STUDIO2021

平田スタジオ「For Infancy」

人間は最初から人間として生まれるわけではない。ヒトは人間たちによって育てられ、人間になっていく。建築はおそらく、ヒトの歴史の最初から建築であったわけではない。巣のようなものが建築になったとき。それは種としてのヒトが人間になったときと重なり合う。そしてそれは人間社会のはじまりでもあるだろう。社会形態の変容に伴う建築を考える上で、しばしば子どもたちの存在が鍵となるのも、これと無関係ではない。何故ならそこには人間や社会が固まった形態になる前夜の、うごめく過渡性があるからだ。

このような過渡性なことを、Infancyと呼ぼう。Infancyとは一般的に幼少、未発達、初期段階を意味する言葉である。社会のありようが過渡期的様相にある今日、Infancyは建築を根本から問い直すきっかけを与えるのではないか。どのようなアプローチでも良い。建築にInfancyを介在させることによって生まれる、新しい公共の場を提案してほしい。Infancyを手なずけるための建築ではなく、Infancyと向き合うことによってしか生まれない、新しい建築を期待したい。

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「重層」 岩崎伸治|平田研究室

本提案では、図書館と工房のふたつに注目した。情報を管理し収集する場所である図書館、そしてそれを活用する場所としての工房。 新たに生み出されるもののそばには蓄積された知識があるだろう。本来限りなく近い存在であるが分たれてしまった、二つの場を細分化し再び共存させる。図書館や工房といった言葉よりも前にある、豊かなふるまいを誘うことが、私のFor Infancy である。

編集委員推薦理由

知とそれに基づく創造という、ヒトを人たらしめる根源的なおこないを包み込む空間について再考した作品。図書館と工房のボリュームが卓越した造形力によって緻密に重ね合わされ、多様性に満ちた発見的な公共空間を実現している。また、独特の筆致で描かれるビジュアル群も作品の魅力に磨きをかけている。プログラムと空間、敷地の必然性が意識として共有されれば、より多くの人の心を動かすことだろう。


小見山スタジオ「‌Emergent Technology Kyoto U」

山極寿一総長は京都大学を、新たなイノベーションを生み出す世界最大の「知のジャングル」と呼んだ。ジャングルは、常に新しい種が生まれ、陸上生態系で最も多様性が高い場所。大学も、学生や研究者が常に入れ替わり、学問分野も多種多様である。開発の途上であり、社会への実装方法が定まっていない新しい技術をエマージェント・テクノロジー(EmTech)と呼ぶが、19世紀に「鉄とガラス」という新素材の登場をめぐって建築の新しい姿が模索されたように、黎明期の技術は建築観の深層をゆさぶる。本スタジオでは、①建築学科を飛び出して京都大学のジャングルからエマージェント・テクノロジーを発見し、②その実装が社会に与えうるポテンシャルを建築デザインのプロトタイプとして構想する。

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「n×100/1 colony」 岩見歩昂|小見山研究室

アリは個々のエージェントが巣の青図を知らないにも関わらず、全体として秩序立ったコロニーを形成します。この局所的な相互作用による創発現象は自己組織化と呼ばれています。自己組織化を建築の空間構成段階に応用した設計手法を提案し、空間のプロトタイプを構想します。

​編集委員推薦理由

アリの巣の構築プロセスと形状的特徴を人間の空間形成に応用するという試み。人間の建築設計手法とは対照的に、本能的な行動により無作為に生み出される「動物の巣」に着目している。パラメトリックデザインによって生成された空間を、スケール操作で建築として解釈するという明快な手法を用いているが、その先に設計者がなし得る可能性とは何か。さらなる深掘りに期待したい作品である。


神吉スタジオ「場所の力」

これまでにない変化をみせる現代の都市・地域で、どのようなランドスケープが受け継がれ創造され得るだろうか。新しいランドスケープにむかうために、場所に潜む⼒を読み、その⼒を顕在化させる建築と都市・地域空間の提案をめざす。各⼈が選ぶ敷地およびその位置する都市・地域の「場所の⼒」の読解作業を重視しつつ進める。

敷地は、現地調査可能な範囲、⼜は資料等で敷地を⼗分に説明できる場所から、⾃由に選ぶ。

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「モノの風景」 北垣直輝|神吉研究室

“冷蔵庫のありあわせの材料からお惣菜をつくるときには、レシピに合わせて材料を買いそろえるのとは違った思考回路が働いている”

古民家は過去の風土や文化といったその『場所』のこれまでの歴史が刻み込まれ、過去の鏡と言い表せる。現在の敷地の状況と家族構成の変化による新たな需要を織り交ぜつつ、既存の部材・建具を用いてこの家で育まれていた『風景』をまるで新築を建てる様に構成しなおす。その過程を経ることで、祖母の家が持っていた世界観は洗練され、過去と現在の風景を写す建築に生まれ変わる。

​編集委員推薦理由

この家で休暇を過ごした自身の幼少期の記憶、その風景を構成していた1つ1つの要素を丁寧に扱いながら、居住家族の変化に対応を試みている。在宅時間が急激に増した時期に「住宅としての巣」を考えた作品であり、記憶に刻まれた建具に注目されているのは、現地調査に行けなかった影響もうかがえる。個人的ではあるが、新しいリノベーションの手法の提案といえる。

 

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「‌NAKANOSHIMA SKY PERCH -鳥のトマリギとしての建築-」 西田造|神吉研究室

建築、そして都市は、人が人のために造るものだ。しかし、人のためだけに造られたその場所に棲める生物の種は少なく、無表情なビルに閉ざされた空には過剰繁殖したムクドリが飛び交う。空はもっと多様なものではなかったか。私は、大都市のうちの一つ、大阪・中之島に「人間」ではなく「鳥」のためのトマリギのような建築を構想する。それは淀川の豊かな生態系を受け止めて、中之島のもつ空の多様性を映し出すための建築である。

​編集委員推薦理由

鳥の行動・生態についてよく理解し、さらにその知識を設計へ落とし込めている。「場所の力」を、敷地周辺に止まらない広域の生態系として捉えており、講評会では都心部の生態系の在り方について議論が起こった。さらに、中之島西側の現状、都市に林立する高層ビルの在り方についても言及しており、複合する問題意識を整理し提示した、力のある作品である。

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