建築家/平野利樹|虚構と現実の境界を見る

一番面白いのはフィジカルな世界とバーチャルな世界が接してせめぎ合っている境界

ーーゲーム内空間の制約やその制約の中で作るからこその面白さは何ですか。

 グランドセフトオート(GTA)やレッドデッドリダンプション、Far Cryなどのゲームを結構やっていて、オープンワールドゲームにおける世界の作り方に興味を持つようになりました。現実の世界のような世界をゲームの中でつくる場合、計算処理的な問題で圧縮する必要があるのですが、その圧縮のやり方が面白いなと思います。例えばGTA5のゲーム世界のモデルはロサンゼルスですが、実際のロサンゼルスのようでありながらいろいろな箇所が実際とは違っていてうまく省略されています。例えばマップの端には崖があってそこから先には登れなかったり、海があってその先に行こうとするとプレイヤー自身が泳げなくて溺れるようになっていたりします。単純に透明な壁があるのではないようなゲームの境界の作り方は面白いと思います。

ーーデジタル建築が実際の建築にどのような影響をもたらすと思いますか。

 デジタル建築を学んでフィジカルな建築の領域に活かしていくことは今後出てくると思います。ゲームエンジンを使って建築を考えるという試みは既にあるのですが、本当にまだ始まったばかりで私もあまり取り組めていませんね。

 メタバースやVRが世間では盛り上がっていますが、個人的には懐疑的に見ています。現在メタバースと呼ばれているものは90年代にMITメディアラボのウィリアム・J・ミッチェルのCity of Bitsという本で書かれていたこととあまり変わらないんです。当時、これからの世界はバーチャル世界になり、バーチャル銀行、バーチャルマーケット、バーチャル美術館ができてそこで生活ができると書かれていました。そして、メタバースという言葉が使われる前の時代にSecond Lifeという、今見るとまさにメタバースのゲームが存在していました。それらと現在盛り上がっているものはあまり変わりがなくて、基本的な考え方として全ての生活がバーチャル世界で完結しフィジカルな世界がいらなくなるという考えに基づいているように思います。でも個人的にはあまりそういった考えに興味はありません。

 境界の話に戻りますが、一番面白いのはフィジカルな世界とバーチャルな世界が接してせめぎ合っている境界部分だと思います。しかしメタバースの中でそういったフィジカルな世界とバーチャルな世界の境界面に焦点を当てて提案しているものはあまりないので、そういった境界面について考えないといけないのではないかと考えています。

フィジカルなものがバーチャルに完全に代替されるということはあり得ない

ーー平野さんの場合は、フィジカルな世界にはバーチャルに代替できない価値があって、最終的にバーチャルに行きつくことはないという考えになるのでしょうか。

 そうですね、フィジカルなものがバーチャルに完全に代替されるということはあり得ません。逆も然りです。例えば3Dスキャンをする際にフィジカルなものをバーチャルな世界、つまりデジタルに持っていくと、スキャンされたモデルはフィジカルなもので代替できているかというとそうではない。技術の向上によって限りなく精細にスキャンはできますが、当然スキャンの漏れがあったりすると思います。バーチャルやフィジカルといったいろいろな世界があったとして、その世界の境界を越える時には何かが欠落したり変質したりします。そういった欠落や変質をネガティブなものとして捉えるのではなく、むしろ肯定的に捉えていくことが大事だと思います。

 個人的に3Dスキャンに惹かれる理由は、スキャンする時に穴が開いたり、机とその上に置いた物がグニャっと繋がったりすることで、フィジカルなものにはない魅力をスキャンされたものが持ち始めるところです。それは境界を越えることによって発生することですよね。そしてスキャンデータを3Dプリンタなどでまたフィジカルな世界に戻してくると、また何か違った変質が現れてきます。デジタルとフィジカルがズレているからこそ、そのズレをより活かしていくことが今後重要になってくると思います。

3Dスキャンしたモノ

人間と機械の間の境界を越える際に生じる揺らぎが顕在化されている

ーーフィジカルとバーチャルはどのような関係性になっていくと思いますか。

 フィジカルなものとバーチャルなものを重ね合わせた際に生まれるズレや軋轢、摩擦といったものには興味があります。ロンドンのインストレーションではプロジェクションマッピングで、スキャンデータをもとに作成したフィジカルな作品に実際にスキャンデータを投影しました。投影されたデータとフィジカルな形状はなんとなく重なっていますが微妙にズレていて、すごく面白いなと思いました。バーチャルなものとフィジカルなものの軋轢というか揺らぎみたいなものにすごく興味があって、そういった意味ではARやVRも多分使えるだろうし、視覚的な関係性に限らずいろいろな関係性について考えていきたいと思います。

