
【柳沢研究室】住経験研究のアーカイブスと発信の場―【住み方発見 !! Home Life Diaries in Japan】展を事例として―
【Yanagisawa Lab】English Title: Coming Soon
執筆:柳沢 究・野田 倫生・小池 駿輝
これまでに住んできた家と暮らしの経験について両親・祖父母などへインタビューを行い、間取り図を再現する_。そんな『住経験インタビュー』に、これまで約500人の学生が取り組み、2000を超える住まいの様子が描き出されてきました。今回は、その中からユニークな住み方を示す間取りを100点程度選り抜き展示します。様々な時代・国・地域・家庭個人のありのままの暮らしぶりから、これからの住まいについて考えてみませんか?
このような趣旨のもと、「住経験」をテーマとする展覧会を、2024年12月2日から15日にかけて大阪で開催した。展示会場は、安藤忠雄の設計による住宅をコンバージョンした「ギャラリー日本橋の家」である。オーナーの金森秀治郎さんのご好意で、中庭を含むギャラリー全体を贅沢に使わせていただいた。
「住経験」とは「住経験インタビュー」とは
「住経験」とは、ある人が生まれてからこれまでに、どのような家に住み、そこでどのように暮らしてきたかという、住まいと生活にまつわる経験のことである。住経験は、その人と住まいの長年の関わりの記録といえる。これまで経験した住まいと生活をなるべく詳細に描き出し、その感想や評価をたどることで、空間や間取りに対する好み、生活の癖や習慣、住まいへの常識や思い込みなどが、具体的に浮かび上がってくる。それは、その人らしい家を実現するための、何よりも重要なヒントになるはずである。
人の心の中にある住経験へのアプローチとして採用しているのが、建築を学ぶ学生がその両親や祖父母(の1人)に対して住経験についてインタビューをする手法、「住経験インタビュー」である。建築の専門家が聞き手となることで、専門家ではない人の住経験を具体的に描くことができる点が大きな特徴である。同時に取り組む学生にとっても、他者の住経験に触れることで自身の経験や考えが「当たり前」ではないことに気づいたり、あるいは、知らない地方の住まいや一昔前の生活の様子を知ったりと、学びの多い取り組みでもある。住経験インタビューの手法やそこから何を読み取ることができるか、大きな枠組みは、『住経験インタビューのすすめ』(柳沢究・水島あかね・池尻隆史著、西山夘三記念すまい・まちづくり文庫、2019)で整理しているので、興味をもたれた方はそちらを参照されたい。
住経験インタビューが描く多様な「普通」の住まい
2013年に5人の学生と初めて取り組んだ住経験インタビューは、その後10年の間に、国内外の10以上の大学で実施され、取り組んだ学生数は約560人にのぼり、そこには約3600もの住まいが登場する(2024年度前期時点)。これらの膨大なインタビューの中には実に様々な住まいや生活が登場する。建築史の教科書に登場するような民家での暮らしや、驚くほど高密度の生活、震災後の仮住まい、銭湯やお菓子屋さん、民宿や豆腐工場など、あるとは知っているが入って見たことがないような仕事場と一体の住まい、同じような間取りのマンションでの多様な部屋の使い方など、実にさまざまである。こうした、特殊でも典型でもないために教科書や建築雑誌に載ることのない、世の中にあふれている「普通」の住まいの多様な姿。これを見つめることを通して、住経験に着目することの魅力と可能性、ひいては「人間にとって住まいがどのような場であるか」という問いを投げかけたい。そのような思いが「住み方発見」という展覧会には込められている。

展覧会は13日間という会期、11時〜日没までという限られた開館時間にもかかわらず、およそ500人の来場があり、コンパクトな会場が大いに賑わった。会期中の12月14日には、大阪工業大学梅田キャンパスを会場として、ドイツとインドから講師を招き、住経験を通じた住宅デザインと異文化理解をテーマとした国際シンポジウムを開催した。議論を通じて、住経験インタビューが、自身のルーツであるファミリーヒストリーの探索という普遍的な関心に応えるものであること、また、文化の固有性を描き出してその世代間継承に献貢する営みとして、さまざまな国で受け入れられる可能性があることが確認された。現在は、海外の大学での住経験インタビューの実施準備、および膨大なインタビューを整理するWEBデータベース構築を進めている。住経験の地平はますます広がっている。
(柳沢 究)
住経験からみる「住み方」と「住まいの遍歴」
展覧会では主として、多様な住み方を個別の事例ごとに紹介した。図1は、ある対象者が暮らしていた住居とその配置を示している。対象者は結婚後、夫の親族が営む銭湯の番台仕事を姑から引き継ぎ、銭湯の2階で夫と暮らしていた。しかし子供が生まれ手狭になり、歩いて10分の距離にある義弟の家の居間を、もうひとつの生活拠点として借りるようになる。この家の隣には義両親の住む母屋があり、対象者はそこで食事の準備なども任された。しかし、義父を訪ねる来客が多く、また夫が放浪中であったことから、就寝や荷物を置く場所としての使用は許されなかった。このような経緯ではじまった、銭湯の番台に立ちながら、食事の準備や子どもの世話のために義弟の家や母屋へと行き来するという近距離多拠点的な生活は約15年続いた。番台の仕事は夜遅くまで及んだが、姑との関係に悩むなかで、銭湯に訪れる常連客とのやりとりは心の支えになっていたという。窮屈で忙しない生活であったが、対象者はこうした銭湯での記憶を懐かしみ、特に思い出深い住居としてこの住居を挙げている。簡単に真似のできる生活ではないが、一つの空間に集約されない住まいのあり方や、地域住民や家族といった他者との関係について示唆を与えてくれる事例である。

