所の圧力の差を計測できる差圧センサ が用いられているが、差圧センサを用いた方法では基準となる圧力を測定するためにチューブ を建築物内外に取りまわす必要があるなど設置に要する労力が大きいことが欠点であった。そこで、当研究室では上記の欠点を克服するために、基準となる圧力を導圧するためのチューブの取り回しが不要な絶対圧センサを用いた風圧計測システムを開発した。そして、開発した風圧計測システムを用いれば、台風に先回りしてオンデマンドに風圧計測できることを示した[4]。また、外皮に圧力センサを取り付けることが困難な超高層建築物などを念頭に、複層ガラスに作用する風圧とひずみの関係に着目した風圧実測手法の開発にも取り組んでいる。

図1 桜島での実験風景



 

実験

 境界層風洞(図2)を用いた実験的研究を展開している。例えば、隣棟建物間の距離などの周辺環境が低層建築物の屋根面に作用する風圧力に与える影響に関する研究[5]や、日本で見られる一般的な建築物のみならず,東南アジアなどの熱帯地域で見られる高床式建築物などの形状が特徴的な建築物の空気力学的特性を明らかにする研究[6, 7]などを進めてきた。また、点群データに基づいて実市街地模型を製作する手法[8]、風圧計測風洞実験に用いる建物模型を導圧チューブ一体で3Dプリンタを用いて出力する手法[9]の開発など、風洞実験の効率化に関する取り組んでいる。

最近では、ゲリラ豪雨や線状対流系豪雨の制御に資する研究にも取り組んでいる。特に、ゲリラ豪雨についてはその発生・発達には都市内の気流が関与していると考えられていることから、境界層風洞内に し、気流制御デバイスや熱制御デバイスによって都市の気流を変化させることで、ゲリラ豪雨に発生・成長を抑制する可能性について実験的研究を進めている。

※列状に並んだ対流性の雨雲群が世代交代をしながら組織化した降水システムを形成することに伴い、長時間にわたって降雨が継続することによって生じる豪雨

図2 境界層風洞

 

リスク評価

 強風リスクの評価に関連する研究として、統計的手法による台風シミュレーションを用いた確率論的ハザード評価に関する研究[10],強風による住宅の被害発生過程を明示的にモデル化した脆弱性評価に関する研究[11],気候変動による影響評価に関する研究[12]を行ってきた。2020年からは国内外損害保険業界15社と共同で、国内の建築物の強風リスクに対する分析手法を高度化する研究を実施している(強風リスク分析コンソーシアム)。また、風圧による被害のみならず、飛散物による強風被害予測に資する飛散物の空気力学的特性の解明に関する研究も行っている。

国外の強風被害に関して、2013年にフィリピンを襲った台風Haiyanに対して強風被害調査を実施、その後現地の研究者らと共同研究を行い、信頼性工学・風工学の観点から現地のノンエンジニアド 住宅(工学的な知見に基づかず、住民自身あるいは非専門家によって建設された住宅)の耐風性能を定量的に評価するとともに、建築計画的な観点から地元の住民に受け入れられる耐風性能が高い住宅を提案した。また、開発途上国に多く見られるノンエンジニアド住宅の耐風性能を信頼性工学の知見を用いて、その耐風性能を定量的に評価し効果的な被害低減策の意思決定に用いるという手法[13]を提案するなど、開発途上国の強風被害の軽減に資する研究を展開している。

 

実装

 開発途上国で強風被害の軽減に資する実装プロジェクトを主導・支援してきた。特に、2015年サイクロンPamによって甚大な被害を受けた南太平洋に位置するバヌアツ共和国タンナ島では、調査によって明らかになった耐風性能が高いユニークな形状を有した伝統建築物(ニマラタン)の存在-ただし、外来文化の導入により減少しつつある-がきっかけで、JICA草の根協力事業「タンナ島における在来建設技術の高度化支援」を実施した。この事業では、科学的・工学的手法を用いて在来建設技術の性能を評価するとともに、建築計画系の研究者らの協力を得つつ現地の住民ら共同で、現在の伝統建築物が有する問題点を把握・解決し、伝統建築物ニマラタンを高度化することで、その発展的継承を模索した(図3)。

図3 高度化ニマラタンの建設現場

 

まとめ

 このように、当研究室では、風の性質、被害発生メカニズムの解明、リスク評価、さらに意思決定支援までの一連の研究ならびに研究成果に基づく実践的活動を行っている。研究室配属の学生は、これらの一連の活動に直接的・間接的に資する研究を担っている。次頁以降では、6名の研究室メンバー(研究員1名、学生5名)に自らの研究について、自らの言葉で語ってもらった。

 

引用文献

[1] Munich Re, NatCatSERVICE

[2] 三宅克典, 栗田剛, 西嶋一欽,PTV技術を用いた有風下での雨滴追跡による風速推定とばらつきの要因分析,風工学研究論文集,27巻,pp. 217-226, 2022.

[3] 西嶋一欽,大風翼,中嶋唯貴,RTK-GNSS 搭載バルーンの飛行経路に基づく風速観測の基礎的検討,京都大学防災研究所研究発表講演会梗概,B301,2p., 2021.

[4] 西嶋一欽, 米田格, 清水勝,2021年台風16号通過時の低層建築物屋根への作用圧力と周辺風速の同時計測,風工学研究論文集,27巻,pp. 99-108, 2022.

[5] 美並浩成,西嶋一欽,丸山敬,西村宏昭,隣接建物の影響を考慮した建物群の風荷重評価手法,日本風工学論文集,第44巻,第4号,pp. 81-89,2019.

[6] 岸田夏葵, 西嶋一欽ら,形状に着目したバヌアツ共和国タンナ島における伝統的サイクロンシェルターの空気力学特性,第24回風工学シンポジウム論文集,p.211-216, 2016.

[7] Okuda, H., Nishijima, K., Espina,M.A., Study on aerodynamic characteristics of vernacular house with elevated floor – wind force, pressure and speed,Proceedings of the 15th International Conference on Wind Engineering, 2019.

[8] 西嶋一欽,鴨下諒一,点群データに基づいて作成した実市街地模型を用いた強風被害分析のための風圧測定実験,2021年度日本風工学会年次研究発表会梗概,2p., 2021.

[9] 西嶋一欽,武市俊太朗,3D プリンタを用いて模型と一体的に出力した導圧管の動的圧力伝達特性への影響,日本風工学会年次研究発表会・梗概集,2p.,2022.

[10] Zhang, S., Nishijima, K., Statistics-based investigation on typhoon transition modeling, Proceedings of the Seventh International Colloquium on Bluff Body Aerodynamics and Applications (BBAA7), pp.364-373, 2012.

[11] Zhang, S., Nishijima, K., et al., Reliability-based modeling of typhoon induced wind vulnerability for residential buildings in Japan, Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, 124, pp.68-81, 2014.

[12] Nishijima, K., et al., A preliminary impact assessment of typhoon wind risk of residential buildings in Japan under future climate change, Hydrological Research Letters, 6, pp.23-28, 2012.

[13] Nishijima, K., Housing Resilience to Wind-Induced Damage in Developing Countries, Climate Adaptation Engineering (Emilio Bastidas-Arteaga and Mark G. Stewart (ed.), Butterworth-Heinemann, 2019.

関連記事一覧