 ちなみに個人的にはプロジェクションマッピングが最近あまり面白く無くなってきたなと感じています。建物に投影する際に、最近は建物と投影されるイメージがピッタリ合うようになってきました。または、投影するイメージに合わせるに建物の形状を設計するようになったりしています。プロジェクションマッピングは建物と投影されたイメージの間に微妙なズレがあるから面白かったと思います。デジタルとフィジカルという境界があって、そこに生まれている揺らぎがプロジェクションマッピングによって顕在化することに個人的にはすごく魅力を感じているし、そこに新しい建築の美学があると考えています。

ーー予定調和的なものではなく、予想できないところから生み出される魅力をデジタル技術を使って見出していきたいということでしょうか。

 そうですね。今学期のスタジオは文章からイメージを生成するMidjourneyやStable Diffusionに関するものをやろうと思っています。文章を入れると画像が生成されるのですが、自分の思った通りの画像ではなく何かわからないものが出てくるのが面白いところだと思います。入力する文章をチューニングしていくと自分の思い描いたものに近いものが生成されるのですが、それでも完璧に理想通りのイメージには到達できなかったり。人間と機械の間の境界を越える際に生じる揺らぎが顕在化されているように思えて面白いと感じます。

ーー最近はそういった揺らぎやズレを楽しむ一般の方も多く、世間でも注目されているように感じますよね。

図したものとできたものはお互いが必ずしも代替関係にある必要はない

ーー自分の考えを他者に託したときのズレみたいなものは実はデジタルの時代だから顕在化しているだけであって、図面や模型に起こす作業自体にもズレが生じているということを考えているのですが、建築においてはそういったズレをプレゼンする時に予定調和的に説明しなきゃいけないように感じます。例えば卒業設計はその典型だと思うのですが、目の前にある模型は自分が建てたいものと同質のものであるという嘘をつかなければいけないという現実があって、そのズレを議論した時に実際に建築を立てる時にどうプレゼンをすればいいかということについて教えていただきたいです。

 結局他の人が見る時は設計者本人が意図したものとは全く別のものを見出していると思います。そこは個人的に面白いかなと思います。模型と表現の話でいくと、スタイロフォームなどで作られた白模型は抽象的だから実際はどのような質感なのかが限定されないという一般的な考えがありますが、そうではなくて、いろいろな人がそこから見出す共通の質感があり、とても限定的になってしまっていると思います。

ーープレゼンにおいて設計者本人が意図していなかった違う魅力が発見された時に「それ考えていましたよ」と言わないと評価されないという現実があるように感じているのですがどう思いますか。

 それは極めて日本的な文脈かもしれません。海外の講評会だと作った学生そっちのけで先生たちの間で議論が進んでいくことがあって、本人の意図と作られたものが合致しているかということよりも作られたもの自体をどう解釈するかの議論がそのまま膨らんでいく感じです。そういったことが起こるのは、さっきも話したように日本では設計課題がトレーニング目的で作られていることが大きな原因だと思います。設計に正解はないと言いつつも正解みたいなものがあって、設計者の意図とできたものが合致しているかということが重要になってくる。

 意図したものとできたものはお互いが必ずしも代替関係にある必要はなく自律していて良いのではないかと思います。モノとそれが3Dスキャンされたモノがあった時に、どちらかが他方を代替するわけではなくて、それぞれが別のものとして存在するという話と一緒だと思います。

インタビュー風景


平野 利樹 Toshiki HIRANO

Toshiki Hirano is Project Assistant Professor and Co-Director of the SEKISUI HOUSE – KUMA LAB at the University of Tokyo and he also teaches at Kyoto University as an adjunct lecturer. Hirano holds a Bachelor’s degree from Kyoto University, Master of Architecture degree from Princeton University, and PhD from the University of Tokyo. He founded THD in 2013. Hirano’s research and work investigate the new aesthetics in architecture through the use of digital technology and discussions with other fields such as art and philosophy.

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