このような個別の「住み方」に加え、少数ながら「住まいの遍歴」の展示も行った。ひとりの人物の経験したすべての住まいを、図2のように年表形式で可視化する試みである。個々の住まいも十分魅力的であるが、遍歴として連ねることによって見えてくるものがある。たとえば、図2の対象者の住まいの遍歴には似た規模の集合住宅がいくつも登場する。そこでは、間取りや子供の成長に合わせた生活の変化が見られる一方で、ベランダでの園芸や襖を開放して居間を広く使う習慣など、複数の住まいに共通する特徴も見られた。他のある対象者は、父の転勤で7歳までをドイツで過ごした経験を持つ。両親はドイツの生活にすっかり馴染み、帰国後に建てた注文住宅のリビングには暖炉や飾り棚、大きなソファー、庭にはデッキが設けられ、親子別室の就寝なども引き続き行われた。一方、結婚後の住居では、それまでの経験から空間を用途ごとに明確に分けたい対象者と、一室を広く多用途に使いたい夫とのあいだで対立が生じた。過去の経験や他者の価値観の影響が色濃く見られる住まいの遍歴である。
展覧会ではこのように、「住み方」の工夫や葛藤、空間のユニークさなどに目を向けた。また「住まいの遍歴」として、住まいがそれぞれの人生や時代の流れのなかでどのように経験されたかを描き出そうとした。事例から、住まいは単に空間の選択や機能の配置により生じるものではなく、過去の経験やさまざまな条件と折り合いをつけながらかたちづくられていくものであることがわかる。
「住まいの遍歴」には、来場者から「見たことのないものを見られた」といった趣旨の感想も寄せられ、住経験という資料ならではの展示となったと感じている。
(野田 倫生)

展覧会の準備
2024年6月にプロジェクトが始動。京都大学柳沢研究室、近畿大学池尻研究室、大阪工業大学山本研究室・水島研究室、モクテキ工藝社(加子母木匠塾京都大学・京都工芸繊維大学の卒業生主宰の設計施工集団)が共同で企画・実施した。
6月から8月にかけて学生間や全体のミーティングを重ね、展示内容と展示計画の双方から検討し、展示コンセプト、各室への展示内容の割り当て、各室内の展示計画の方向性を決めた。9月、柳沢研究室では展示する図面のフォーマットを作成し、モクテキ工藝社の展示什器の基本設計と足並みを揃えながら、展示計画を具体化した。また、全体ミーティングで展示する住宅事例を選定し、展示設営までのスケジュールを設定した。10月には、展示什器の実施設計が完了し、展示に使う材の調達、施工が行われた。各研究室、学生、教員で役割を分担し、展示物の作成と具体的なレイアウト作業を行った。11月には、展示什器は部材の加工を完了し、現地での組み立てに備えて、仮組みまで終えた。展示物データの作成と印刷を終え、展示物を仕上げた。
11月28日から4日間の展示設営では、山本研究室、池尻研究室が担当する部屋は各研究室で設営作業を進めた。モクテキ工藝社は他研究室とともに展示什器の設営作業を進めた。柳沢研究室は展示什器の無い部屋から設営を始め、順次引き渡される展示什器の設営作業を行った。(写真1)

展示構成
ギャラリー日本橋の家は、打ち放しRC壁面で形成された表情の異なる複数の室が、複雑に繋がる構成となっている。展示物は主に平面図やテキストなどの二次元情報であるため、この特徴的な建築空間を生かす展示構成を目指した。また、「住経験」を初めて知る来場者にとっては、多様な見方を示す各展示を個別に捉えてしまい、全体像の把握が難しくなる可能性があった。そのため、会場空間をいくつかのまとまりに分け、各空間の展示内容・手法を模索するとともに、それらが一体感を持つよう構成を検討し、空間・構成・内容が三位一体となる計画を進めた。(図3)

