株式会社竹中工務店 総括作業所長/中野達男|仮囲いの中の現場哲学

― PCの導入

―― 今回の現場(吹田市立スタジアム)ではどういった経緯でPCを導入されたのですか。

中野 竹中工務店がこのプロジェクトを落札した当初は、全て在来工法で計画を進めていました。その場合、一日300~400人の躯体業者(大工・鉄筋工)がこの現場に入ることが想定されていましたから、他の現場に職人さんがまわらなくなる可能性が出てきました。そういった、竹中工務店(大阪本店)の全体のバランスを考え、省力化と短工期が実現可能なPC化を迷わず選択しました。

―― PCとの出会いはいつごろになりますか?

中野 20年近く前になります。マンションの建設工法が在来工法からPC工法に変わろうとしていたのがその頃になります。でも、その後10 年の間にPC工場って結構潰れたんですよ。増えすぎたこともありますが、マンションの場合、発注者がお金を出さなくなり(低価格販売競争)、叩き合いになったこともあって、PC化を推進して来た先駆者の方々が路頭に迷った時期がありました。現在我々と一緒に仕事をしているのは主に土木PC業者と、一部の生き残りの建設PC業者ですね。土木PC業者は官庁工事が多く、民間主体の建築PC業者に比べて立米(㎥)単価も高いことから安定的で、潰れることはほとんどありませんでした。

―― PC化のメリットはなんですか。

中野 PC工場の職人さんは場内での仕事が主です。外での作業が主である現場の状況よりも品質的にも環境的にも恵まれています。また、我々管理者も、PC工場の製品を使えば、現場で製作する必要がないのですから省人化にも繋がります。でも通常、PC化は在来工法に比べてどうしてもコストが割高になってしまいます。この対策として、たとえば今回フーチングのような大型の部位をPC化しました。フーチングは1台20トン、5~6㎥あるわけですが、PC は立米単価なので大きいものをつくる方がコストパフォーマンスは良くなり、PC工場にとっても有利なのです。さらに、現場内の仮設や型枠の材料を減らすことができて環境にも有効ですし、職人さんたちの躯体労務も減らせます。また、ポンプ車が発展して量をこなす時代になってから、現場打ちではセメントに比べて水の比率が上がった、通称「しゃぶしゃぶ」と言われるコンクリートを打つようになりました。これによって作業効率自体は上がったのですが、引き換えにクラックが多く発生するようになってしまったんです。ですから、バルコニーのようにクラックによる雨漏りが生じやすい部分をPC化することでそれを解決していています。こうした面から言うと、何から何までPC化するのではなく、QCDSE(品質、コスト、工期、安全、環境)に従って比較をしながらPCのメリットを適正に生かす知恵が重要と言えるのです。

―― PCには接合部が雨漏りしやすいという欠点もあります。

​中野 PC化した部分のジョイントは必ずシールになっていて、耐用年数を超えてしまうとシールが切れて水が漏れてしまう。でも、ものは考えようで、現場打ちの場合ではクラックがどこに生じるか分からないから対策の広範囲化が問題となる。対してPC化した場合、シール部分が弱点と分かっていますから、そこを重点的に管理することできる。こういった「局部的な弱点をつくってそこを守りぬく」、つまり、面の管理から線や点の管理に極小化する考え方が、今のPC化の良さに繋がっていると思います。

スタジアム建設に使用されるフーチングPC

 

― 他主体とのかかわり

―― 設計者側からの奇想天外なデザインにはどういった心持ちで取り組まれるのでしょうか。

中野 たとえばザハ・ハディドの新国立競技場のかたちを見た時に、まぁびっくりしましたね。建築屋として、ああいうものを見た時にはまず武者震いして、それがだんだん鳥肌に変わってくる。どこが武者震いしている部分でどこが鳥肌が立っている部分なのか分からない世界がある。技術者としては、QCDSEにおいて、適性を見極めるバランス感覚が要求されます。また、我々の仕事はただ建物を完成させることではなく、少ないメンテナンスで済む、長期的な視点から見た建物品質のつくりこみを行い、お客様に喜んでいただくことだと考えています。そのためには設計段階から一貫性のあるものづくりを目指す必要があります。設計と施工の協力なくしてよい建物のつくりこみはできないことは、長い現場経験から出た答えです。

―― プロジェクトにおいて、他のプロジェクト主体とどのようにかかわられているのですか。

中野 たとえば今回のスタジアムのプロジェクトは当初120 億円くらいの請負でしたが、10 億円ほどの追加増減があって、それをコンストラクション・マネージャー(以下CMr)である安井建築設計事務所に了承していただきました。このようにプロジェクトを進めていく上では、そこに公平にジャッジする人が出てこないといけないと私は思いますね。

現場を1 回も見たことないのに「(工事費を)10%ひいて」と言われても、我々は何百人、何万人という下請け業者さんを抱えて体を張っている訳で、無茶には耳を貸さず、筋を通さねばなりません。ですが請負というのは「請けて」「負ける」と書くように、「一旦請けたものはある程度赤字になってもやりきらなあかん」という気風があるのもまた確かな事実です。

―― 設計施工一貫方式を行う上でのゼネコンのスタンスはどういったものですか。

中野 設計に問題があった時、設計施工一貫方式なら同一会社として責任は免れ得ません。そのためにも、設計と施工が相等しい能力を持って助言し合い、やりきるのが設計施工一貫方式の持つべき態度・モラルだと思います。かつて設計施工一貫方式は官公庁工事では絶対に認められませんでした。それが今ではCMr という職能が出てきて、ちゃんとジャッジするような体制ができあがりました。一方、設計施工の公明性が認められていればCMr は必要ないとも言えます。私達施工者が「ちゃんとやります」と言っても社会的な信用がそこまで位置付けられていないのが非常に残念でなりません。私は現場所長として、「あなたに現場をやって欲しい」と、有名建築家のような扱いを受ける事を夢としてやってきました。社会的には完全ではありませんが在阪の一部の企業の方から指名を頂いています。後に続く現場所長にこの志を繋げたいと願っています。

吹田市立スタジアムの組織図

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