テキスタイルデザイナー・コーディネーター/安東陽子|境界をつくる布地
仕上げ材としてのテキスタイル
ーー白井屋ホテルでもテキスタイルを手がけておられますが、そこではどういったテキスタイルのあり方を考えられたのでしょうか。
白井屋ホテルは 6 年ほどかけて藤本壮介さんと一緒に取り組んだもので、客室のカーテンと、ロビーのエントランス部分のコンクリート壁にかかるカーテンをつくりました。
元々、白井屋ホテルは前橋にある有名な老舗のホテルで、休館していた旧白井屋を改装した既存棟と新築棟から成る新しいホテルへと生まれ変わりました。
既存棟は三層を全部吹き抜けにして、宿泊施設をたくさん減らしました。それによって、客室が宙に浮いてエントランスロビーを見下ろしているような感じなのですが、その天井高がとにかく高いんです。そんなロビーの天井にあるトップライトから床まで続くテキスタイルが 1 枚あることによって、天井の高さや光をより強く感じるような、そんな白いテキスタイルが欲しいという藤本さんのリクエストで始まりました。
色々話を進めるなかで、やはりこのカーテンは建築の最後の仕上げ材であり、またトップライトからの光を届けるための素材であるという意識がありました。周りには他のアーティストの方がつくった照明器具などの作品がたくさんあったので、その中で私のカーテンも少し作品っぽく見えるんですよね。でも実際はアートではなくて、建築とのコラボレーションでつくった素材なんです。何か空気というか層のようなものをつくりたくて、でもコンクリートの仕上げ材なので白だとちょっと目立ち過ぎてしまう。周りに馴染みながらも、少し存在感があるといいなということで、グレーに白いプリントをした生地を使いました。生地自体もすごく特殊で、部分的にクシュクシュっとした生地を作って、それをリボン状にカットしています。普通のレースのリボンとは少し違うのでカットが難しいのですが、さらにそれを刺繍していきました。リボンを機械にかけるために巻くところから、パートの方たちも雇ったんです。
ーー失礼を承知の上でお聞きしますが、言ってしまえば、このカーテンは無くても成り立つようなものじゃないですか。そのようなときはつくり方とか何か違ったりするんですか。考え方とか。
そうなんですよ。たとえば京セラ美術館でつくったカーテンには、西日を守るという機能があります。それに対してこの白井屋のカーテンは作品、オブジェでもあるので、無くても成り立つものではあります。ですが、やはり上のトップライトから下の暗い所まで生地がすっと通ることによって、急に空間に光が降りて来るんですよ。だから要らないといえば要らないですが、実際にあると、無いことが想像できないぐらい必要なものに見えるんですよね。やはり建築の余地というか、余分な足し算だとは思いますが、一回でも足し算するともう引き算できないんじゃないかなっていうくらい、空間に不可欠のもので。だからこのカーテンはいわゆる機能が無くても、空間の質を上げるんですね。そして、たぶんこれは藤本さんがこの空間で必要だと思っていたものの一部なんだと思います。
ーー先ほどの仕上げ材という言葉がしっくりきました。
そう、仕上げ材なんです。仕上げ材によって空間の質を上げるとか、空間の光をコントロールして人に光を届けるという役割。やはり下界にいると下界のことしか分からないですが、テキスタイルがあると、「あ、なんかいいね」となって、少し見上げると、「こんなに天井高いんだ」、みたいに空間の高さを把握することができるんです。
ーー取っかかりを与えるということでしょうか。
そうです。空間を認識するというか。そのためのツールですし、「綺麗だな」とか「いいな」と思うきっかけになると思っています。
協働におけるデザイン
山本理顕さんに三島にある東京ウェルズのオフィスのカーペットデザインを頼まれました。山本さんが設計された建築はグリッドがピシっと決まっていて、ガラスのディテールがすごく綺麗な硬質な建築ですが、そのような建築とテキスタイルって結構相性が良くて。ここには森を繋ぐお花畑のようなカーペットをつくろうと考えて、山本さんが「いいね、それ」と言ってくださったので実現しました。本物の花を買ってきたり、フェルトとか糸を使ったりして、フェイクなお花畑の景色を作って撮影していきました。なぜフェイクの花も混ぜるかというと、本物の花だけだと少しリアルすぎて生々しくなってしまうんです。そこでフェイクな花や植物のようなテキスタイルの素材なども一緒に組み合わせて撮影して、それを実際にカーペットにすると、また少し違う不思議な雰囲気になります。柔らかさが出るんですね。
ーー建築と対照的なものをデザインされている感じもしますね。
そうですね。そのときの建築とのバランスを考えますけどね。近づけていった方が良いか、離した方が良いとか、そういうことは何か感覚的に考えますが、きちんと機能的なところを考えながらやっています。
ーーどの建築家と協働されるかによって、そのバランスも大きく変わってきそうですね。
たとえば最近石上純也さんと協働した建築で、住宅街の中の山で土を掘ったレストラン²があるんですよ。本当に掘っているからすごいんですけど(笑)。掘って、そこにコンクリートを流し込んで、つくったという建築ですね。その時は、たとえば先程の花柄のパターンのように、とにかく主張するようなものではなくて、やはり素材感とか、個々のプリミティブ感みたいなものを考えていました。素材も、その空間にまつわる擬音語とか擬態語を共有しないと、提供ができないんです。たとえばざらざらとか、すべすべとか、がつがつとか、そういう言葉ですね。ただ美しいとか白いとかではなくて、何かそこに纏っている素材感みたいなものです。
