建築家/柏木 由人|一筋の航路の先に

― 日本人の建築家として

ハミルトン 日本人の建築家として海外で活動する際に、日本らしさを求められることはありますか。


柏木 それは意外とないですね。逆にそういう部分を求められても、僕自身が“ こてこての和” というものはつくりたくない。ぱっと見で日本らしく感じられるものは、外国ではウケが良いのかもしれません。でも僕は、そこにある精神や、そのデザインの裏にある日本人の感覚と一体になってこそ、日本のデザインだと思うんですね。見た目の和ではなくて、精神としての和というものをいかに正しく外国に伝えるかというのが、今後、日本の建築家には重要になっていくだろうと思っています。

 最近の日本のテレビ番組を観ていると、外国人から見た日本のイメージがしばしば取り上げられていて、外国人が日本人のアイデンティティを理解するうえで重要な存在になってきていると思います。でも、外国人に日本のことを正しく伝えられているかというと、そこには乖離がありますよね。日本と言えば京都の神社仏閣だというようなイメージがどうしてもあるので、それを乗り越えていかないと、世界の中での存在感が弱くなっていく気がします。

 テーマパーク的に、見てくれだけ日本らしいものが世界に溢れていくようなことに、一人の建築家として協力したくないですね。日本の精神性を、日本人が新しい感覚で表現することが今の日本のデザインなんだということをできるだけ世界に伝えられるように、気づいてもらえるようにしています。先ほど言いました一軒の住宅なんかも、境界線を曖昧にして、広がりを感じさせたり、小さいものを小さいと捉えさせないで、それに無限の大きさを感じさせたりするような工夫は日本人の感性から生まれていると思うんです。そういうものがシドニーで価値あるものとして捉えてもらえるかどうかということも僕にとっては一つの挑戦です。


ハミルトン 国外の視点から見て、日本の建築の現状をどう思われますか。


柏木 今の日本の建築家が議論しているテーマの多くが、日本人以外には理解しづらくなってきている気がするんですよね。彼らが力を入れて考えていること、作っている ものにどのような意味があるのか、僕自身同じ日本人でも理解しにくくなっています。違うことを考えなければいけない、新しいものを作らなければいけないということに比重が大きくなりすぎて、それ以外のものが疎かになってきているというか。自分は外部の日本人として、そういうところは修正していきたいと思っています。もっと素直に、単純に表現していくべきだと思うし、きちんと押さえるべきものは押さえないといけないと思います。

 例えば住宅だと、手摺りが無いほうが良い、というような設計がたくさん見られます。写真を撮影して、後から手摺りを付けたりとかね。そういうところに作品の比重を置くというのは建築としてすごく弱いと思います。こういうものは無いほうが良いと言って、できるだけピュアな状態で設計すれば、もちろん建築としてはシンプルに力強くなると思いますが、現実にはきちんと向き合わないといけないと思うんですね。当たり前のことを当たり前のこととして考え、その上に建築家として何を足せるのかというところで、皆が勝負していかないと。僕はよそ者として、そのような設計をしていきたいと思っています。

― 学生へのメッセージ

加藤 最後に、学生にメッセージをお願いします。


柏木 先ほどの話と繋がっているんですが、建築はすごくリアルなものだということをきちんと理解していてほしいです。建築の寿命は50 年、長いものだと100 年単位ですよね。その時間の流れに耐えられるものを作る、という使命を我々は与えられているわけです。建築家はある種の特権階級で、地球に傷を付けて良いわけですよね。だから、現実から目を背けた、一過性で終わってしまうようなものを作ってはいけない。現実の環境と真面目に向き合うこと、その上で面白い価値を生み出していくこと、この    二つの視点をどうか忘れないでいてください。それから、人生を賭ける建築設計のテーマにふさわしいものを見つけてほしい。これから長い時間を使って取り組むだけに、それに適うテーマを見つけて、新しい価値につながるようなものにしてもらいたいと思います。異なる価値観に触れることで見つかるものがたくさんあるので、その揺さぶりを自分にかけ続けて、自分なりのテーマを発見してください。

 僕は、これだっていうものには全力投球で生きてきました。やるだけのことをやったら、あとはもう運命ですよね。そして、その運命は、熱量と比例しているような感覚があります。皆さんもいずれ個人の事務所を立ち上げれば、自分の力でこじ開けないといけない扉がたくさんあるでしょう。その扉を一生懸命探して、見つかったら何としてでも開けようと、一生懸命努力する。それだけで何とかなるような気がするんです。僕の設計事務所も今で8 年目ですが、不思議とやっていけています。だから、皆さんも挑戦すれば良いと思うんです。海外に出て、いろいろな経験をして、自分の血となり肉となるように蓄積させていく。今、世界での日本人の存在感は薄くなってきています。グローバルなコンテクストに身を置かないと世界の動きからは取り残されます。でも、そんな人間なら世界の中でも闘っていけると思うんですよ。だから、皆さん頑張って、是非世界に飛び出してください。

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