野老朝雄 |「 つくりかたのつくりかた」をつくる

聞き手:上田瑛藍、下地杏花、千葉祐希、寺西志帆理

2023.08.18 於 野老氏のアトリエ 


traverse24で11回目を迎えるリレーインタビュー企画。前回のインタビュイーであるテキスタイルデザイナー・コーディネーターの安東陽子氏から野老朝雄氏へとたすきを繋いだ。建築の出身である野老朝雄氏は、東京2020のエンブレムをはじめ様々なデザインを手がけているだけでなく、「つながるかたち展」シリーズをはじめとした展覧会や教育の場面で幅広く活動している。今回はその魅力的なデザインが生まれるプロセスや根底にある思考を伺うと共に、建築との接点、そして本テーマでもある「創造の場」についての野老氏の考えを探ろうと試みた。以下、安東陽子氏からの推薦文である。


東京2020 エンブレム制作者として、野老さんは彗星のごとく現れたような印象を世の中に与えています。しかし、緻密な幾何学模様を用いた先進的な彼のデザイン技法は、建築家を含め仲間の間では尊敬を集めていました。そこには、単に高度に数学的な工夫だけでなく、彼の思想が表現されたものなので、そのとんがったところで周囲との衝突と理解を繰り返してきました。インタビューではそのようなデザインにこめられた想いが野老さん本人から存分に語られることを楽しみにしています。

安東陽子 テキスタイルデザイナー・コーディネーター


――まず、東京2020エンブレムを始めとした主な活動についてお伺いします。

まず僕が普段自分の制作を説明するとき、[個と群と律]という考えをベースにお話しています。律とは繋げること、すなわちルールのことです。ラグビーだと「ボールを前に落としてはいけない」、サッカーだと「手を使ってはいけない」というルールがありますが、実際の人間はそういう風にはできていない。律に背いてミスをすることもある。でもそうした律、縛りがあるからこそいろいろなテクニックも出てくるし、シェアできるようになるわけです。言葉の通じない人たちが同じところに居ることができることは、素晴らしいことだと思います。他には、五七五とか五七五七七のような定型詩もこのルールの中でやりましょうという縛りがありますよね。ラップもまた律を含むものかもしれません。それをデザインの話でやってみましょう。例えばこういうドットというのは、何の変哲もない丸です。【図1】

ではそれをどういうふうに集めようか、どのようにセットバックしようか、と考えた時に、例えばグリッドを用いてみます。適当に並べてもよいのですが、円の中心を結び正方形のグリッドとなるように並べるとこうなります。【図2】

また、グリッドが正三角形になるように並べるとこうなります。【図3】そしてこれを一つのコンポーネントにするとこうなります。【図4】【図5】

このデザインにおいても、守っているルールは正三角形と正方形という概念だけです。実際に4枚のコインを綺麗に正方形に置くのは難儀なことで、この場合、グリッドと図形の間に田んぼの田のような境界が見えていますよね。別の見方をすれば、4つの正方形があるとも言えます。1円玉を並べる時にいかに正三角形がすごいかと思い知らされるように、三角形で考えた方が良いこともあります。【図6】

図1
図2
図3
図4
図5
図6

どこを単位とするか。要するにこのデザインはある単位で分割できるわけですよね。これは[LET RULE RULE]という話です。今紹介したものは円ですが、オリンピックのエンブレムの話になると、今度はひし形を使っています。ひし形は対角線が直交し、各辺の中点を結ぶともとの半分の面積の矩形ができるという特徴があります。そしてこのように色がついた箇所と白い箇所の面積が一緒ということに注目すると、市松模様みたいなものができそうだとなり、このように大中小の図形ができます。【図7】例えば、これで15個。【図8】

ここだけでも何通りもできるはずなのですが一旦この形で固定して、120度対称の図形を作ってみる。15個×3で計45個で、大が9個で、中と小は18個ずつだからきれいに四等分できないんですよね。そこで3分割だと遊びができるなというのもあって、120度対称になりました。【図9】

実はこのデザインは他の対称な組み方を見つけることによって置き換えが可能になります。【図10】

そうするとものすごく沢山のパターンが考えられるのですが、エンブレムの中まで敷き詰めたパターン(60個)だと200億を超えるらしいです。松川昌平さんのアイデアなのですが、世界人口の2倍以上の数なので、世界の全員にIDのように発行することも可能でした。200億って、膨大にみえて割とリアリティのある数字かもしれないですね。

