
家事する権利|笹谷 匠生
Choosing to do housework | Takumi SASATANI
空間が人を操作する力
専攻を決めるまで、また入学してからも建築学に興味を持てなかったが、空間が人を操作する力に興味があった。宗教建築が畏敬を与える力や、商空間の購買意欲を刺激する力、あるいは木陰の使いこなしに見られるように、空間は人の行動を無意識のうちに方向づける(写真1)。これを建築でどのように扱うべきか考えながら、設計実務に取り組むなかで、次第に高齢者の住まいへと関心が移っていった。介護や支援が必要になった人を取り囲む空間こそが、より決定的に生活を操作すると考えたためである。

与儀公園における木陰の使いこなし太陽を避けるよう、季節ごとに利用者が小屋をずらしていく。
操作的な支援、または自立支援
介護施設ではリスク回避を優先する結果として、利用者が支援を受ける主体として固定されやすいことが指摘されてきた。高齢者の居住環境に関する実践的研究や環境移行の追跡調査を行なった研究は、介護施設への入居に伴う最大の落差として「役割の喪失」を挙げている[1]。一方で人は、支援されるだけでなく、自分自身の生活を支えることや、誰かの力になる手ごたえを積み重ねることによって、達成感や自己効力感、あるいは生きがいを感じられるはずである。現役世代の人々は、仕事やライフイベントの中で社会的な役割を担っている感覚があるはずで、その役割が突然失われることによる喪失感は大きいはずである。よって今後の課題は、支援を受けつつも自らの生活を支えたり、誰かを支えるといった役割を持ち続ける生活を実現できるような自立支援の実現にある。要介護の高齢者に対する支援が、操作的で役割を失ってしまう形で働くのか、それとも能力を維持あるいは拡張するように働くのか、後者の自立支援を実現する運営体制を模索する必要がある(図1)。

家事を通した自立支援の可能性
自立支援の方針は、調理や清掃といった家事(日常的活動)への参加を促すものと、レクリエーションなどの余暇活動(非日常的活動)への参加を促すものに大別される。いずれも広く実践されているが、特に「日常的活動」は参加のハードルが低く、高齢期においても、生活に根ざした役割を担いうる点で特に重要と考える。
しかし家事は、義務的なものに感じられる
実際に一部の居住系施設(認知症グループホーム)では、台所の設置が基準化され、家事を職員と利用者が共同で行うことが制度で定められるなど、利用者が家事に参加しやすい環境づくりが目指されている。しかし、こうした制度改革とは別に、家事そのものが必ずしも「やりたい」と思える行為とは限らず、参加を促すことは容易ではない。むろん加齢に伴う身体的な障壁や自信の喪失が、家事への参加を遠ざけてしまう要因として考えられるが、ここでは家事が義務的なものに感じられる要因を考察する。
70,80年代の社会評論に取り組んだ哲学者イヴァン・イリイチは、産業社会以降、賃労働が社会で「価値ある生産」として高く評価される一方、家事はその維持・発展に不可欠でありながら価値づけられることがなく、結果として家事が単なる無賃労働に格下げされたことを批判している[2]。さらに近代日本における家族のモデルは専業主婦を前提とし、家事は義務的なものとして女性に割り振られてきたことが、義務的な認識を強めているかもしれない。また、長期入居による支援の常態化によって、家事は「自分で行う営み」から「サービスとして提供されるもの」へと固定化している可能性も考えられる。
声かけによる動機づけは、家事を義務的なものに感じさせる可能性がある
とりわけ介護施設では、家事に参加してもらうために職員が声かけを行う場面が多く、この声かけが利用者にどのように受けとめられるかが、家事への印象を左右する。心理学者のライアンとデシは、人間が行動しようとする際には「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本的欲求が根底にあると述べている[3]。このうち自律性とは、自分で選択し行動を決定したい欲求のことで、単に与えられた目標に対して自ら進んで取り組む「主体性」と一線を画すものとしている。主体性は、自分を主体として考え動く性質を指し、目的や目標が設定されている中で、それを達成するために自ら判断し、進んで行動する状態を意味する。これに対し、自律性は、行動の目的そのものを自らの意志で決定する側面を含んでおり、行動の源泉が自らの内にある状態を指す。声かけという外側からの行動の源泉に基づいて行動する場合、この自律性が損なわれ「やらされている」という感覚が強まり、家事を義務的なものとして感じさせる懸念がある。
家事に参加したいと感じられるための、内発的な動機付けを計画する
以上をふまえ私が目指すのは、利用者の家事への参加を促す、内発的動機付けのための計画手法の確立である。内発的動機づけとは、行動の目的そのものを自らの意志で決定するという側面を含んでおり、声かけ等の外部の指示によらないものを言う。着目するのは、職員が利用者に対し「家事に参加してほしい」と声かけをせずとも、利用者が内的な意志に基づいて「家事に参加したい」と思える空間の設計にある。これまでの視察や研究を通じて、展望を感じる方針は以下の通りである。
1)介護職員による声かけの技術
職員の中には、利用者に家事参加を促そうとする時、自律性(自分で選択し行動を決定する性質)や有能感を重視しているとみられる人がいる。図2の事例は利用者に味見してもらう場面である。味見は調理行程に不可欠というよりは、利用者の参加を引き出すための口実で、その後のやりとりは役に立っていることを強調しているとみられる。この場面は職員の卓越した状況把握と声かけの技術によるところが大きいが、利用者の主滞在場所が職員から声かけしやすい位置関係であることや、利用者の参加を引き出すための口実や道具があることで、職員の声かけの技術を最大化する方針が考えられる。

無為の状態にあった利用者に対し、キッチンで調理中の職員が声をかけた場面。利用者による味見は、利用者の自発性を引き出すための技術であると考察される。
2)非介護職員の存在
非介護職員(介護を行わず主に清掃などの環境整備を担う)が就労する施設の調査から、介護職員よりも非介護職員に対し、利用者による声かけと手伝いの申し出が多い特徴が見られた。両者は業務内容や行動パターンが異なるため、この傾向の要因を単純に考察することは難しい。しかし会話内容も合わせて考察した結果からは、利用者は非介護職員を「支援してくれる存在」というより、「時に支援し合う存在」として認識していることが示唆される。したがって、非専門職員による就労を通じて、利用者の自発的な行動や会話の促進を図る場合、非専門性が利用者に効果的に認識されるよう、業務分担内容や、業務を行う場所を建築計画・施設運営を統合して計画する方針が考えられる。

非介護職員が困っている際や、要改善点が見つかった際には、自発的に手伝いやアドバイスをする様子が見られた。
参考文献
[1] 外山義,自宅でない在宅 高齢者の生活空間論,医学書院,2003
[2] イヴァン・イリイチ,シャドウ・ワーク,白崎映見(訳),岩波 書店,2006
[3] Deci, Edward L.; Ryan, Richard M., Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior. New York: Plenum,1985
笹谷 匠生(ささたに・たくみ)
京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士後期課程 1 年。専門は高齢者の居住環境で、特に介護施設の建築計画と運営体制の研究に取り組む。京都大学大学院教育支援機構(DoGS)奨励研究員。学部卒業後、建築設計事務所での設計実務と介護施設での環境整備・介護勤務を経て大学院に復学。