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【小椋・伊庭研究室】「巣」の環境の築き方の時代から、その在り方の時代へ

序文:建築環境工学のこれまでと、これからの展望 

~熱・湿気環境分野の研究をもとに~

助教 髙取伸光

はじめに

 夏は涼しく、冬は暖かく過ごしたい。あるいは、梅雨頃のじめっとした湿気をどうにかしたい、冬季に暖房をつけると喉が乾燥するのをどうにかしたい。そのように健康で快適に暮らしたいと思ったことは誰しも一度はあるだろう。こういった健康性・快適性に対するニーズはある程度叶えられつつあるものの、全てのニーズを同時に叶えるというのは中々難しい。

 

 例えば、28℃が快適と感じる人と22℃が快適と感じる人がいるように快適性に対する感度が異なる人が一つの居住空間の中で暮らした場合、両方のニーズを同時に満足させるのが難しいのは想像に難くない。あるいは、冬場に暖房をつけた結果、窓面で結露が生じカビが繁殖してしまうことがあるように、ヒトにとって快適な環境が建物にとっては不適切なこともある。逆に、スーパーのように食材(モノ)の衛生状態が優先される施設では、過剰な冷房を使用せざるを得ないためヒトの快適性あるいは健康を損ないかねない場合もある。このように、ヒト・モノ・建物といった対象ごとに適切な環境が異なることは往々にしてあり、建築がその全てのニーズを満遍なく満たすというのは極めて難しい。

 

 また、これらのニーズは対象ごとに一定とは限らず、時間と共に変化することもある。例えば、ひと昔前に比べ地球環境の保全に対する社会的要請は年々増加しており、建築においても近年省エネルギー基準が制定されZEBあるいはZEHへの意識が高まっているのは周知の事実であろう。そういった時々刻々と変化するニーズや社会の要請を設計時に予測することは困難であり、その時々に応じて設備機器の更新や改修工事などによって対応するしかない。一方で、ル・コルビジェの建築群のように建築自体に文化的価値が後々付与されそのオーセンティシティの維持が求められるような場合や、コストの問題から建築の改修や設備の更新に対して大きな制約が課される場合には、建築や設備側の対応だけでなく人自身による環境調整行動(例えば窓やカーテンの開閉による換気や日射の取入れなど)が必要とされることもあるだろう。

 

 そのように考えると、多様なニーズと隣り合わせにある建築物の室内環境というものの目標値をどのように定めるのか、あるいは建築を運用していく中で時間と共に絶えず変化するニーズや社会的要請をどのように満たしていくのか、これは中々に難しい問いではないだろうか。

 

 

 

プロジェクトページの趣旨説明

 

 筆者の所属する生活環境制御学分野、小椋・伊庭研究室は建物や文化財に関わる熱や湿気の問題を中心に健康で快適な建築の実現方法や、文化遺産を保存・公開する方法を研究している、建築環境工学分野に属する研究室である1)。ここでは、建築環境工学という研究分野の現状を私なりに俯瞰し、まとめた上で、後述する我々の研究室が取り組む個別のプロジェクト紹介の趣旨説明としたい。

 

 ご存じの読者もいるかと思うが、建築環境工学は1964年に建築計画原論から派生した学問分野である2)。建築計画原論は、科学的な根拠に立って設計・計画を為すこと3)を目標としていたように、設計行為を中心としたトップダウン型の学問であった。一方で、近代化に伴い熱や空気、音、光などの物理現象に対する学術的専門性を向上させる必要性や建築設備の発展に伴い、科学的根拠を元に建築における工学的な解を探求するボトムアップ型の学問として建築環境工学は成立してきた2)。建築環境工学の開拓者の一人である前田敏男は建築計画原論の目的の一つを「建物を設計するときに建ち上がった後の状態を予測すること」4)であると述べるように、自然科学に基づいた環境の予測技術に関する研究が精力的に行われてきた。なお、私の専門である熱や湿気分野では、近年(無論、課題は多く残るものの)かなりの精度で建築壁体および建築内の温度および湿度状態を予測できるソフトウェア例えば5)6)も開発されつつあり、環境の築き方についてはそれなりに知見が溜まりつつあるといえよう。

 

 一方で、冒頭で示したような環境の在り方、言い換えれば建築計画原論のもう一つの目的であった科学的な根拠に立って“設計”を為すという点については、未だ多くの課題が残っているのではないだろうか。例えば、ヒト・モノ・建物といった対象ごとに異なる多様なニーズをどのように取捨選択し、環境の目標値を決定するのか。建物の運用に伴うニーズの変化や、運用段階における用途変更をどのように考慮するのか。人の環境制御行動を建築物の室内環境にどう活用していくのだろうか。こういった定量的な科学的根拠に立って環境の在り方を決め、環境を設計する、そういった知見については十分であるとはいえないのではないだろうか。

 

 一方で、産学連携でZEHのモデル住宅を実際に建てるプロジェクトである“エネマネハウス” 7) (写真)や、2015年に日本建築学会近畿支部が主催となり開催された<環境が形態を決める>という題目のシンポジウム8)が行われるなど、デザインにおける環境の役割が増加傾向にあることは間違いないだろう。すなわち、建築環境工学で培われてきた知見を活かし、設備設計だけでなくデザインの設計行為に携わり、ヒト・モノ・建物の多様なニーズをトータルで考えた建築環境の在り方を考えることがこれからの建築環境工学という分野の役割の一つではないだろうか。

 

 本研究室のプロジェクト紹介ページではこのような趣旨のもと、建築環境工学の知見をもとに実際の設計行為に寄与してきた研究事例を紹介すると共に、環境の予測技術に関して未だ不十分と考えられる点や、設計行為への関わり方あるいは建築環境の在り方に対する想いを、執筆者である教員および研究室の学生それぞれのこれまでの経験をもとに自由に述べてもらうことにした。

 

 

 

【参考文献】

 

1) 京都大学大学院 工学研究科建築学専攻 生活空間環境制御学HP:https://www.ar.t.kyoto-u.ac.jp/ja/information/laboratory/control

 

2) 尾島俊雄:1964年に「建築計画原論」から「環境工学委員会へ」,建築雑誌,pp.38-39,No.1646,2013

 

3) 荒谷登:現状と未来の在り方  -計画原論再考-,建築雑誌,p.131,No.1248,1986

 

4) 前田敏男:建築計画原論の発展のために,建築雑誌,pp.39-42,No.857,1958

 

5) 株式会社アドバンスドナレッジ研究所:”FlowDesigner”,[Online]. Available: http://www.akl.co.jp/. [Accessed 02 09 2020]

 

6) Fraunhofer IBP, “WUFI,” [Online] Available: https://wufi.de/en/. [Accessed 24 12 2019]).

 

7) エネマネハウス2017 学生が考える実現可能な一次エネルギー消費量0の家,[Online]. Available: https://www.enemanehouse.jp/. [Accessed 02 09 2020]

 

8) 公益社団法人 大阪府建築士会:日本建築学会近畿支部主催シンポジウム<環境が形態を決める>―建築・エンジニアリングデザインの最前線― 4/20,[Online]. Available: http://www.aba-osakafu.or.jp/info/1504/other01.html. [Accessed 02 09 2020]

 

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