日本の建設活動の参入障壁と進出障壁|古阪 秀三

Barriers to entry from overseas and to expand overseas in Japanese construction industry

 この標題は何となく理解されるが、よく考えると誰にとっての参入障壁なのか、また進出障壁なのか判然としない。拙稿で言いたいことは、1980年代から90年代半ばまで急激に日本の建設投資が伸びた時期に米国を筆頭に日本の建設市場への参入を試みた多くの外国企業が感じた「参入障壁」言い換えるならば「日本の建設産業を守った建築生産システム」が、その後急速に市場が縮小して海外市場に進出せざるを得ない現在、その進出がままならない日本の建設企業の混迷を生み、まるで自らが生ぜしめたがごとくの「進出障壁」となってそびえ立っているように見える。このことについて、少々検討してみようとするものである。

 

― 1.主要国建設市場の20年間の変化

1980年代に始まった日米経済摩擦には2つの型があるという1)。「アメリカの産業について国際競争力の弱いものと強いもの、といった2つの型である。摩擦の焦点となっている典型的な例を挙げれば、前者は半導体産業であり、後者は建設業である」さらに、「日米経済摩擦の本質は『経済摩擦』ではなく、『政治摩擦』であった」とも書いている。筆者に言わせれば、現在の状況もそれに近いものがある。


 では、その後者である「日米建設摩擦」にはどのようなことがあったのか。筆者の記憶にある限りでは、関西新空港ターミナルビル建設工事(南工区)において、日本の建設市場開放の1つとして国際入札を求めたことに始まる。結果としては、建設共同企業体の一員として米国企業1社が加わることになった。この背景には、後述する日本の建設市場の急激な拡大、閉鎖的な取引慣行、一方で、多国籍化しつつあった米国の設計・コンサルタント、建設企業等国際競争力の強い産業があった。


 ここに主要国の建設活動比較表が3つある。1つは1995年の「建設産業政策大綱」に掲載された1993年の諸表(以後、A表)、2つは日本建設業連合会(当時、日本建設業団体連合会)の2000年の建設業ハンドブックに掲載された1998年の諸表(以後、B表)、3つは同ハンドブックの最新2017年版に掲載された2015年の諸表(以後、C表)である。3つはほぼ同じ項目のそれぞれの年次のデータをまとめたものであり、様々なことが確認できるが、それは読者諸氏にお任せして、ここでは標題のテーマに強くかかわるもの、①名目GDP(兆円)、②建設投資額(兆円)、③対GDP比(%)に限定し、かつ主要国のうち比較対象国として日本、米国、英国、韓国を取り上げることにする。それぞれの比較表の脚注にある通り、厳密には同じ年度の集計値ではないもの、為替レートの変動/差異等はあるが、この際傾向を掴むということで誤差を許容することにする。そして、以下に3つの建設活動比較表における4か国の建設市場の変化を検討する。

A表 主要国の建設投資と建設業(1993年) 
(出典:建設省建設経済局;建設産業政策大綱、大成出版社、1995)

B表 主要国の建設投資と建設業(1998年)
(出典:建設業ハンドブック2000年、日本建設業連合会、2000)

C表 主要国の建設投資と建設業(2015年)
(出典:建設業ハンドブック2017年、日本建設業連合会、2017)

①名目GDP(兆円)
 名目GDPを、日本を基準に見ると、A表では米国は日本の1.50倍、英国のそれは0.22倍、韓国のそれは0.07倍、B表では米国は日本の2.25倍、英国のそれは0.37倍、韓国のそれは0.09倍、C表では米国は日本の4.10倍、英国のそれは0.65倍、韓国のそれは0.28倍となっている。
 端的にいえば、1990年代後半は米国が日本の2倍程度、英国のそれは1/3程度、韓国のそれは1割程度であったものが、2015年には米国が4倍、英国は2/3程度、韓国が3割程度となっており、日本の名目GDPの成長のみが鈍化していることが分かる。もちろん、急激な円高による為替レートの変動の影響が大きいことは言うまでもないが、それにしても日本の変化が激しいことが確認できる。 