ーー身体感覚みたいなものですかね。
石上さんは特に限定するようなワードをあえて伝えてくださらないから、自分でそういうことを感じるしかないのですが、何かやっぱりそこに一応彼なりのセオリーがあるんですよ。だから面白いんですよね。建築の仕事をやってるときは、本当にその人のために、その建築家のために私はつくっているので、その人を私なりに理解しないとなかなかつくれないです。
身体感覚にもとづくテキスタイルの柔らかさ
独立して少し時間の余裕があった時に、前の会社でお世話になったコーディネーターの山田節子さんにお声がけをいただいて、六本木の小さいギャラリーでの展覧会をしました。私は会社を独立したら、建築の仕上げ材とか建材をつくりたいと思っていたので、レールが要らないテキスタイル生地が出来ないかということで、貼って剥がせるファブリックを考えました。マイクロ吸盤のシートみたいなものと布を貼り付けて、レーザーでカットしてテキスタイルをつくりました。これはとても良い素材で、このような硬い素材もテキスタイルの一つの振る舞い方としてあるのではないかなと思っています。
テキスタイルというと、風を含んでひらひらと空気が含まれるような柔らかさがありますよね。この貼るファブリックは硬いものに貼るので決して柔らかくはないのですが、布地の素材感や触った時の感覚は身体にあると思うんです。たとえば柔らかいストールを巻いている時は、空気層、空気と生地の隙間でやはり柔らかさを肌で感じているので、私たちはいろいろなタイプの生地を体を通して知っていると思うんですよ。だから建物にテキスタイルを 1 枚掛けると、私たちは気持ち良さそうだと思う。それにはやはり、このような身体感覚が繋がっているような気がします。
ーーデザインの幅が広がりそうですね。
いろいろな形にできて何の柄でもつくれるので、今後こういうものが何か建築の仕上げ材になったらいいなと思ったのですが、結構扱い方が大変なのと、高いのとで難しい。そこでもう少し簡易的に、シールのような感じでできないかなということで、2013 年に伊東豊雄さんがやっていらっしゃる伊東豊雄建築塾で、実際に試作をしたシールファブリックを使ってみました。
大三島の伊東ミュージアムの半屋外空間で、リング状のレールにカーテンを吊るワークショップです。そのカーテンに、子どもたちが作った様々な形の生地を仕上げ材としてクリップでとめておうちを作ろうという企画です。床で子ども達が作業していた生地がふわっと立体的に立ち上がって、光が透けたりすると、光と風で何か生き物みたいになります。すると、生地も今まで見ていたものから大きくイメージが変わるように感じるんですよね。さらに生地はそれ自体が変わるだけでなく、同時に空間も変えるような作用があります。
ーーぎふメディアコスモスのグローブも、伊東さんと一緒に協働されていましたね。
そうですね。以前長谷川逸子さんのすみだ生涯学習センターで、初めて現場で大きいカーテンをかけたんです。その時、ふわっと空間の印象が変わったんですよ。生地も見たことがないようなものに見えて、ものすごく感動したんですよね。その経験を子どもにも伝えたいなっていうことで、貼るファブリックを組み合わせてグローブをつくりました。これは空調の装置であり、照明器具であり、さらにサインの役割もあります。
ーーどのように検討されたのでしょうか。
このグローブをどういう素材でつくるか決めるために、まず現場で三軸織りの骨格をもつ小さなグローブのモックアップをつくりました。この時、グローブの仕上げに何かテキスタイルを貼らないと、計算上は空気が下まで降りてこないということがあったんです。でも、グローブ上部にぺったり全面的に貼りすぎてしまうと何の光も感じないし、無機質な感じで息詰まるじゃないですか。例えば鱗のように、隙間から光が漏れてこないと気持ちよくないなと。それで上部にも隙間のあるパターンをつくれないか設計者たちとも協議しました。
私はその時、設備の空調のための数値が成り立ったとしても、そこにいる人たちに本当に身体で感じる気持ちよさや心地よさが届かないとダメなのではないかと伝えました。それに設計者も賛成してくれました。設備の人も、初めてつくるから分からない部分もあるし、じゃあ 1mm くらいならオーケーという話になったんですよ。結局、厳密には3mm くらいの所も出来てしまったのですが(笑)。
ーーパターンがあるようで、ランダムにも見える生地ですね。
地元の学生さんたちに手伝ってもらい、全部で 10 万枚弱の掌サイズの生地を貼ってもらいました。この生地は先ほどお話しをした大三島で試作をしたシールファブリックをさらに建材として進化させたものです。
学生さんが作業をする時には、下絵のとおりに正確に貼ってもらいながら、布の向きは自由に貼ってもらったので、最終的にグローブとしてたち上がった時に、光の当たり方によっては同じ色の生地が生成や少しグレーっぽく見えたりする。これはやっぱりテキスタイルが平面でなく立体的な織物であるからで、とても素敵な見え方をするところなんですよね。
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