Hachi Record Shop and Bar ・レコードバイヤー/神谷勇人|レコードの世界から、いま集まることを考える
レコードのノイズ
配信サービス上では聴きたい音楽に対して一直線に検索できるという特長があります。その反面、ノイズが入らず寄り道のない検索は偶発的な面白さを持ちません。製図室というノイズが詰め込まれた場所とレコードの持つノイズの共通点について議論します。
――例えばレコードショップに行くということだけでもいろんなノイズがあると思います。そのような偶発的な体験や実際にあったエピソードがあればお聞きしたいです。
変なノイズで言うと、当然なんとなく音楽がかかってるバーに行きたいとか、レコードバーに行きたくて行くという方が基本的に多いです。レコードが好きな人も来ますし、外国人観光客もいっぱい来ますね。全然直線的じゃないエピソードとしては、うちでたまたまかかってるものを気に入って「これ欲しい」と言われたり、「こういう音楽が好きなんだけど、なにかおすすめはありますか」と聞かれて、この場で聴いてから買っていくとか。そういうのは、サブスクには全然できないようなおすすめの仕方という感じがしますね。一応アルゴリズムでサブスクもいくらでもおすすめが出てきますけどそういうのじゃない。そのちょっと回り道をしたレコメンドはレコード屋だからできることという感じはありますかね。偶然というと、お店でかかってたり、たまたま会話の中から生まれた言葉の端々からちょっとインプレッションを受けてかけてみたものが気に入ってもらえたりとか。そういうのはサブスクにはないですし、周りの人がノイズみたいなものに近いかもしれないですね。
――ここに来るお客さんはやはり音楽好きやレコード好きが多いのでしょうか。
割と多いですね。クラフトビールが好きで来ますという人もいますけど、割と音楽好きな人が多いと思いますね。定期的にDJ の人を呼んで選曲してもらうイベントをやっていれば、その人それぞれにしかできない選曲を聞きたいということがあったりして。お客さんへのおすすめを2 階から持ってきてながせる、これも店舗の魅力の一つです。
――他に店内のしつらえで工夫しているところはありますか。
しつらえか、そうですね。まずレコードを飾ると、とりあえず来たお客さん同士で「あのレコード知ってる」とかっていう会話になったりしますね。バー的な空間、つまり飲み屋の空間と、レコード屋が一緒になっている空間って全国探してもあまり数がないですよね。目につく前面にレコードがあってお酒を飲めるというのは割とスペシャルな環境になっていると思いますし、なかなか珍しいしつらえの1個ではありますね。レコードは別に買わなくても、冷やかしでレコードみに行ってもかまいませんし(笑)。 あとはもっとちゃんとDJの人も隔離されたブースがあって、というのが一般的にメインだと思うんですけど、うちはブースとお客さんの距離がすごく近くて、それも良いことだと思います。イベントでDJのレコードを流す人がそこに立ってるわけですから、すぐにアクセスできますし、すぐに会話もできるような環境になっています。バー的な空間とブースが一直線で繋がっているというのは、しつらえ的にある意味ノイズの生まれる空間になってるのかもしれないですね。
――カウンター席しかないという部分で、お客さん同士でも初対面で仲良くなったりすることはありますか。
多いですよ、特に外国の方とかね。ここで偶然出会う人も同じような音楽を聞いていたというパターンも多いですし。音楽好きな人で集まっているパターンが多いので、たまたま横の人が話してる音楽の話がめちゃめちゃ自分とマッチしてたら、ちょっと話してみたいということも多いと思います。それこそDJの人に直接今かかっている曲を聞いたり、これもカウンターと一直線になってるからこそ生まれる会話だという感じがしますね。その日の状況によって店全体がよく喋るときもあれば、静かに愉しむときもあります。もちろん喋らないから疎外感を受けるとか、仲間外れ感があって嫌だなということは別にないですし、常に仲がいい人ばかりいる訳じゃないですね。もちろんバーだと、いわゆる喫茶店より距離が近いので、顔を覚えてもらったり、どういう音楽が好きなのかという会話をしたりというところから距離が近い会話が生まれることは多いと思いますね。
