躯体図考-躯体図からBIM へ-|古阪秀三

― 4. Drawing X・躯体図考

 星国におけるコンクリート躯体図等の実態調査4、ならびにUAE、英国、米国等での同様の実態調査4 などからいえることは、日本以外の国では基本的にゼネコンが設計図書ならびにそれを受けた施工図に関与することはないということである。図5 は設計図書、施工図等各種図面の作成者の役割分担関係を示したものである。上述の通り、設計者が設計図書(意匠、構造、設備の各設計)を描き、専門工事業者が施工図を描くことを示しており、破線で囲ったDrwing X とあるところが何を意味し、誰が描くのかを模式的に示したものである。

図5 各種図面の設計者、ゼネコン、専門工事業者間の役割分担

 すでに明らかなように、このDrawing X は設計図書と施工図に描かれた内容の完成度と相互の整合性の確認・多寡によって描かれるもので、具体的には平面詳細図、断面詳細図、コンクリート躯体図等が含まれるが、日本以外は原則として描かないとされるものである。設計図書の完成度・相互の整合性が高いものはDrawing X が設計図書に描きこまれていることを意味し、逆に、設計図書の完成度・相互の整合性が低いものは専門工事業者側の負担となっていることが予想される。図5を星国や中東にあてはめると、星国や中東で活躍する設計者がAIA やRIBA の建築家であれば、その責任において設計図書の完成度と相互の整合性を図るべく努めなければならず、ゼネコンがDrawing Xを描くことを止める。この場合、日本のゼネコンとて例外ではない。また、設計図書の完成度と相互の整合性をさほど強く規定していない場合は、日本のGC はDrawing X を描き、その他の国を出自とするゼネコンは描かず、その完成度と相互の整合性が不十分なまま、専門工事業者側へと図面情報が流れ、その専門工事業者の能力の範囲において施工図が描かれ、工事へと進んでいくのである。いずれにせよ、当該国の建築家/建築士制度に依存していることはいうまでもない。

 このように、日本のゼネコンは設計図書の完成度と相互の整合性のいかんにかかわらず、日本国内で培ってきた手順であるコンクリート躯体図等を描く作法から脱しきれないのである。日本のゼネコンの所長曰く、「品質の安定した建物をつくるにはこれぐらいの人間と図面班を配置して整合性を確保し、専門工事業者への情報を提供しなければ不安である」。これが日本の建築プロジェクトのやり方、すなわちものづくりの原点であり、それは日本国内外の区別がなく、投入できる現場経費の制約を気にしながらも最善を尽くすという日本人気質を彷彿とさせるものがある。しかし、このことは、世界の多くの国でなじまないやり方、評価されないやり方にすぎないと目される。

4 古阪:特集1 中東の建設事情に関する調査~中東で考える日本のものづくり~,建築コスト研究,建築コスト管理システム研究所,No.90,pp.35-44,2015.7.1

― 5. Drawing X とBIM

 製品設計の世界で2つの型、すなわち、インテグラル・アーキテクチャ製品の設計とモジュラー・アーキテクチャ製品の設計がある。(図6, 注)5,6

図6 インテグラル・アーキテクチャ製品の設計とモジュラー・アーキテクチャ製品の設計

 図6の2つの製品アーキテクチャの概念を援用して、Drawing X・躯体図考の図5を重ね合わせると、図7をつくることができる。図7の左図はDrawing X があり、ゼネコンがコンクリート躯体図等を描いているものである。右図はDrawing X がなく、つまりは、図面に関してゼネコンが介在することなく、意匠、構造、設備の設計者とその者が描いた図面を基に生産・施工する専門工事業者が個々に対応しているものである。

図7 図5および図6の合成

 この図が何を意味しているか。まだ、仮説的なことではあるが、将来のBIM(BuildingInformation Modeling)への移行を考えたとき、日本の建築生産のしくみのどの部分を維持し、またどの部分を革新すべきかを暗示しているように思える。その要点をいくつか摘記する。


1.BIM は国際的に開発・利用が活発化している。


2.その世界標準はモジュラー型の建築生産システムになじむBIM である。


3.Drawing X をゼネコンが描き、設計チームと専門工事業者チームの間に立って図面の調整をし、また設計チーム内の意匠、構造、設備の設計者間の調整を総合図作成として担当する日本の体制は、明らかにインテグラル型の建築生産システムである。


4.したがって、日本で進んでいるBIM は基本的に各社独自の取り組みによるもので、いわばスタンドアローンであり、インテグラル型のBIM である。


5.スーパーゼネコンの例を挙げれば、各社の年間工事高が1 兆円~ 2 兆円という規模であり、星国の建設投資総額が2 兆円~ 3 兆円であることに照らして考えると、各社ともにスタンドアローンで十分に成り立つ市場を有しており、星国が国を挙げてBIM に取り組んでいることとは好対照である。


6.しかし、モジュラー型のBIM が目指すのは、情報の共通化であり、製品・部材の標準化であり、流通システムの合理化である。BIM に関してサプライチェーンマネジメントが強調されるのはそのためである。


7.したがって、星国のような市場規模が小さな国、市場規模が大きくとも国際化が進んでいる国では、国を挙げてのBIM、あるいは国際市場をにらんでのBIM であり、このことがモジュラー型のBIM が有する特質と一致しているように思える。


8.一方で、国内市場が大きく、また、スタンドアローンのBIM が独自開発できるスーパーゼネコンが存在し、かつ国際化が進んでいない国では、国際的BIM 化の流れに乗ることができるのか疑問である。


9.もちろん、日本の強みを生かし、“ 高品質な建築生産システムの成果物” を世界に発信する戦略も必要であり、伸ばすべきことであるが、そのためにはスタンドアローンのBIM ではなく、インテルグラル型のBIM でありながらも、“ 国を挙げてのBIM”、あるいは“ 国際市場をにらんでのBIM” を伸ばしていくことが喫緊の課題であろう。

(注)安藤は、文献5) を引いて、インテグラル・アーキテクチャとモジュラー・アーキテクチャを文献6) の中で以下のように説明している。『インテグラル・アーキテクチャとは、機能要素(異なる性能)が相互に関連し、構造要素も複雑に取り合い、さらに機能要素と構造要素が複雑に対応しているものをいう。これに対して、モジュラー・アーキテクチャとは、機能、構造それぞれの分節が簡潔なツリー状の構成を持ち、さらに機能要素と構造要素とが1 対1 の単純な対応関係にあるものを指す。』
5 藤本,武石,青島編:『ビジネス・アキテクチャ:製品・組織・プロセスの戦略的設計』,有斐閣,2001
6 藤本,野城,安藤,吉田:『建築ものづくり論』,pp74 ~ 75,有斐閣,2015.7.10

― 6. おわりに

 コンクリート躯体図を誰が書くのかの議論からBIM の世界にまで、少し乱暴な仮説を書かせていただいた。拙稿で最も言いたかったことは、日本の建築生産のしくみのどの部分を維持し、またどの部分を革新すべきか、その決断の時期であるということである。

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