日本の建設活動の参入障壁と進出障壁|古阪 秀三
― 3.日本企業の海外建設市場への進出障壁は何か
日本の建設関連企業の海外進出は、第二次大戦の戦後賠償として多くのインフラ整備に関わってきたことに始まる。また、ODA(Official Development Assistance:政府開発援助)による開発援助もアジアを中心に行われてきた。特に後者は歴史的、地理的、経済的な理由で、アジアを中心に援助対象国を選定してきた。しかし、近年の海外進出は第1章で述べたように、国内の建設投資の減少の補完的な意味合いが強く、特に中東への進出がその筆頭である。そこでの進出企業(大手建設企業5社)等のヒアリング結果があるので、ここに摘記する。
①中東諸国では外国人労働者が圧倒的に多い
②FIDIC(国際コンサルティング・エンジニア連盟)に関して、一方的変更、片務的条項の追加等が多く、その問題はthe engineerとかコンサルタントの存在に起因することが読み取れる。はたしてこの約款は公正な約款といえるか
③関係者間に相互の信頼はない。信頼は契約により担保されることを自覚すべきである
④日本は本格的進出というより、スポット工事的であり、戦略的に活動しているように思えない
⑤技能労働者調達 (技能者制度はほとんどの地域で存在しないが) は下請企業任せが中心である。しかし、現場での技能労働者の確保は品質的にも利益確保の面でも重要である
⑥日本の建設企業の能力と知名度は世界的に高いと聞くが、地域差が大きく、中東以西ではむしろ無名ではないか
⑦英国のPM企業はかなり安定した中東感を持ち、自らが得意とするマネジメントビジネスでは契約行為の内容、取りうる選択に精通しており、戦略を持って取り組んでいることが推察できる
⑧それらのPM企業もFIDICに関して、一方的変更、片務的条項の追加等が多い認識は持っているが、一方で、それに対抗する方法も用意している
⑨PMが発注者に提供すべき業務、PMとして注意すべき要点等が市場の理解とともに明快にあると推察される
⑩信頼と契約とビジネス、これらの考え方を当該PM企業の行動規範として有している印象を得た
以上は、日本の建設企業と英国のPMの経験談であり、中東への進出の難しさ(進出障壁)を表している。
4)古阪秀三:特集1 中東の建設事情に関する調査,中東で考える日本のものづくり,建築コスト研究,建築コスト管理システム研究所,No.90,pp.35-44,2015.7
5)古阪秀三:特集 東南アジアの建設事情に関する調査,東南アジアで考える日本のものづくり,建築コスト研究,建築コスト管理システム研究所,No.94,pp.44-52,2016.7
― 4.まとめ
2章、3章で摘記した日本の建設市場での参入障壁と日本企業の海外市場への進出障壁は、裏腹の関係にあるとみることができる。すなわち、外国企業が感じた「日本の参入障壁」は、日本古来の「日本的システム」であり、言い換えるならば「日本の建設産業を守った建築生産システム」ということができ、国内市場が大きく、また、海外進出が要請されない状況下ではきわめて有効なシステムである。しかし、国内市場の縮小傾向が継続し、海外進出が必然となるならば、3章で記述したような実情/課題を十分に認識する必要がある。それは取りも直さず、日本市場のしくみの国際化を意味するものである。
その処方箋を書くほどの能力と見聞はないが、仮説的に言えば以下の4つくらいに取り組むことが望まれる。
①日本の建築工事は一式請負だけでずっと頑張ってきた。それもいいものをつくることを最優先に。そこでは基本的な価値と付加価値両方をつけた一体のものでの競争を一式請負でやってきた。しかし、国際的に言うと、付加価値をどうつけるのかというのは契約上の問題であって、そこの部分をしっかりと見直すことが喫緊の課題である。
②さらに、その一式請負の体制を前提にした基準法、士法、業法、安衛法という日本の法制度の枠組みでは、分離発注等多様な設計と工事の発注契約のしくみはなかなか出てこない。専門工事業者が別途に外部で仕事をするということも非常に難しい。しかし、世界の流れで言うと様々な契約のやり方が建設市場の中で工夫されつつある。この認識が肝要である。
③そういうものの中で一番欠けていると考えられるのは、コントラクトマネジャー。コンストラクションマネジャーではなくて、コントラクトをマネジメントするという役割が、日本の場合、欠けている。現場に経理担当はいるが、契約書類と設計図書を理解し、必要に応じて発注者や設計者と交渉をする、そんな担当者が日本の現場にはいない。海外でも日本企業の現場にはいない。外国企業にはコントラクトマネジャーというものが現場に配置されたり、本社からコントロールしたりする。つまりは、かつての信頼関係で任せたではなく、発注者と施工者とか設計者の関係がずいぶん変わってきていることを認識し、その土俵に関わっていく必要がある。
④日本の場合は失敗談が同じ企業内でもなかなか共有できていない。筆者らも中東で様々な悩み節は聞いたけれども、それを共有/展開してはいなかった。そこには、個々の会社としての問題と、業界団体や国の関係機関としての問題があり、失敗談をいかに次の成功にという高い授業料を払っているのではなく単にプレゼントしているだけの話が山積している。
総括的に言えば、日本の建設企業は、日本国内で優秀な技術と品質確保のしくみを持っている。さらに、それらを使いこなす経験と情報を持っている。その結果として、安全で、品質の良い建築物を一定の利益とともに獲得している。一方、海外市場においても、それらを同様の方法で活用し、利益を獲得しようとしているが、そこには、日本のやり方ではない「しくみ」が多様に存在し、品質・価格・工期等の厳しい競争がそれらの「しくみ」間で展開されている。これらは冒頭に述べた参入障壁となり、また、進出障壁となる。誰にとっての参入障壁なのか、また進出障壁なのかを考えつつ、日本のしくみを改善するとともに世界の潮流に乗る必要がある。
謝辞:調査に際しては国内外の多くの建設企業、コンサルタントの方々のご協力をいただいた。記して謝意を表したい。
参考文献・資料
1.国土交通省:建設産業政策2007、建設産業政策研究会最終報告書、2007
2.国土交通省:建設産業の再生と発展のための方策2011、建設産業戦略会議最終報告書、2011
3.国土交通省:建設産業政策2017+10、建設産業政策会議最終報告書、2017
4.馬場敬三:建設分野における国際摩擦の背景と解決の方向について、土木学会論文集第415号p119-126、1990.3
5.古阪秀三:シンガポール・建設産業界との交流,traverse 15,TRAVERSE編集委員会(京都大学建築学教室),pp.84-89,2014.10