図7
図8 120°のユニット
図9
図10 数百億のパターンができる
撮影:traverse24 編集委員

僕はこうしてできたデザインで「わ」を成すということを考えていました。「わ」という言葉にはいくつか意味がありますよね。和風の「和」もあるし、リングの「輪」もあるし、他にもいくつかありそうです。開会式の時にドローンが使えることになって、その時僕は平面があって、球体になって、地球になるみたいなことをどうしてもしたかったんです。だから、あえて言えば「輪/環をなす」に対して、「球をなす」という、3次元で考えるとこうなります、ということが、今思えばやりたかったのかなと思います。これができた時はすごく嬉しくて。5月頃、開会式のプロジェクトに関わらせていただけるというお話をいただきました。井口皓太さんという若い映像作家の方が担当だったのですが、「エンブレムを空に浮かべてそのまま地球儀になるというのは可能。でも、なんとかそこに律みたいな話を出したい。」ということを考えていたんですね。その前に表彰台のデザインに携わっていた時のまとめ役が平本知樹さんという方だったのですが、その方とどのようにドローンで実現できるのか相談していました。ドローンの数は足りそうなのですが、バックアップを何パーセント取んなきゃいけないとか、電池がやっぱり不安定らしく、例えば60個の大中小のひし形でエンブレムを作るとすると、実はそこの背後にもう一台いて、120面体をつくらないといけないんです。僕らはこの120面体を作るときにGeodesic化と呼んでいるのですが、要するに面をさらに分割する。全ての面を4つずつ、4×30で120。それを平本さんがもう一度計算して考えてくれました。これがその模型です。

図11
図12 TMK120(ポジ)
図13 TMK122(ネガ)

120面からなっていて、平本知樹なので“TMK120”と呼んでいます。タコ型が60、正三角形が20、矩形が30、五角形が12で構成されています。実に見事なデザインですよね。それらを足すと122。120プラス2になる。ちゃんとオイラーの多面体定理になっている。そしてネガの模型をドットで描くとなると、解像度をおよそ倍にしなければいけない。この模型自体はオランダで3Dプリンターを使って作るんですが、未だに日本だと高いんですよね。これがなかなかの死闘でした。「お話をいただけたのだったら絶対やってやろう」と言って実際にやりきりました(笑)。井口さんの手元を伺うと、こういうデザインでライノはものすごく親和性が高いようですね。彼が使ってるシネマ4Dの空間を扱うCADみたいなものがこれを制御できることがわかりましたが、それがなかったら無理だったと思います。ちなみになぜ藍色にしたのかというと、シンプルで強い色にしたいという背景がありました。まず、エンブレムに使った大中小のピースの面積が100:86:50です。そしてCMYKのそれぞれをピースの比率に当てはめていくと…(C100、M86、Y0、K50)今のエンブレムの色がたまたま生まれました。この色をどう呼ぶかなのですが、僕は「藍」としました。関東ではこのような色を紺と呼んだりするのですが、日本全体で考えるとやっぱりこの「藍」が1番合っているのではないかと思います。 オリンピックのメインテキストを濃紺にすると、英語でネイビーと訳されてしまうのですが、「藍」はインディゴ、植物という意味に対して「ネイビー」は軍隊(navy)という意味なんですよね。開会式で藍が「ナショナルジャパニーズインディゴブルー」と変換されていて、それだけ長いのだったら「アイ」でよいのでは?と思ったのですが、誰も知らないことですしいきなり開会式に「ジャパニーズアイ」と言われてもわからないと思うのですが、ちょっと残念でしたね。また色の落ち具合の話として、科学的な情報としてシェアできるのも重要だと思います。大中小の図形の面積をあてはめたC100、M86、Y0、K50という色の配合は科学の話としてシェアできるわけですよね。とにかくあなたのプリンターでC100、M86、Y0、K50でやってください、みたいなことができる。ですが紙に載せた時の話になると、パントンで色を指定もできますが、パントンでさえ次の年に見たら多少色が変わってるはずです。それと藍色をつくるということは実はすごく大変で、今は藍をつくれる人というのが少なくなっています。徳島は未だに藍という植物が1番日本で生産されていて、それでも全盛期の1/100程のようです。自分がエンブレムに携わったことがきっかけで今も徳島にすごくよくしてもらっています。僕が今着ている服はもちろん化学染料なのですが、ちょっと藍染めっぽいシャツを着ていくと、現地の職人さんに「野老さんにパチモン着てほしくないんだよ」と喧嘩売られたりしました。染め方にも種類がたくさんあって、1番濃いものは留紺とか留藍と呼ばれています。さらにその下に勝ち色というのがあって、winの「勝ち」にも意味が繋がるということで縁起が良い。また、藍染めは破傷風とか感染症に効くといわれています。徳島のタデ藍という植物は「蓼食う虫も好き好き」と言うように、虫が寄りつかない。だから医療効果もあったりとかするわけです。他の色も染料自体はあるのですが、藍染めというのは次々に染め足しをしてもかっこいい。赤は染め重ねていっても濁っていってしまいますし、光の下ですぐ色が落ちる。ポスターが無防備に太陽に晒されている状態だと、この写真のように、2ヶ月で色褪せちゃうんですよね。

図14 色落ちした五輪のロゴ

残っているのは青と黒のイメージしかない。実はこれはよく起こる話で、時間が経つことで劣化するのが、通常の印刷の場合は特に多いです。色褪せはクレームの対象になりがちですが、僕はその滅びていく方もすごく美しいと思います。きっと赤や黄色が弱いという単純な話ではないんですよね。浮世絵とかで雪の日に赤いお召し物をしてる人に傘を差している、という話はその人自身のスキンケアだけとかの話じゃなく、赤い色を守っているんですよね。僕は何かそういうところにも美しさを感じていたりします。

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