traverse26 [巻頭言] 惹かれの連鎖 ─ 本号のテーマと構成について

執筆:traverse26 編集長 大坪 橘平、編集委員一同

テーマ「惹かれるもの」

 建築を含むあらゆる活動の動機には、何かへの「惹かれ」があるはずである。このテーマには、それら研究・制作・思索の原点にある「惹かれる」という感情や衝動に着目し、それがいかにして専門的営みに昇華されるかを掘り下げることで、建築を考え直す視座を提示したいという想いが込められている。
 本誌の内容に先立ち、ここでは「惹かれる」という情動について深く掘り下げる。「惹かれる」とはすなわち「心が引きつけられること」。「惹」と「引」が「ひ」という音を共有していることからも、精神的な引力を彷彿とさせる言葉であることは間違いない。中国の後漢に編纂された代表的な字書『説文解字』にも
惹、引也。从心、若聲。
(訳:「惹」とは、「引く」という意味である。意味は「心」から構成され、「若」がその音を表している。)
 とある通り、原義として「惹く」には「引く」のイメージが共にあった。
 われわれ編集委員は、この「惹かれ」のもつ引力に着目する。あなたが物理的・非物理的に問わず「ものに惹かれる」とき―それがあたかも初めから出会うべくして出会い、そして惹かれたかのように―感じた経験はないだろうか。このことは、人とものの間に双方向的な「惹かれ」の構造が存在していることを示している。すなわち「惹かれるべくして惹かれる」というとき、人がもつ惹かれの質量だけでなく、ものがもつ惹かれの質量がそこに掛け合わさることで「惹かれ」という現象が成立していると考えられる。
 この構図は、ニュートンの発見した万有引力の法則のメタファーとして記述できる。

F:惹かれる力 G:個人の経験定数 r:人とものの距離 m:人がもつ惹かれの質量 M:ものがもつ惹かれの質量

 この式が表しているのは、―惹かれる力(F)は個人の経験に基づき(G)数多ある世界の「もの」たちが、偶然その人と出会うことで(1/r)人ともの両者のもつ「惹かれのポテンシャル」が掛け合わさり(mM)発現する―ということである。ここで伝えたいのは、「惹かれるもの」と「自分」との相互関係であり「自分がもっているものがあってはじめて惹かれる」という点にある。
 本号は、この「惹かれる」という情動を共通項として、執筆者やインタビュイーを含む「ヒト」と、建築・非建築に問わず、あらゆる活動を含む「モノ」との間の相互関係を描写することが一つの目的である。そして、さらに興味深いのは、この雑誌自体が私たち編集委員自身が「惹かれた」ヒトやモノで構成されているという意味で、別の「惹かれの構造」にも支えられている点である。ここに「惹かれの入れ子構造」が存在している。(下図参照)。
 入れ子構造として「惹かれ」を見ていくと、この雑誌を手に取っていただいた読者の皆様もまた、その惹かれの入れ子に奇しくも巻き込まれていると言える。あなたがたは何かしらの「惹かれ」に導かれて、本雑誌を手に取ったに違いない。そしてまた、次頁(冊子版)から始まる「惹かれの旅」で、たくさんの人々の「惹かれ」を目撃し、―またその惹かれ自体に―「惹かれ」ていくだろう。
 「惹かれ」という言葉を多用しすぎて少々混乱してきたが、要するに言いたいのは「惹かれは入れ子状に連鎖する」ということである。前頁(冊子版、WEBでは下記)の「本書の構成」で「コンテンツのグループ分割を解体し、テーマ・内容の類似度が高いコンテンツ同士が隣り合うように再編成した」のも、この「惹かれの連鎖」を自然に促すための一つの工夫である。
 最後に、今年度のリレーインタビュイーである遠藤治郎氏の「惹かれ」に関する語りを引用して本稿を締める。

結局、自分が「なぜそれが好きなのか」をとことん掘り下げることが大事なんです。なぜそう感じるのかを何度でも自問して、すべての「なぜ」に答えられるようになると、もうブレない。
そうして集まった「好き」の集合体が、自分という星座をつくるんです。

遠藤 次郎

図 惹かれの連鎖による雑誌の構成ダイアグラム

本書の構成

 バックナンバーページに掲載した記事のラインナップ順番にもある通り、『リレーインタビュ―・異分野取材・研究室プロジェクト・リサーチ・エッセイ』の計5種類のコンテンツグループが、互いに混ざり合っていることが見て取れるだろう。(なお、各コンテンツの頭に付された番号は、単なる通し番号であり、何かしらの序列を示すものではないことに注意されたい。)
 本号では過去最多級となる14名の教員・学生のエッセイ・リサーチを掲載した。『リサーチ』および『エッセイ』は編集委員が執筆者に原稿を直接依頼する枠(10名)と、公募での原稿依頼枠(4名)で構成されている。今回は特に前者の直接依頼枠を増やすことで、これまで執筆者になることが少なかった、博士課程の学生や研究生、卒業生を含む多くの方々に執筆を依頼することが叶った。それにより、多種多様な背景をもった京大建築学のメンバーに焦点が当たるようになっている。
 またエッセイ・リサーチの他にも『リレーインタビュー』という、前年のゲストが「惹かれている」人物を次年のゲストに推薦し、その方にインタビューを行う企画や、それぞれの研究室での活動を記録・紹介する『研究室プロジェクト』、そして建築とは異なる分野に携わる研究者の方々にインタビューすることで、建築を取り巻く視座の広がりと学際的対話の可能性を探る『異分野取材』など、多岐にわたるコンテンツを掲載した。
 従来の『traverse』はこれらのコンテンツを、「それぞれのグループが分割された形で」羅列する形式をとっていた。しかし本号では、あえてその分割を解体し、それぞれを等価に扱うことで、テーマや内容が類似しているコンテンツが、ページとして隣り合うように再編成を行っている。
 これにより『traverse』が論考集であること以上に、「一冊の本」であることの価値を最大限に活かすことが可能になった。すなわち、コンテンツ同士がグループの垣根を超えて、―ずれながら重なっていくように(下図参照)―1つのストーリーが描かれていく構成になっている。
 そして、もう一つの新たな試みとして、『おすすめの読み返し方』というページを掲載した。これは、各コンテンツを担当した編集委員が、それぞれのテキストを深く読み込んだ上で、「このような順番で読み返してみると、興味深い発見や繋がりが見出せるのではないか」と考察した結果を、「3つの惹かれの旅」と称した「読み返し方」として提案するものである。
 読者の皆様には、以上を念頭に置きながら、これから始まる「惹かれの旅」を楽しんでいただきたい。特定の誌面のみを目的に読まれている方にも、ぜひ隣接するページをめくっていただいて、その繋がりから思わぬ出会いを感じて欲しい。隣り合うコンテンツは、1つの鎖のように繋がっていき、全てを読了した暁には「1冊の物語を読んだ感覚」に浸っていただけることを切に願っている。

図 惹かれの連鎖による雑誌の構成ダイアグラム

関連記事一覧