建築構造設計のための機械学習|大崎 純

はじめに

 建築構造物の構造設計の過程は,与えられた材料を用いて,設計条件を満たす最も望ましい解(節点位置,部材配置や部材剛性)を求める問題として定式化される[1]。設計条件の中で,建築基準法やさまざまな規準で指定されて満たさなければならない力学的条件は,設計問題において制約条件(hard constraint)として定式化される。設計荷重に対する変形や応力に関する条件は数式で表現できるので,節点位置や部材断面積を変数とした最適化問題を解いて,制約条件を満たす解(許容解) を得ることができる。一方,設計において考慮することが望ましい非力学的制約や,材料や施工のコストなどの制限値が曖昧な設計条件(soft constraint)は,最適化問題の制約条件として定式化するのが難しく,設計の評価指標と考えて多目的最適化問題の目的関数の1つとするのが望ましい。構造設計は,このようなさまざまな設計条件や評価指標を考慮して,最も望ましい解を見出す過程であり,構造設計者の知識や経験が重要な役割を果たす。一般に知識や経験を数式で表すことは困難であるため,機械学習を有効に用いることができる。

 機械学習は人工知能(artificial intelligence, AI)の基礎となる技術であり,構造最適化への適用については,以下のようなアプローチが考えられる。

1. 弾塑性解析や時刻歴応答解析などの多くの計算量を必要とする構造解析によって得られる応答量を予測するために,機械学習を用いる。この方法は,1990年代からニューラルネットワーク(artificial neural network,ANN)を用いて行われてきた応答予測や,構造最適化で用いられる応答曲面法やKrigingによる応答近似モデル(surrogate model)と同様である。最近になって,多層ニューラルネットワーク(deep neural network,DNN)や畳込みニューラルネットワ ークが実用化され,再度注目されるようになった。

2. 遺伝的アルゴリズム(genetic algorithm,GA)や焼きなまし法(simulated annealing ,SA)などの発見的最適化手法において,構造解析を実行すべき(あるいは実行する必要がない)解を選択するために,機械学習を用いて特徴分析を行う。この方法は,2000年頃から実用化されているデータマイニングでのクラスやカテゴリーの分類問題を解く方法と同様であり,二分木, サポートベ クターマシン(support vector machine,SVM), 相関ルールなどを用いることができる。これらの学習方法は,教師あり学習に分類される。データマイニングはビッグデータ処理の基礎となる方法であるが,最近はAIの枠組みで議論されることが多い。

3. 最適化アルゴリズムを用いず,機械学習のみによって最適化する。例えば連続体のトポロジー最適化問題において,最適解の一般的な特徴を学習できれば, 個別の荷重条件や構造規模(有限要素分割数)に対応する最適化問題の解を学習せず,一般の荷重条件や構造規模の最適化問題の解を求めることができる。 しかし,一般の最適化問題の解の特徴が,限られた数の最適解に含まれているわけではないので,教師あり学習に分類される手法をこのレベルで適用することは極めて困難である。一方,構造設計の過程を逐次的な意思決定プロセス (マルコフ決定過程,Markov decision process,MDP)としてモデル化して強化学習(reinforcement learning,RL)を用いて学習することも可能である。RLは一般に教師なし学習に分類され,ロボットの制御で実用化されている。また, DNNやモンテカルロ木探索と組み合わせて,囲碁などのゲームの分野で画期的な成果を挙げている。

 以上のように,機械学習の利用にはいくつかの方法(レベル)があり,構造最適化において適用されている機械学習の手法のほとんどは,従来から知られている関数近似やデータマイニングなどの手法である。

 最近になって,ディープラーニングと強化学習の発展により,画像処理,テキス ト・音声処理,ゲームなどの分野で,AIが画期的な成果を挙げている。その他の分野でAIや機械学習を効果的に利用するためには,上記の問題と類似の形式に問題を変換することが重要である。構造最適化では,連続体のトポロジー最適化において, 画像処理と同様の方法が提案されている。しかし,建築構造の最適化では,画像としての問題設定が困難であるため,独自の方法が必要である

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