建築形態と構造形態|大崎純
― 力学モデル
構造形態創生の手法の中に、「力学モデルに基づく手法」がある。例えば、3 次元CADのソフトウェアRhinoceros のツールであるGrasshopper、 Kangaroo などを用いて、いわゆる力学モデルにより、建築の形態を生成できる。とくに、ケーブル構造や膜構造などの張力構造や、シェル構造などの大スパン構造を対象として、力学モデルを用いてさまざまな形態を見出す試みがなされている。しかし、「力学モデル」は、力学的に最適なモデルという意味ではないことに注意しないといけない。生物の成長や、自然現象を模擬した手法についても同様であり7、これらは新しい形態を見出すためのツールであると考えるべきである。
例えば、図4 のようなテンセグリティ・タワー(tensegrity tower)の釣合形状を求めてみる8,9。張力構造の設計にはいろいろな方法が存在するが、部材の自然長を与えて非線形解析を行う方法がもっとも簡明である。このような方法は、力学モデルに分類される。しかし、釣合形状を求める際に用いる材料は、実際の材料とは異なっていてもよく、構造モデルは実際の力学特性をモデル化したものではない。図5 のような仮想の材料特性を、図4 に示したvertical cable の1 つの列に与えて、20 層のタワーの釣合形状を求めた。Case 1、 2、 3 で示した線形材料、硬化材料、劣化材料の結果を図6(a)、 (b)、 (c) にそれぞれ示す。このように、いわゆる力学モデルを用いて、さまざまな釣合形状を求めることができる。ただし、設定条件が望ましくない場合は、釣合い条件を満たす形状は不安定で実現不可能となることに注意しなければならない。すなわち、「力学モデル」を用いてさまざまな形態を生成する際には、力学的知識が必要不可欠である。
力学モデルによる設計手法は、「アルゴリズムによるデザイン(アルゴリズミックデザイン)」の一つともいえる10,11。アルゴリズムによって形態を生成する際には、全くランダムな試行では意味のある形態が得られないので、部材配置の均一性や不均一性、形状の複雑さ、実際の荷重とは異なる形態制御のための荷重に対する剛性など、何らかの指標を最小化あるいは最大化するのが望ましい。したがって、アルゴリズミックデザインは最適化と密接に関連している。しかし、設計過程は単なる最適化ではないので、「準最適解」や「高適化」のような用語が生み出され、その解釈にさまざまな誤解が生じる可能性がある。 建築を設計する際には、自重、地震荷重、風荷重などのさまざまな荷重が考慮される。建築の形態が、これらの荷重とは無関係な荷重を想定した力学モデルやアルゴリズムによってデザインされると、不要なコストやリスクの増加につながることを、クライアントに明確に説明するのが望ましい。
― 建築の公共性
コンピュータを利用することにより、斬新な形状の構造を容易に設計することができる。しかし、建築は単体で評価されるものではないことを注意しなければならない。チャールズ皇太子が、ロンドンの景観を破壊する建築家を批判したように12、奇抜な設計が景観の調和を失わせるようなことがあってはならない。建物の保存という意味では、地震リスクの低い国と日本では同等の議論はできないが、建築の公共性という意味では、諸外国から学ぶべきことは多く存在する。建築家と構造家は、決して個人の名声のために奇抜な設計を行ってはならず、社会的責任を負っていることを十分に留意しなければならない。しかし、いかなるデザインにも賛否はつきものであり、その意味では、建築のデザインには「最適」という言葉を使うべきではないかもしれない。