RC壁面を生かす計画とし、「テープを貼るなど、壁の劣化に繋がる行為はしないこと」「堅苦しくならず、親しみのある内容・空間にすること」に留意して素材や細部まで検討を行った。議論と試作を重ねた結果、展示物は印刷したクロスの上下に棒材を通し、麻紐に木製クリップで吊るす形式を採用した。またモクテキ工藝社が木製什器を設計・施工した。この什器は、RC壁面のセパ穴間隔が持つ秩序を受け入れつつ、展示物の配置に自由度を与える「レイヤー」として機能する。(写真2・写真3)
住まいと生活を扱う「住経験」と、かつて住まいであった「ギャラリー日本橋の家」との親和性。そして、RC壁面と木・麻・展示物の白が互いに調和し引き立て合う展示空間。これらが相まって、会場全体は少し荒削りで親しみやすくまとまりのあるものとなった


1F:旧店舗部分(柳沢研究室、モクテキ工藝社)
① 住経験研究の紹介(ギャラリー北側)
② 描かれた間取り図のアーカイブ(ギャラリー東側)
③ 住まいの遍歴(ギャラリー南側)
まず、テーマとなる「住経験」や住まい・生活を記述するプロセスとその面白さを提示する場がある。次に、これまでの記録の蓄積を体現する膨大な図面が、見る人の周囲に立ち上がるように展示された場へ。最後に、ある人たちの人生が投影された「住まいの遍歴」が流れる場へと続く。住まいやその変遷の記録は、誰かの生活や人生の一部を想起させる。記録から何が浮かび上がってくるのか、来場者自身に想像を促す展示構成である。(写真4・写真5)


3F:中庭(山本研究室)
④ 「日本橋の家」の住み方
この会場が住宅であった頃、住み手は中庭の階段の手すりに紐を渡し、洗濯物を干していた。その住経験に基づき、ここでの暮らしを描いた衣服を吊るした。「住経験」と「日本橋の家」の結びつきを象徴する展示である。(写真6)

3, 4F:旧寝室(柳沢研究室、モクテキ工藝社)
⑤ 「普通」の住まいのさまざまな生活(3Fの寝室)
⑥ 他者とともにある住まい(4F東の寝室)
⑦ ちょっと「変わった」住まいと住み方(4F西の寝室)
2000を超える住まいの蓄積の中から、特徴的な事例を厳選し、3つの旧寝室にそれぞれ異なる視点から展示した。モクテキ工藝社による、RC壁面に取り付けられ、時には三次元的にも展開する什器。その形状や展示物が、かつての住まいの面影を示唆する。(写真7・写真8)


3F:旧書斎(池尻研究室)
⑧ 来場者参加コーナー 「思い出の住居」の間取りを描く
あまり知る機会がない他人の住まいを見ることで、自分の住まいをより深く考えてもらうために、来場者に自身の住まいの図面を描いてもらう場である。建築の専門家以外にとっては慣れ親しんだ自宅を描くことも困難かもしれないが、住経験を理解する一助となることが期待できる。
2F:旧リビングダイニング(柳沢研究室)
⑨ 住経験インタビューの国際展開
2020年3月、オランダのデルフト工科大学で『Home Life Diaries in Delft』と題した展覧会を開催した。ここではそこで使われたパネルの一部と、シンポジウムの様子を収めた写真を展示する。住経験インタビューは国を問わず、自らの住文化を新たな視点で見直し、世代間交流や異文化交流をする機会となることが分かってきた。(写真9)
(小池 駿輝)

【住み方発見!! Home Life Diaries in Japan】展
◯主催:国際住経験会議実行委員会(柳沢究/池尻隆史/山本麻子/水島あかね/野村理恵/野田倫生)
◯展示会構成・制作:モクテキ工藝社/京都大学柳沢研究室/大阪工業大学山本研究室/近畿大学池尻研究室/大阪工業大学水島研究室
◯協力:金森秀治郎/大阪工業大学/日本建築学会近畿支部住宅部会
◯助成:ユニオン造形文化財団(令和6年度国際交流助成)/科学研究費補助金(23K26277)
京都大学大学院工学研究科建築学専攻 居住空間学講座 柳沢研究室
人間居住と、その表れである居住空間の多様性に対する関心と敬意を研究の根本に据えている。主として地域性や生活文化、時代との関わりに注目しながら、具体的な都市・建築・住居の構成、形成プロセス、使われ方についての調査研究に取り組んでいる。また、実験的プロジェクトの開発・実施・評価も行っている。