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筑波大学大学院 システム情報系 情報工学域 教授・三谷 純|折りなすかたちの美しさ

愛知工業大学の宮本好信教授による、回転建立方式(RES)による、板材からのドーム形状立ち上げ

― 厚みという壁

 立体折り紙を実用的な分野へ応用する際には、どのような問題が発生するのでしょうか。

三谷 紙の折り紙では厚みをほぼ無視して設計することができますが、他の素材ではそうはいきません。ダンボールなど厚みのあるものを2、3度でも折りたたむと、とても分厚くなってしまいますよね。そういった素材をうまく折るために、歪みの生じない剛体パネルとヒンジから構成されたようなモデルを考える「剛体折り」という研究分野があります。厚みが集中する場所をどうやって逃がすかといった幾何学的な問題や、一部分に応力が集中しないようにするという実践的な問題に多くの研究者が取り組んでいます。

大須賀 立体折り紙作品の中には大きなスケールでつくられたものもあり、人が下をくぐることができて面白いですね。もっとスケールアップしたら簡易的なシェルターや、さらには建物にもなってしまうような気がしています。しかし実際に作ると紙がたわんでしまって、実現はなかなか難しそうです。

三谷 これ(本ページ上写真)は愛知工業大学の宮本好信教授の作品で、一枚の平面から立体的に立ち上がる構造物です。彼は建築家で、このモデルをスケールアップしてドームをつくろうとしています。平面で施工したコンクリートパネルを一気に持ち上げるシミュレーションを行っていて、実現すれば非常に低コストでドームが建つそうです。また、東京大学の舘知宏助教は建築出身の折り紙研究者で、折り畳みできる建物の設計に取り組んでいます。建築に携わる人たちは応力や素材の物性による制約を考慮して、本当につくれるかどうかということを考えているのです。

― 折り紙と建築の関係

大須賀 折り紙は日本で生まれた文化なので、日本の他の文化とも通じる部分があるように思います。日本ならではの折り紙の特徴についてはどうお考えですか。

三谷 日本においては折り紙は遊びの文化として根付いていて、折り鶴は誰もが知っているところでしょう。しかし最近の折り紙作品における分かりやすい日本らしさや強みといったものはなかなかないように思います。今や折り紙は世界中で「ORIGAMI」と呼ばれるほどに広く知られるようになり、トップランクの折り紙研究者やアーティストは海外の人が多いのです。

大須賀 遊びの文化というと、そもそも西洋にはレゴブロックがあります。西洋では石やレンガを積み上げて建築をつくってきた歴史があり、その延長としてレゴブロックがある。同じように日本人は木と紙で作った家に住んできて、その建築の構成の仕方に折り紙との親和性を感じてしまいます。柱・梁と床・壁といった線と面の構成は、まさに折り紙における折り線と紙の面と同じ構成だと捉えることができるかもしれません。歪みを許容するという点でも、木造や紙のやわらかい構造の考え方に近いものがある。意外と三谷さんの立体折り紙も日本的な考え方に近い発想をしているのではないでしょうか。

三谷 何もそこまで意識してやっているわけではないですよ(笑)。でも確かに、折り紙と建築は相互に刺激を与え合っていると思います。ドバイにある『アル・バハール・タワーズ』は、折り紙に着想を得たスクリーンが高さ150mのツインタワーを覆っていて、見る人にすごく強い印象を与えます。でもこれは単体の折り紙作品とは違って、鉄筋でつくられた主要部分に衣装のようなものとして貼り付けられているわけですよね。やはり柱梁と床の繰り返しでできている構成はすごく合理的で、多くのビルはそうなっています。

 隈研吾さんにしても、きっちり内と外を分けたうえで、表面にいろいろなものを張り付けている。そういった装飾的な折り紙造形の実例は増えてきていると思います。そこに対してもっと違うものを提案できるかが今問われているところでしょう。

大須賀 確かに合理性を考えれば四角い箱を積んでいけば良いかもしれませんが、それとはなにか別の形で建築を考えたいという思いはあります。立体折り紙が全体でひとつの構造になっているように、建築の内と外を一体的につくるアプローチとして、フォールディングの手法を挙げることができそうです。それこそ一枚の紙で襞を折っていくように、地面がそのまま盛り上がって壁になり屋根になるという建築が90年代に生まれ、注目を集めました。そういった今までにないかたちのヒントが折り紙の世界にあるかもしれません。

三谷 建築家の方が立体折り紙を見るとすぐに、「これは何かできそうだ」「ここに人が入れて、中から見たらどうなのだろう?」といろいろなことを思いつくようです。インスピレーションの素材を提供するという意味では、限られた素材で立体を作る折り紙はとても有用なツールなのかもしれません。私の作品は展開図をWEBで公開していますから、そういった野心的な人にはどんどん利用してもらいたいですね。

『アル・バハール・タワーズ』のスクリーン※1

1) AHR:Al Bahar Towers, AHR International Award Winning Architecture and Buildings Consultancy Practice (閲覧日:2017/9/13)
 http://www.ahr-global.com/Al-Bahr-Towers
上記サイトの画像を一部切り抜き使用した。

― ただ面白いかたちをつくりたくて

三谷 私のスタンスを述べておくと、折り紙から何か革新的な発明が生まれるという将来像を描いているわけではありません。メディアで折り紙特集があると私のところにも取材が来て、「この素晴らしい技術はどう未来の役に立つのですか?」と目を輝かせて聞いてきます。でも、私はその期待に応えられるような回答を持ち合わせていないのです。彼らの関心は折り紙よりもその先の応用にあって、別に折り紙じゃなくてもいいわけですよね。例えば、折り紙は大きいものを小さく折り畳む技術として、折り畳み傘から衛星アンテナまでいろいろなところで応用されています。それらは一見新鮮なアプローチに思えますが、テクノロジーが進歩しただけで、考え方は折り紙のそれと大差はありません。私は折り紙を何かに利用するためにやっているわけではなく、ただただ面白いかたちをつくることに興味があるのです。

大須賀 エッフェル塔のように、エンジニアリングの世界から新しい風が吹いて建築に大きな影響を与えた事例がありますが、新しい建築が生まれるときは他の分野から何か変化が起こるのかなと思っています。三谷さんのような純粋に面白いかたちを追求されている方には、ついついそんな期待をしてしまいます。

三谷 ビッグネームが時代を変えていくこともあるでしょうし、じわじわと進んでいく変化もあると思います。50年後くらいに振り返ってみると、ある時折り紙のような建造物がたくさん出てきていて、そこが一つの転換点だったと後から認識することもあるかもしれません。先ほどお話しした宮本先生たちのように、折り紙建築の実現に向けて積極的に活動する人がいれば変わっていくと思います。

坂野 そこから皆が真似し始めて大きな変化が起こることもありそうです。

三谷 みなさんが京都大学でそういった方向に誘導していくのも面白そうですね(笑)。京都の町に折り紙のような建築をつくることができれば、一つの事例としてカウントされることになりますから、是非やっていただきたいです。

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