躯体図考-躯体図からBIM へ-|古阪秀三

Concrete Body Plan to BIM

― 1. はじめに

 筆者らはここ10 年あまり、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成を受けて「建設プロジェクトの発注・契約方式と品質確保のしくみに関する国際比較」の研究課題に取り組んできた。日本、中国、韓国、台湾、シンガポール(以後、星国と略す。)、UAE、英国、米国を対象に発注・契約方式と品質確保のしくみに関してさまざまな調査を行った。
 筆者らの科研研究の調査1 によれば、日本のゼネコンは、国内はもとより海外でも平面詳細図、コンクリート躯体図等を描くことがわかっている。それがなぜなのか、ここではコンクリート躯体図を例に考えてみる。

1 古阪:建築コストをめぐる話題(12)~建設業の海外進出における品質とコスト~,建築コスト研究,建築コスト管理システム研究所,No.83,pp.68-72,2013.10.1

― 2. 日本でのゼネコンによるコンクリート躯体図の扱い方

 日本においてコンクリート躯体図を含む施工段階における図面の作成、さらにはその作成主体や種類・内容について、法律で明確には規定されておらず、建築工事ごとの契約(実際には慣例)に基づいていると解される。そのため、法律で定められる建築物の規制や性能、設計図書の内容を逸脱しない範囲であれば、設計段階で決めることができない部分を施工段階に委ねることが可能となる。そのことによって、各主体に不足する能力・情報を相互に補完しあい、協調的に生産情報を確定してきたと考えられる。では、コンクリート躯体図をゼネコンはどのように扱っているのであろうか。
 筆者らの調査によれば、コンクリート躯体図に記載される情報は設計図書に含まれる複数の図面の内容が反映されるため、意匠図、構造図、設備図の整合性が取られていることが前提となる(図1)。

図1 コンクリート躯体図の役割を示す具体的な箇所

 しかし、実際には設計チーム内での情報伝達不足などから設計図書に不整合が生じている場合がある。そのような背景から、ゼネコンはコンクリート躯体図の作成を通じて、まず、柱の位置や床スラブのレベルなど、意匠図、構造図、設備図それぞれで示される情報の整合性を確認し、関連する工事に不整合が生じないコンクリートの寸法を確定させているのである。また、コンクリート躯体図は専門工事業者との調整を行うための図面でもあり、ゼネコンと専門工事業者とのやり取りによって正確なコンクリートの寸法が決定され、監理者/設計者の承認を得ている。その他、コンクリート躯体図に示される仮設開口など施工上必要な情報についても、ゼネコンから提示される情報であり、施工性を検討した結果、設計仕様の変更が必要になる場合には、コンクリート躯体図をもとに監理者/設計者の承認を得ている。


 端的には、コンクリート躯体図は、ゼネコンが設計図書の完成度・相互の整合性を確認し不足を補うこと、多数の職種に分かれて行われる専門工事の担当者に的確な情報を提供し手戻りのない工事の進捗に資するために、工事を一括して受注するゼネコンが描いていると解される。したがって、川上側の設計図書の完成度・相互の整合性と川下側の専門工事業者の能力に依存してコンクリート躯体図作成の負担・情報の密度も変化する。

2 田村,藤井,片田,古阪:建築工事において施工段階に作成される図面の役割~日本の建築生産プロセスに着目して~, 第31 回建築生産シンポジウム(東京)論文集,2015.7

― 3. 星国におけるコンクリート躯体図の扱い方

(1) 設計者(星国)とゼネコン(日本)の場合
 星国で実施され、星国設計者、日系ゼネコンが関与するプロジェクトの情報伝達の流れを図2 に示す。設計内容の確定度が低い状態の設計図書(一般に星国の設計者の図面の完成度は低く、且つ意匠、構造、設備の整合は不充分である)をゼネコンが受け取り、日本でのやり方と同様に躯体図等を作成し、専門工事業者がそれに基づいて施工する。しかし星国では躯体工事は一業者に発注されることが多く、また「専門工事業者は構造図を使う方が簡単」といい、星国の専門工事業者は躯体図を使うことに慣れていない場合が多い。このことから日系ゼネコンが躯体図を描く動機は、日本での場合とは異なり①設計内容の確定度が低いこと、②日系ゼネコンは躯体図がないと主に品質、工事管理の面で不安であることに起因すると思われる。


(2) 設計者(米国)とゼネコン(日本)の場合
 星国で実施され、米国設計者、日系ゼネコンが関与するプロジェクトの情報伝達の流れを図3 に示す。基本的には調整済の設計図書を専門工事業者へ渡し、専門工事業者が製作図を作成、施工する。ゼネコンは図面を作成しないこのやり方は、設計内容の確定が設計者の責任である英米のやり方と同様であると思われる。

 図3 のプロジェクトでは、躯体工事の専門工事業者の技術力が不足しているため、ゼネコンが躯体図等を作成するという役割分担が行われた。


(3) 星国での設計者(星国)とゼネコン(星日JV)
 星国で実施され、星国設計者、星国ゼネコンと日系ゼネコンが関与するプロジェクトの情報伝達の流れを図4に示す。星国ゼネコンが主担当のため、ゼネコンとして躯体図等は描かないが、図4のプロジェクトでは日系ゼネコンがアルミ製型枠製作図をチェックして躯体図化した。しかし、その躯体図が機能せず、専門工事業者は設計図書に基づき各自で製作図を作成、施工した。

 ゼネコンが図面を作成しない点では英米でのやり方と似ており、旧宗主国である英国の影響も考えられる。一方で設計内容は会議等を通して若干の調整が行われるが、英米ほどの確定度ではない。内容の確定度が低い状態の設計図書を専門工事業者へ渡し、専門工事業者は製作図を作成、施工するというやり方であり、必要に応じて専門工事業者が手直しを行うことで不足分を補う形をとる。図2と設計内容の確定度が低い点で共通しているが、その対応方法は異なっている。

3 片田,藤井,古阪:建築生産プロセスにおける躯体図の役割~シンガポールでの建築プロジェクトを対象に~,第30 回建築生産シンポジウム(東京)論文集,pp.77-84,2014.7

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