――曲の選曲は、その時の気分で決まるものなのでしょうか。
気分もありますが、基本はうちで扱ってる商品を流してるっていうのが多いですね。そこからセレクトして、バー的な雰囲気が壊れない程度に、好きな音楽をかけてるというパターンが多いです。熱量がある音楽をずっとかけてると、だんだんお客さんもうるさくなってくるし、すごく静かな曲をずっとかけていれば、すごく静かに過ごしてくれるっていうパターンもありますし、音楽が空間を掌握する力は割と大きいです。結構うちの店、大きな声で喋ると空間が会話で満たされちゃう小さいお店なんで、音楽で誘導されるパターンは結構多いと思います。静かにしてほしい時は静かな音楽をかけたりすることが多いですね。雰囲気に合わせて寄り添いつつ、あえてちょっと寄り添わなかったりとかして(笑)。
――レコードが流れているこの空間の中で、ノイズから自身が成長したようなエピソードがあればお聞かせください。
普段音楽を聞いてると、好きな音楽ばかり聴いちゃうじゃないですか。ジャンルが割と固定されてしまったりしますよね。というので言うと、DJがかけてる曲が面白かったり、このアーティストは知らないけどすごくいい曲だとか、お客さんから全然知らない知識を教えてもらったりしたことはありますね。
レコードってクリエイティブされているもので、僕はクリエイティブではないのだけれども、刺激を受けたりします。レコードのバイヤーやっていても、バイヤーより詳しい人はいっぱいいるので、会話をしてる中で知らない音楽に出会ったり、全然知らない視点や視座を取り入れさせてくれるというのは、こういう場所だからこそというのはありますかね。それこそ、サブスクだと自分の好みと似たようなものばかりレコメンドされますけど、この環境はそうはいかないですよね。それはうちで働いてるスタッフも、多分お客さんも同じだと思うんです。基本的に自分の好きな音楽のジャンルがかかってるというパターンの方が少ないと思うので、そこからこの曲良いなとか、家で聴きたいなと思ったりしますよね。クリエイティブなこととはちょっと違うかもしれないですが、来る人の多様性のような、そういうところから生まれるところがあると思いますね。
残っていくもの、残していくべきもの
製図室の一つの側面として、何代にも渡って同じ箱が使われるという特徴があります。その代ならではの使われ方をすることもあれば代々残っていくものもあります。Hachi RecordShop and Bar の旧遊郭の余韻を残した空間の中でレコードを扱う暮らしを通して、残っていくものの価値に迫ります。
――製図室も代々使われていくという性質があって、京大の場合は一つの部屋が年度ごとに下の代に残っていくものがあります。先輩が使っていたものがそのまま持って帰られずに置いていかれたりして(笑)。部室みたいな感じですよね。それで遊郭の名残りを残している店舗の話をお聞ききしたいです。まずざっくりと、どういったところに残っているのでしょうか。
例えば店の前のタイルです。ああいったタイルも当時の石をそのまま使っています。この建物全部もざっくりそのまま残っていて、建築が好きな人にはたまらないようです。この辺りの足元のタイルなど所々に残っていますね。どこからどこまで手を加えているのかは僕も定かではないのですが、表のタイルの壁の意匠も当時のままらしいです。
――先ほど店内の酒蔵のコンセプトについて、他店舗の意匠を踏襲している部分があるとおっしゃっていましたが、遊郭の意匠と組み合わせるような提案になったんですかね。
現在のようにレコードが置いてある2階へ続く階段が作られたのも6年前です。天井をぶち抜いてわざわざこうやって階段を内側でつくったりしていて面白いですよね。こんなに可愛いステンドグラスを使わないわけにはいかないですしね。めちゃめちゃ可愛いですよね。大正時代からずっとあるものですし、たまたまこの丸い形がレコードっぽいので、お店のロゴにもそのまま使っています。中身のクールな内装は他のお店も一緒だと思いますが、その中でもあの辺りは剥がれていたり、ところどころ露骨になっていますね。その露骨さに遊郭っぽい茶屋の雰囲気を残していますね。まるごと全てクールな感じにはしてないというのもこのお店ならではのテーマの1つになっているんだと思うんです。
