建築家/柏木 由人|一筋の航路の先に
― 『同志社京田辺会堂』について
加藤 同志社京田辺会堂について伺いたいと思います。多数の応募者の中で、一等に選ばれるために力を入れた部分を教えていただけますか。
柏木 このコンペは参加条件が低かったので、最初からたくさんの人が応募することは想定していました。だから、周りとの違いを押し出して、評価の対象に挙がることが大事だと考えました。最初に他の応募者が考えそうなパターンをある程度想定して、自分は同じ方向には行かないということは考えましたね。与えられた条件下で一番難しかったのは、二つの敷地に一つの建物を作るということです。それをどのように解釈するのかが鍵になるだろうと思いました。それから、この建築には100 年、200 年後の姿も求められています。ならば100 年、200 年後もこの大学で価値として認められるものとは何かを考えました。この二つが建築の表現として評価軸になるところだと思って、重点的に掘り下げて検討しました。
僕がこのコンペを通して考えさせられたことは、“ 価値”についてなんです。利用者にとって建築はどのような価値を持つのかということを真剣に問い詰めていけば、その建築の役割が見えてくると考えたんですね。今回のコンペではそれは何だったのか。僕は、新島襄註2がこの大学を創るときに込めた教育理念だと思ったんです。それを建築としてどう表現するかということがすごく難しかった。
それに加えて、この敷地に一体的な建築を作るにはどうすればいいのか。二つの敷地に一つずつの建築を建てると、二つの建築という枠組みは超えないわけですよね。そこで僕たちが考えたのは、この間の通路が建築の要素に見えるくらいに建築を分解していけば、一体的な形に見えるんじゃないかということです。そして、その外部通路にも建築内部の動線の機能を与えると、外にあるけれど建物の内部の機能を持つことになり、全体が一つの建築として成立すると考えました。もし、これをただの通路と思い込んでしまったら、そこで発想としては終わってしまう。同じ情報を見てそのままに受け取ると、皆と同じ答えになってしまうんですね。そうではなくて、まずは柔軟に情報の整理をしてあげないといけない。それを自分の創意工夫で面白いテーマに意訳すること、そこから設計は始まっているのだと思います。その人にしかできない逸脱の仕方が個性になるわけですね。そこに集中すれば、面白いものを作る方法を自分なりに見つけられると思うんです。そういう意味では、このコンペは自分としては面白かったですね。
他の応募者は勾配屋根だとかレンガ色の外壁だとか、条件に書かれていることを大事にしているようでした。でも、僕からするとそれがなぜ重要なのか分からなかったし、その疑問を曖昧にしてはいけないだろうと思っていました。礼拝堂というと、同志社大学の中でも重要な場所ですよね。そこでそのような意味の無いものを踏襲する姿勢に、僕は疑問を感じたわけです。そういったことに着目した設計なので、この建築は同志社大学の学生にいろいろなことを考えるきっかけを与えると思っています。なぜこの建築はこの設計なのかとか、そもそもなぜ礼拝堂は必要なのかとかね。新島襄は、この大学はキリスト教の伝道を主としていないと言ってるんですよ。だから、僕はこのようなニュートラルな礼拝堂を設計したんです。建築って、良くも悪くもすごく人に影響を与えるものだから、間違った導き方をしてはいけない。建築家は、その責任をきちんと果たさなければいけないと思うんですよ。
川本 礼拝堂の『言館』に対して、ラウンジの『光館』がありますよね。厳かなイメージのある礼拝堂と同じ形式の空間をラウンジでも体験できることや、それによって気軽に礼拝堂に入れるようになることが強みだと思います。
柏木 まさにそれが僕たちの狙いです。礼拝堂に興味の無い人にどうやってそれを身近に感じさせられるか、知らないうちに体験しているかということを考えました。 学生のほとんどはキリスト教徒ではないから、何の脈略もなく、宗教施設を彼らのコンテクストに押し付けると、この建築に価値を感じないかもしれない。そのような場所だけど、屋外通路から体験できたり、ラウンジでくつろいだりすることで、礼拝堂に行ったような気分になる。礼拝堂というものを自然にキャンパスライフの一部にすること、非日常にしないことが僕たちの大きなテーマだったんです。
もう一つ工夫したのが、両側の長手方向には一切開口部を設けていないということです。つまり、内部から見える方向を強制するということですね。ただ、そちらには広場があるのだから、長手方向に開口を設けて礼拝堂の存在をアピールするべきだと指摘されることもありました。確かに普通はそうすると思うし、一つの敷地だったら僕もそうしていたと思います。でもそれでは、二つで一つの建築であるという構成が薄れてしまう。もちろんアピールすることは大事だけど、デザインが理念を死守するべきだ、と考えてあの設計を貫きました。いろいろな価値がある中で、一番大事なものを見極めることが必要だと思いますね。
川本 海外での経験がその設計に影響を与えましたか。
柏木 具体的に言うと、例えば水辺空間がありますよね。これはコンペでは求められていないもので、僕たちが独自に提案した内容です。僕は勝手に新島襄がお施主さんだと思っているので、鎖国状態の中、決死の覚悟でアメリカに行ってまで大学を創りたいという、彼の強い思いの原動力を象徴するものにしたいと考えました。そのときに自分が海外へ渡ったことを振り返ると、島国を出る不安と期待に溢れる気持ちの象徴は、海を渡ることではないかと思ったんです。それで、水盤の間を通り抜けていく空間を提案しました。新島襄の当時の思いを建築として表現するために、どういう方法があるのかということを考えられたのは、海外へ渡った経験が大きかったのかもしれません。
田中 水盤の配置にはどのような意図がありますか。
柏木 まず、連続性を意識しています。外から見たときだけでなく、室内に入ったときにも一つの建物であることを感じなければいけません。だから、構成としては全てが連続しているんですね。壁には空洞のブロックが、天井にはルーバーが、床にはフローリングがずっと繋がっている。こちらに水盤があれば、向こう側にも水盤がある。こうして視覚的にも繋がっているように強調しています。また、モーゼの十戒のような物語もイメージしています。宗教性を排除している建築なので、そういうストーリー性を自然にデザインに組み込んでいくことが重要でした。あとは、スロープになっているので、歩くと徐々に水面が見えてくるんですよ。そうすると、水との出会いにもっと印象を植え付けることができる。いつかその印象がぱっとデジャブのように蘇り、呼び起こされる感動があるのではないか、そのようなことを狙っています。
川本 一貫した設計姿勢として挙げられている、反復性について伺えますか。
柏木 反復という手法には、建築に対する感性を高める効果があると思っています。僕は、やっぱり建築を通して感動を伝えたい。そのためには、感動を喚起しやすい状態を作ることも重要だと考えています。まず、反復させるということには、人間の心の底にある感性を興奮させる力強さがあるのではないかと思っています。もともと1個だったものが、100 個、1000 個と連なると、存在感や迫力が全く違いますよね。もう一つは、空間の認識に深みを与えるということです。この先に何かが見える、また何かが見える、さらに何かが見えるという、いわゆるレイヤーですね。こうして視線の距離を調整して空間認識を揺さぶるということも、人が感動しやすい状態をつくる上では有効だと考えています。同志社京田辺会堂でも、その効果を狙っているんですよ。というのも、これほど情報過多な世の中では、たくさんの人の感性にブレーキが働いている状態だと思うんです。だから、なかなか感動をつくれない。そのような現代人を、もう一度動物的な感受性の高い状態に導くこと、それが一つの重要なテーマではないかと思っています。