耐震壁のデザインと最適化|大崎純
Design and Optimization for Seismic Wall
― はじめに
建築構造の形式は、張力構造やシェル構造などの特殊な構造を除くと、骨組構造と壁構造に分けられる1)。骨組構造は、主に梁と柱によって地震荷重などの水平力に抵抗し、壁構造は耐震壁によって抵抗する。また、連続体の板で構成される壁以外にも、ブロック壁や、ブレース構造のように、部材を組み立てて形成される構造も、力学的には壁と同様の役割を果たす。
建築構造の「壁」は、耐震壁(耐力壁)と、間仕切壁(非耐力壁)に分けられる。新築建物では、耐震壁と間仕切壁は明確に区別され、耐震壁は、高層ビルのコア回りや、集合住宅の住戸間に設置されて、防音などの機能を兼ねることも多い。しかし、耐震改修では、設計当初は開口部であったところに、耐震壁あるいはブレース構造による「壁」を設置することが多い。学校建築などの耐震改修では、窓が設置された外周構面に、図1 のようなK ブレースが設置される。しかし、このようなブレースは、美観的に望ましくないばかりでなく、居住性に問題が生じる場合もある。
ところで、建築骨組構造の耐震改修には、免震、制振、耐震、減築など、さまざまな方法が存在し、最適な方法は、個別の骨組の既存性能や用途によって異なる。とくに、公共建築物や事務所ビルでは、事業継続性が重要である。そのため、施工時の振動や騒音を低減する必要がある。
事業継続性と美観性を考慮した耐震壁の増設法としては、約20 年前から、図2のような格子で構成される耐震補強ブロック2)、ガラスと鋼材で構成されたブロック3)などが考案されている。これらのブロックは、接着によって耐震壁を製作できるので、施工時の騒音や熱の観点からも優れている。
最近になって、デザイン性を考慮した耐震補強について、さまざまな試みがなされ、図3 のようなスパイラル状のブレース配置4)5)、格子状壁による補強6)7)、ストランドによる補強8)などが提案されている。以下では、格子ブロックによる耐震補強に関する著者らの研究を紹介する9)10)。
(左)図1 窓に設置されたK ブレースの例
(右)図2 建物内に設置するブロック耐震壁の例(大林組提供)
― ブロック耐震壁の最適化
数理工学や経営工学で研究されている「最適化」を工学の構造設計問題に適用することを、構造最適化という。構造最適化問題は、構造性能に関する制約の下で、材料の重量などのコストを表す指標を最小化する問題、あるいは、コストに関する制約の下で、構造性能を最大化する問題として定式化される。また、骨組やトラスの部材剛性(断面積)を変数とする問題を、剛性最適化問題といい、部材配置も最適化することを、トポロジー最適化という。さらに、節点(接合部)位置を最適化することを形状最適化という。
耐震補強ブロックを骨組構造としてモデル化すれば、そのトポロジー(部材配置)と剛性分布を最適化することが可能である。また、規則的な格子ではなく、自由な形状の開口部を許容すると、より性能が高く、意匠性や通気性などの環境面でも優れたブロックを製作できると考えられる。
耐震壁の性能には、剛性や耐力などのさまざまな指標が考えられる。新築骨組の耐震設計ではなく、既存骨組耐震補強を想定したとき、以下のような設計条件を満たす必要がある。
1. 水平方向の地震荷重に対して、十分な弾性剛性、強度(最大耐力)と靭性(エネルギー消費能力)を持つ。
2. 向上で製作した部品を現場で組み立てることにより、短い期間で設置でき、作業中も熱や音によって建物の使用を妨げることなく、継続使用できる。
3. 設置と材料のコストが許容範囲内である。
4. 既存骨組の梁や柱部材への付加的な応力が小さく、接合部への大規模な補強が不要である。
したがって、最適化問題の制約関数あるいは目的関数としては、以下のような関数が考えられる。
・格子部材の体積(材料のコストの指標)
・指定された層間変形角でのせん断力(弾性剛性の指標)
・既存骨組部材の最大付加応力(既存骨組部材への影響を表す指標)
・最大耐力時の荷重と変形角(最大耐力とエネルギー消費能力の指標)
ところで、格子ブロック耐震壁を最適化する際に、それぞれのブロックが自由な部材配置を持つと、それらを組み合わせて生成される耐震壁は、規則性のない形状になる。したがって、図4 のような格子パターンを組み合わせて1つの構面の耐震壁を最適化することにする。また、ブロック間と、ブロックと骨組の間は、接着剤で固定する。ブロックの材料はFRP であり、梁と柱の材料はコンクリートである。したがって、接着部分での引張剛性は、ブロックの剛性と比べて小さく、ブロックと梁・柱の圧着によって層せん断力を伝達するような部材配置が望ましい。
ブロックのユニットを選択する最適化問題は、離散的な変数を有する組合せ最適化問題であるため、関数の微分係数を必要としない発見的手法の一つである疑似焼きなまし法を用いる。疑似焼きなまし法は、一つの解を改良する局所探索法に基づく手法であり、大域最適解が得られる保証はないが、計算量は少なく、必ず改善解が得られるという長所がある。
最適化例を図5, 6 に示す。それぞれ、部材配置と軸力の絶対値の分布を示している。軸力分布より、斜め方向に力が伝達するパターンが得られていることが分かる。また、開口部も多く、意匠的あるいは環境的にも優れた形状が得られていると考えられる。
― おわりに
デザイン性を考慮した耐震補強に関する最近の事例と研究を紹介した。耐震補強の際には、単に剛性や強度を向上させるだけではなく、既存骨組部材への影響などの構造的特性に加えて、意匠性や環境面での性能も考慮することが重要である。上記の最適解を実際に製作することは、現状では容易ではないが、今後は3Dプリンタを用いた付加製造技術の進化により、さまざまな形態の耐震補強が現実的なコストで可能になると考えられる。
<参考文献>
1. 坪井義昭 他,広さ・長さ・高さの構造デザイン,建築技術, 2007.
2. 栗田康平,表佑太郎,江戸宏彰,古屋則之,小柳光生,増田安彦:小型プレキャストブロックを用いた増設耐震壁工法の開発,日本建築学会大会学術講演梗概集,C-2,pp.139-140,1998.
3. 今川聖英 他,ガラスと鋼製格子と非線形素材によるハイブリッド耐震システム (ISGW) の研究,日本建築学会大会建築デザイン発表梗概集,pp.1007-1008,2008.
4. 「浜松サーラ」の耐震設計,スパイラル・ブレースド・ベルト補強:
http://www.kanebako-se.co.jp/works/renovation/SALA/index.html
5 奥村誠一 他, 都市環境の形成に関する意匠性を向上した外部からの耐震補強技術の開発, 日本建築学会技術報告集, Vol. 20(44), pp. 241-245, 2014.
6. ウェブ・ウォール構造:http://www.takenaka.co.jp/news/2015/10/03/index.html
7. クロスウォール・メタル:http://www.taisin-net.com/library/taisei_tech/cross_M/index.html
8. ストランドによる補強:http://www.komatsuseiren.co.jp/cabkoma/
9. 福島功太郎,大崎純, 見上知広,宮津裕次,さまざまなユニットで構成された耐震補強ブロック壁の組合せ最適化,日本建築学会構造系論文集, Vol. 81, No. 728, pp. 1657-1664, 2016.
10. 見上知広,大崎純, 福島功太郎,建築骨組の耐震補強格子ブロックの形状最適化,日本建築学会構造系論文集, Vol. 80, No. 715, pp. 1427-1434, 2015.