――2階へ行くこのきつい階段も面白いですね。
いや本当に強引ですよね(笑)。無理やりやっている感じがします。でもちょっと秘密基地っぽくて、下手したらレコード保管庫みたいになっているくらいです。レコードショップって初めて行くところだとやっぱりちょっと緊張しますし、壁があるじゃないですか。このお店は2段階で壁があるので、かなり秘密基地感があるなと思いますね。ここ来るのにもちょっと狭かったりハードルがありますけど、ある意味そういう行きづらい感じも良さではあると思います。この辺りは四条とかに比べるとかなり落ち着いた雰囲気じゃないですか。だからわざわざ来る場所になっているし、その分お客さんとも心が通うことが多いです。誰でも彼でも入ってきてごちゃごちゃな雰囲気になるということもないので、そういう点では遊郭だったという入りづらさというか、閑静な雰囲気みたいなものが延長にあると言ってもいいかもしれないですね。ちょっと行くのにハードルがあるし、わざわざ行く場所というのは遊郭がなくなっても今でも残っているエリアではあるかもしれません。
――あるものが残されているこういう空間を残していくべきだと思いますか。 この空間を使っている方の所感をお聞きしたいです。
やっぱり残していくべきだと思います。価値みたいなものがあると思いますよ。こういうステンドグラスをデザイン的に今作れるのか、可能なのか僕はよくわからないですけど、昔はもっとこういったステンドグラスのある建物がいっぱいあって、そういう建物がなくなっちゃって悲しいという話も聞きます。京都もいろんな空き家が増えていて、使い道がなくて結局駐車場になるというパターンも多いじゃないですか。そう考えると、ある意味レコードとちょっと近いですよね。もっと便利になったからと言って、新しいCDとかにどんどん乗り換えるんじゃなくて、古いものをあえて買ってそれを使って聴くというか。ここも古い建物をわざわざ使って一応がわだけは意匠として残してそのまま使うとか、ちょっとリサイクル、リユースっぽい感覚はやっぱり古いもの好きとしては大事だと思います。
実はレコードっていろんな国でつくられていて、欧米発祥のハイテクノロジーなんですけど、いわゆる第三諸国と呼ばれていた国にもそういう技術が持ち込まれていたんですね。ただ、ありえないくらい汚いんですよ。なんならもうその辺に捨ててあったり、土の中に埋まっていたり、ごちゃごちゃのゴミ捨て場みたいなところにレコードが大量にあって、そうは言ってもそれらの国で作られたレコードって当然欧米の人は誰も知らないわけですよ。そういう場所のレコードって扱いも当然雑で、汚いのが当たり前なんですよね。ノイズがガシャガシャに乗るし、バチバチだったりします。ただ、傷が入っててもオッケー、入っているのを当たり前として聞くというのもレコードの魅力ですね。今の電子データって劣化しないですよね。でも最近よく考えるのは、サブスクがなくなったらどうしようと思うんです。最近はCDも買ったり、最後に信じられるのは現物だったりします。僕は皆さんより世代が上だから思うことなのか、一緒のことを思うのか分かりませんが、現物だから信じられるという感覚もありますね。
撮影:traverse24 編集委員
神谷 勇人
Hachi Record Shop and Bar レコード担当
神奈川県出身。大手レコード店でバイヤーを経験したのち京都へ移住。100 年以上の歴史を持つジャズとその周辺の音楽が専門。レコードバイヤーのほか、選曲活動なども行う。ご不要なレコードがあればご相談ください。
オンラインショップ:https://music.sakahachi.jp
(株)酒八
Hachi Record Shop and Bar:http://sakahachi.jp/hachi/
インスタグラム:hachi_kyoto