舞台芸術家/松井るみ|フェイクが彩る世界

― 演劇の外に目を向けて

岡崎 建築家もイベント空間のデザインのような、建築と舞台美術の中間領域の仕事をすることがあります。舞台美術家の方も、そのような業界に入っていくこともあるのではないでしょうか。

松井 ルイ・ヴィトンのイベントの会場設計を担当したことがあります。場所は、品川の印刷工場跡地でした。劇場的な空間が作りたいということで選ばれたのですが、工場の中にホテルを作るというコンセプトで、とてもやりがいがありました。それは少し違うのかもしれないけど、そういう仕事を通して普段と違うものが見えてきたように思います。

大須賀 他にもアイドルのコンサート会場のセットを手掛けるなど、演劇界に留まらないご活躍をされていますね。

松井 演劇ってそこに行かないと見られないという、すごく独特なものじゃないですか。でも、今はインターネットが普及して、そういうものがどんどん減っているんです。そこに行かないと見られないという価値は保ちながらも、演劇以外で何か作れるものはないかを模索しています。
 

― 未来を自由に描けるとき

岡崎 事務所には若いスタッフの方が多いですね。積極的に若手を教育していきたいという意志が感じられます。

松井 東京藝術大学で非常勤講師をしていますが、面白いですね。芸大生は、一般教養が不得意な学生が多いと思います。でも、芸術について自分の言葉でちゃんと語れるし、その中で舞台美術をやりたいという学生もいます。閉鎖された舞台美術の世界に興味を持ってくれた人には、できる限り応えたい、少しでも伝えたいという思いがすごくあります。昔からずっと言われていますが、演劇って絶対に無くならないんです。とはいえ、現状を見ると弱まっているのは確かだし、私は演劇がつまらなくなってしまうのは絶対に嫌なんですね。そのためには、若い人たちの新しい力を得ないといけないと思っています。

岡崎 若い世代に期待していることや思っていることを教えていただけますか。

松井 日本の若い人は、小粒になってきたと思っています。守りに入っているのでしょうか。バブル崩壊前の自分たちの頃は、“自分がやりたいこと’’は実現するものだと思っていました。型から外れることが当たり前で、そこから何か生まれるという感覚が身についていたんです。例えば、何か問題があっても発想を変えて解決する楽しみ方がありました。一方で、今の若いスタッフさんは次の挑戦をする前に止めてしまうんです。でも、劇場では立ち止まったら負け。新しいことを発見しなければいけない場所なのに、守りに入ってほしくないと思います。この事務所の卒業生でも、チャンスを与えているのに気付かないで手を出さない人が多いと感じています。騙されたと思ってやってみればいいのに、手を出す前に失敗するのを怯えてしまうようです。若い世代の人たちには、もっと自分の力を信じて貪欲であってほしいと思います。

岡崎 消極的というよりも、選択肢の中から一つに集中できていないのではないかと思います。松井さんはこれまで積極的な姿勢を崩さなかったのに対して、今の若者はどっちつかずで一つに集中できていないということですね。

松井 私たちの頃は、周りには攻めの人間しかいませんでした。今は怯えなければいけないことが多すぎるという点では、少し可哀想だなと思います。

岡崎 私たちの世代には、先駆者の足跡がすでに見えているように思います。一方、松井さんのキャリアは前例が無いようなものですね。

松井 先人という意味では、目標とする舞台美術家の方はいました。でも、確かに実現するための方法は全くわからない時代でしたね。

岡崎 では、目指していたキャリアを描いていると思われますか。

松井 当時は、何十年後にどうなるかなんて、何も想像していませんでした。そういえば、職業を選ぶときに悩んだ覚えが一つもありません。今の若い人たちの話を聞いていると「本当にしたいことがわからない」という人が多いのだけど、自分はそこで迷ったことが無いんです。今ほど情報が溢れていなくて、見えている選択肢が多くなかったのは幸せなことなのでしょうね。悩まなくて良かった時代だったのかもしれません。

 皆さんは、将来どんな建築家になりたいのでしょうか。働き始めて現実を知ってしまうと、そういうことはなかなか言えなくなるんです。でも、まだそこに飛び込む前だから、今は何を言っても許されるとき。だからこそ、皆さんには未来を自由に思い描いてほしいです。
 

事務所の日常風景

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