建築の「がわ」と「み」|牧紀男

― 独立した「がわ」と「み」

 その一方で、「がわ」が世界観を象徴している場合もある。スマトラ島バタクの住居は鞍型屋根で有名であるが、内部はワンルームである。鞍型屋根の「がわ」が先ず存在する。「がわ」が先に存在し、その中に「み」を入れ込むという形式は歴史的に見ると一般的な建築の建て方である。以前は「がわ」をつくるということは大変な作業であり、一回造った「がわ」は、建設当時に想定した機能(「み」)とは関係なく、再利用されてきた。近年、盛んに行われているリノベーションも同様の仕組みである。こういった先に「がわ」が存在し、その中に機能(「み」)を組み込むという形式では「がわ」と「み」は「二位一体」ではなく、独立した存在となっている。「がわ」と「み」の独立は近年のトレンドであり、郊外に数多く建設されるショッピングモール、物流センターもこのカテゴリーに分類される。こういった施設では、投資額に対する利回りから必要な空間面積の空間が決定され、決定された面積の「がわ」を建設し、「がわ」の中に内部のテナントが配置される。「がわ」の構造は物流センター、ショッピングモールといった用途にかかわらず鉄骨造の構造物であり、その「み」を表出として表面に装飾(ユニクロ、イオン等々)が行われる。

 図3 バタクの鞍型住居 Roxana Waterson,『The living house: ananthropology of architecture in South-EastAsia』, Oxford University Press,1990.

 「み」→「がわ」(機能に基づく構造物をデザインする)、「がわ」/「み」(構造物とその機能が独立的に存在する)という関係が存在するのであれば「がわ」→「み」、すなわち覆い・構造体をつくる側が内部の機能(「み」)を提案するということも想定される。これは、要求される機能(「み」)に応じて建築を設計するという、現在の建築設計の流れとは真逆のプロセスである。災害時に利用されるプレハブ建築は「規格建築」と呼ばれ「がわ」を提供することに長けたシステムとなっている。一定のモジュールの柱・梁・床材・壁材・屋根材を組み立てて空間を提供する「モジュール建築」と、折りたたみ可能なコンテナのような形式で床・壁・屋根をユニット化した「ユニット化建築」の2つの種類が存在するが、いずれのタイプも必要なサイズの空間を迅速に提供可能であり、まさに「がわ」を専門とする建築である。災害時には、仮設住宅・店舗・工場に、復興工事の際には、従事者の宿舎として利用され、「み」はそれぞれ異なるが、ショッピングセンターや物流倉庫と同様、「がわ」は全て同じである。「規格建築」を専門とするプレハブ・メーカーが、現在販売している商品に「がわ」→「み」というモデルを見つけることができた。「規格建築」を提供する大和リースには《agri-cube》という商品があり、これはなんと「植物栽培ユニット」である。「当社が販売する「植物栽培ユニット《agri-cube》」は、これまで永年培ってきた建築の工業化の技術を駆使し、大和ハウスグループの大和リース株式会社と共同で新たに開発したユニットを採用し、植物を栽培するために必要な照明や水耕栽培設備、エアコンなどを組み合わせパッケージ化した農業生産ユニット商品です。」(大和ハウスHPより)

 図4 《agri-cube》 出典:大和ハウスグループ ​

プレハブ・メーカーは農業や水耕栽培設備を専門とするわけではなく、得意とするユニット(「がわ」)をどう活かすのかという観点からの製品開発を行ったと考えられる。それ以外にも、規格建築を専門とするメーカーは、店舗・工場・倉庫の販売を行っており、システム化された構造システム(「がわ」)を既定のものとして、内部機能の提案を行う「がわ」→「み」という流れが生まれている。ただし、完成後は「がわ」/「み」の関係と見分けはつかなくなるが、「がわ」→「み」の提案が行われているということは興味深い。しかし、プレハブ建築の歴史を振り返るとバックミンスター・フラ-を始め多くの「がわ」→「み」という提案が行われてきた(詳細については参考文献『動く家』参照)。

図5 ジオデシックドーム ロバート・クローネンバーグ,『動く家―ポータブル・ビルディングの歴史』, 牧紀男訳,鹿島出版会,2000.

 

― 「がわ」建築の可能性

 新国立競技場の二回目のコンペの後、当選案の平面計画がザッハ案と似ている、ということが一般のメディアで話題となった。これは「がわ」と「み」の「二位一体」で建築だという人々の建築に対する理解を示している。新たに建築を造ることが多い時代においては、「み」にあわせて「がわ」をつくる、ということになり「二位一体」が建築の一般的な形式となる。しかし、余剰の建築ストックが存在し、既存ストックをどう使っていくか、既存ストックのリノベーションが求められる時代においては「がわ」と「み」は独立したもの、として建築を捉えていくことが重要となる。「がわ」「み」コンセプトで考えてみて新たに気づいたことであるが、新たに建設する分野、ショッピングモールや物流倉庫の分野でも「がわ」と「み」の独立が起こっている。ただ、既存ストックの活用、新築のいずれにおいても「がわ」が優位となっている。ショッピングモール等の「がわ」に特化した「がわ」ビジネス、さらには「がわ」建築についてもう少し詳細に検討したいが、稿を改め検討することとする。いずれにしても、これまでの建築では一般的であった「み」→「がわ」という仕事のチャンスは確実に減少していくことは確実である。

 本稿ではこのごろ面白いと思っている建築の「がわ」「み」について初めて書いてみた。そのため草稿のような文章になってしまい、論理的にも資料的にも詰めが不十分なモノとなっているが、全く初稿でありご容赦いただければ幸いである。今後、もう少し詰めた議論を行っていきたい。

<参考文献>
1. ロクサーナ・ウォータソン,『生きている住まい』, 布野修司訳, 東南アジア建築人類学, 学芸出版社,1997.
2. ロバート・クローネンバーグ,『動く家―ポータブル・ビルディングの歴史』, 牧紀男訳, 鹿島出版会,2000.

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