【田路研究室】​建築論の探求と建築設計の実践

モダニズム草創期の都市デザイン論とその思想的背景

助教 早川 小百合

 近代建築の巨匠として20世紀を代表する建築家であるル・コルビュジエは、直線や直角で構成された幾何学的デザインで広く知られる。こうした造形は建築作品のみならず都市計画においても見られ、たとえば「300万人のための現代都市」(1922)をはじめとする提案に、グリッド状に秩序立てられた高層建物群という近代的デザインが見て取れる。こうした革新的なデザインは一世を風靡した一方、非人間的な空間としてモダニズム批判の的にもなってきた。

 ル・コルビュジエの近代的思想は著作にも見られ、たとえば『ユルバニスム』(1925)¹では、まっすぐな「人間の道」が肯定され、曲線の道である「ろばの道」が退けられている。しかしながら、ル・コルビュジエと名乗り始める前の青年ジャンヌレ時代には、曲線による有機的な造形や地元であるスイス、ラ・ショー=ド=フォンの山々の中でつくり出された郷土様式を好んでいた。とくにこの頃執筆した未定稿La Construction des Villes(以下「都市の構築」)では、後のル・コルビュジエの主張とは反対に、「ろばの道」を勧め、曲線によるデザインを賛美している。

図 ジャンヌレの故郷スイス ラ・ショー=ド=フォンの風景

 ただし、この草稿がジャンヌレによって出版されることはなかった。草稿執筆を勧めた師レプラトニエとの決裂を経て、草稿の出版計画が頓挫したからである。しかし今からおよそ30年前に草稿が発見されるとその概要が明らかになり始め、ここ数年、再度研究がさかんになってきている²。

 ただし、既往研究は草稿の内容やその主題をおもな論題としているわけではない。そこで筆者は草稿の内容を詳細に吟味し、草稿の主題が「パルティ(parti)」という都市構成要素の「型」であり、草稿の究極目標は「愛郷心(patriotisme)」を創出することであったことを発見した。このように、モダニズムが切り捨ててきた地域性、土着性の志向が浮かび上がり、ジャンヌレは、その場所固有の性格を強調することをつよく主張していることが分かった。さらにその背景には、世紀転換期ドイツにおいて急速に進む工業化の反動として、自然回帰を基調にした種々の社会運動(郷土保護運動、芸術教育運動など)があったことも分かってきた³。

 こういった社会状況は、現代のそれに重なるように思えてならない。実際、先にも触れたような前近代都市論の再評価が近年さかんになっているように思われるが、こうした動きは、世界的に、地域分散やその地で生まれる人間の協調関係、利他的なものへの関心が高まっていること⁴とも呼応している。地域再興や地方分散が叫ばれる現代において、ジャンヌレが主張するその場所固有のものを尊重することや確かな実感を伴った「愛郷心」は、昨今目指されているあたらしい社会のかたちにきわめて親和性が高い。1世紀以上前に急速に拡大する工業化のなかで論じられていた、ある場所に根差した人間的空間という提案は、モダニズム以降に推し進められた抽象的で普遍的な都市コンセプトの絶えざる適用を経て再度、ジャンヌレの言葉を借りれば、「古い戯言ではなく、現実に根差した真の愛郷心」⁵を創出するために、現代の私たちが取り組む価値のあるものである。

【注】

1 ル・コルビュジエ: ユルバニスム, 樋口清訳,鹿島出版会, 1967. 原著は以下。Le Corbusier:Urbanisme, Les Editions G. Crès & Cie, Paris, 1925.

​2 たとえば以下の研究など。Schnoor, Cristopher:Le Corbusier’s Practical Aesthetic of the City Thetreatise ‘La Construction des villes’ of 1910/11,Abingdon, Oxon; New York, Routledge, 2020.

3 得られた知見はたとえば以下の論文などにまとめた。Sayuri Hayakawa, Takahiro Taji: CharlesÉdouardJeanneret’s Local Patriotism in LaConstruction des villes and Erneuerungsbewegung in Germany, in Cahiers de la recherch earchitecturale, urbaine et paysagère, 11.

4 たとえば以下の文献など。Grimalda, G., Buchan,N.R., Ozturk, O.D. et al.: Exposure to COVID-19 isassociated withincreased altruism, particularly at the local level, SciRep 11, 18950 (2021). 広井良典: 人口減少社会のデザイン, 東洋経済新報社, 2019, とくにpp. 166-168.
5 Schnoor, Cristopher: La Construction des villes.Le Corbusiers ertes städtebauliches Traktat von1910/11, Zurich, gta Verlag, 2008, S. 477. 邦訳は筆者による。

 

関連記事一覧