• HOME
  • ブログ
  • PROJECT
  • 【小椋・伊庭研究室】「巣」の環境の築き方の時代から、その在り方の時代へ

【小椋・伊庭研究室】「巣」の環境の築き方の時代から、その在り方の時代へ

建築における湿害の予防・対策について

: 旧甲子園ホテルでの事例を中心に

博士後期課程 福井一真

修士課程2回生 山田皓貴

はじめに

 序文にある通りヒト・モノ・建物それぞれに与える影響を考慮し、快適または適切な環境を設定することは難しい問題である。このうち、特に建物にとって環境が適切でない場合には、空気中の水蒸気や雨水、生活水といった水分が原因となり、建築物の機能や性能が損なわれたり、居住環境の悪化が引き起こされたりする湿害が大きな問題となりうる。

 近年では、長年蓄積されてきた知見をもとに「日本建築学会環境基準AIJES-H0003-2013建物における湿害の診断と対策に関する基準・同解説」が日本建築学会より発行され、これを参考に国際規格ISOが発行されようという動きがあり、湿害は国際的にも関心が高まっている問題といえる。同基準の序では、湿害の事例が後を絶たない原因として、「条件や現象の多様さ」、「建物の構造や機能、居住者の生活スタイルは千差万別であり、そこに気候条件のばらつきが絡んでいる」ことが挙げられている。本研究室でも、例えば、環境条件や水分の浸透経路を考慮した粘土瓦の凍結融解による劣化に関する研究1)、近年増加しているガラスのカーテンウォールのスパンドレル部における結露現象に関する研究2)、蒸暑地域におけるカビの生育リスクについての研究3)のように、多様な条件において起こりうる現象を把握し、解決策を確立しようとする研究が多く行われている。ここでは特に、文化財的価値をもちながら現在も学舎として使用されている旧甲子園ホテルでの事例について述べる。

旧甲子園ホテルにおける湿害の事例4), 5)

 兵庫県西宮市にある旧甲子園ホテルは遠藤新の設計により1930年に竣工し、現在は武庫川女子大学の学舎として使用されている。この建築物では現在、修復のために用いられたものも含め2種類の石材が外装材として用いられており、その物性や、雨水の供給や夜間放射といった環境条件の違いに応じて変色、塩の析出、藻類の繁殖、乾湿や凍結の繰り返しによるひび割れや剥離といった実に様々な湿害が観察されている(写真1、2)。さらに、その対策として防水処理やモルタルを用いた補修が行われているが、そのような箇所でも劣化が生じており、状況はかなり複雑である。

 現状としては、使用されている石材について、採石場の閉鎖により同じ種類の石材で交換することが難しくなってきていること、さらに、石材自体に文化財的価値があることを踏まえ、観察されている劣化のうち最も深刻な被害である石材の剥離や欠損に焦点を絞り、現地調査や、気象条件や物性値の測定といった地道な検討により劣化のメカニズムの検討を行っている。今後、これらの検討をもとに劣化を抑制するための対策を講じる予定である。

はじめに

 序文にある通りヒト・モノ・建物それぞれに与える影響を考慮し、快適または適切な環境を設定することは難しい問題である。このうち、特に建物にとって環境が適切でない場合には、空気中の水蒸気や雨水、生活水といった水分が原因となり、建築物の機能や性能が損なわれたり、居住環境の悪化が引き起こされたりする湿害が大きな問題となりうる。

 近年では、長年蓄積されてきた知見をもとに「日本建築学会環境基準AIJES-H0003-2013建物における湿害の診断と対策に関する基準・同解説」が日本建築学会より発行され、これを参考に国際規格ISOが発行されようという動きがあり、湿害は国際的にも関心が高まっている問題といえる。同基準の序では、湿害の事例が後を絶たない原因として、「条件や現象の多様さ」、「建物の構造や機能、居住者の生活スタイルは千差万別であり、そこに気候条件のばらつきが絡んでいる」ことが挙げられている。本研究室でも、例えば、環境条件や水分の浸透経路を考慮した粘土瓦の凍結融解による劣化に関する研究1)、近年増加しているガラスのカーテンウォールのスパンドレル部における結露現象に関する研究2)、蒸暑地域におけるカビの生育リスクについての研究3)のように、多様な条件において起こりうる現象を把握し、解決策を確立しようとする研究が多く行われている。ここでは特に、文化財的価値をもちながら現在も学舎として使用されている旧甲子園ホテルでの事例について述べる。

写真2
天空に開いた屋上テラスでも石材が剥離を起こしている。排水の悪さや夜間放射により温度が下がりやすいことから、降雨により供給された水分が凍結融解をおこすことが原因と考えられる。
写真1
旧甲子園ホテルでの湿害の例として、屋外では降雨を受ける部分の石材が藻類の繁殖により黒く変色している。この石材は比較的水分を通しやすく、方位によっては乾湿の繰り返しが原因と考えられる剥離も観察された。

 このように、湿害の予防・対策を考える際には、個々の建築部材のおかれた環境、材料などの特有の条件に注意する必要がある。例えば、気候変動や、改修による建築や室の用途の変更などがあれば、考慮すべき条件はより複雑になるかもしれない。明治時代のレンガ造建築がイベントスペースとして再利用されている例では、空調の使用が内壁表面での塩の析出に影響を与えている可能性が示されている6)。また、特有の条件を適切に考慮すれば、起こりうる湿害や、既に起こっている湿害の原因や解決策をある程度まで推察することができるような幅広い知見が既に蓄積されつつある。しかし、全ての問題に有効な方策を講じることは依然として難しい。使用者のニーズに応じて、材料の保存や美観、各種の機能性などのうち何を優先し、どのような種類や程度の湿害に対して予防策や対応策を講じるべきかという判断も、設計者や技術者にとっての課題といえる。

【参考文献】

1) 植田あゆ美, 伊庭千恵美, 鉾井修一, 小椋大輔. 温暖地における屋根瓦の凍結劣化に関する研究: その5 実環境条件が塀瓦の含氷率分布に与える影響. 日本建築学会2016年度大会(九州)学術講演梗概集, 環境工学I, pp. 1375-76.

2) 権藤尚, 三原邦彰, 鉾井修一. ガラス面結露対策のシミュレーション検討: ガラスカーテンウォールスパンドレル部の結露防止に関する研究 その2. 日本建築学会環境系論文集, vol. 81, pp. 697-706, 2016.

3) 孫雪莱, 小椋大輔, 松田まりこ, 三浦尚志. 蒸暑地域における住宅の高湿問題に関する研究: RC住宅の温湿度環境の調査と住宅モデルの熱解析. 日本建築学会2019年度大会(北陸)学術講演梗概集, 環境工学II, pp. 7-8.

4) 山田皓貴,伊庭千恵美,宇野朋子,福井一真,小椋大輔. 甲子園会館に用いられる凝灰岩外装材の保存に関する研究―現地環境条件調査と物性値測定による劣化メカニズムの検討―,日本文化財科学会第37回大会,pp212-213,2020.

5) Koki Yamada, Chiemi Iba, Tomoko Uno, Kazuma Fukui, and Daisuke Ogura. Investigation on deterioration mechanism of tuff stones used as exteriors at the former Koshien Hotel. In proceedings of the 12th Nordic Symposium on Building Physics, 2020. https://doi.org/10.1051/e3sconf/202017220008

6) 西村奏香,小椋大輔,水谷悦子.歴史的煉瓦造建築物の塩類風化に関する研究―内壁の塩析出メカニズムについての検討―,日本建築学会近畿支部研究報告集,vol.58,pp.157-160,2018.

関連記事一覧