②建設投資額(兆円)
 建設投資額を、日本を基準に見ると、A表では米国は日本の0.77倍、英国のそれは0.08倍、韓国のそれも0.08倍、B表では米国は日本の1.24倍、英国のそれは0.11倍、韓国のそれは0.14倍、C表では米国は日本の3.43倍、英国のそれは0.63倍、韓国のそれは0.43倍となっている。建設投資額に関しても、4か国比較では名目GDPと似た傾向を示すが、ここで特筆すべきことは、A表、B表を含む1980年代後半から1990年代に掛けて世界の建設市場の1/4は米国の市場が占め、日本の市場も1/4を占め、残余の国で1/2の市場を占める時期があったということである。C表の2015年における日米の市場占有率は残念ながら手元にないため、概数ですら論ずることはできないが、筆者の推定では中国をはじめとする東アジア諸国の発展等を考えると、日本の建設市場は世界のそれの1/10を相当程度下回っており、今後もその傾向は継続すると考えられる。この辺りの変動と背景に関しては別の機会に論じたい。いずれにせよ、日本の建設投資の減少とそれに伴う世界市場での占有率の低下が顕著である。


③対GDP比(%)
 対GDP比を各国別にみると、A表で日本は20.3%、米国10.4%、英国7.6%、韓国23.5%、B表で日本は14.0%、米国7.7%、英国4.3%、韓国22.1%、C表では日本9.5%、米国8.0%、英国9.2%、韓国14.6%となっている。


 一般には、各国の建設投資の対GDP比は、インフラ整備等の投資が必要な開発途上国(Developing Country)で高く、20%を越えるところが多い。その一方で、先進国(Developed Country)ではインフラ整備等が進んでいるため対GDP比は相対的に低い。ここで取り上げた比較対象国では米国、英国が後者に該当し、韓国は新興工業国(Newly Industrializing Country)の位置づけにあり、前者の位置からインフラ整備等が相当程度進んできた状況が読み取れる。特異なのは日本で、後者に該当しながらも高い対GDP比を維持してきた。この要因には日本の住宅建設市場の活況が多分に影響しているが、「政府投資」並びに「民間住宅投資」の減少が長期化するに伴って、他の先進国と同様に維持修繕工事への移行、並びに海外市場への展開が必然のこととなりつつある。

 以上、要するに1980年代後半から1990年代に掛けて急速に拡大した日本の建設市場とその市場に強い関心を持った海外建設企業・コンサルタント、同時に対GDP比で開発途上国並みのインフラ整備、住宅投資等があり、それを担った国内建設業者の隆盛は相当なものであった。一方で、1990年代後半からの建設投資激減の中で、インフラ改修、建築/住宅維持修繕、海外市場への進出が日本の建設業の大きな課題となってきたところである。


 こうした変化の中で筆者は過去20年程度の間、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成を受けながら一貫して「各国の建設産業における法制度と品質確保のしくみに関する比較」、「建設プロジェクトの発注・契約方式と品質確保のしくみに関する国際比較」などの調査/研究に取り組んできた。対象国は日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、UAE、英国、米国などである。研究チームには各国の研究者、実務者も参加しているため、建設現場及びその建設チームがいずれの国のものでもかなり自由に訪問することができ、面白い実態を見聞することができた。そして、その中で感じ、考えた日本の参入障壁、あるいは海外市場への進出障壁について論じてみたい。ただし、ここに書き留める内容はそれらの中での経験談や訪問議事録に依存しており、見聞録の域を出ないことを断っておく。より厳密な検証は、本年5月に立ち上げた「建築社会システム研究所」の「異業種連携研究会」にて継続してやっていきたい。

1)草野研究会3班:日米経済摩擦は沈静化したのか?、
http://web.sfc.keio.ac.jp/~bobby/klab/97/houkoku/houkoku3.html

関連記事一覧