シンガポール・建設産業界との交流|古坂秀三

― 3. 調査団の現場視察・研修の記録

訪日団の全体スケジュールは延べ5 日、視察現場11、レクチャー8のプログラムであった図1

図1:訪日団の全体スケジュール

図 2:プログラム全体の狙い

図3:日本、中国、星国の建設企業の進出状況

3.1 京都大学でのレクチャー

□レクチャー1の概要
(筆者が担当したためやや詳しく紹介する。)
 京都大学では、まずプログラム全体の狙いを説明した。すなわち、訪日団の目的である「生産性向上」、「プレハブ化」等の技術の習得は、安定した建築生産システムの構築、優れた技術者/技能者の育成等の結果であり、生産性向上等の前に安全、高い品質等の確保が重要であるので、今回の視察ではそれらの点を十分に理解してもらいたい旨を伝えた図2。次に、「日本のものづくりについて考える」と題して、世界で評判の「日本の建設現場は美しく、しかも品質が確保されている」要因についてレクチャーした写真1。その一部に日本の総合建設業者の海外進出に関する話題がある。その話題の一端を説明すると、図3は日本、中国、星国の3ヶ国間における各国の建設企業の進出状況を表している。星国においては、日本、中国いずれの国の建設企業にせよ、星国の法制度(星国の円で表現)に従って建設活動をしていることに間違いはないが、その法制度を遵守するとともに、母国での建築生産のしくみ(以後、「しくみ」)をほぼそのまま持ち込んで(日本は実線の楕円、中国は破線の楕円で表現)建築工事を行っている。すなわち図3のⓐの領域は星国の法制度の下で日本の「しくみ」と中国の「しくみ」をそれぞれ持ち込んだ建設企業が競合していることを示している。その中で、プロジェクトの用途・技術的難易度から現場組織の規模が異なるのは当然であるが、決定的に異なるところがある。それは、現場組織に詳細図・施工図・躯体図等を描く班が配置されているかどうかである。多くの日本の建設企業の現場では図面班が用意され、中国の建設企業では用意されていない。もちろん、これらの特徴が歴然としているのは、それぞれの国内での設計チームと施工チームの連携/業務分担のありようがそのまま反映されているからである。
 そこで疑問が生ずる。なぜ日本の建設企業は星国でも施工図関係を描くことになるのか。制度として求められていない施工図関係を描くことは、いい仕事、完成度の高い仕事をするためにはいいかもしれないが、一方で、建築主が要求していないレベルの仕事、すなわち過剰品質の仕事をしている可能性はないか。そこに投入されている施工図班につぎ込まれる費用は、片やそれらを必要としない中国の建設企業と請負価格の競争をすれば勝てないことは容易に想像できる。すなわち、現在、星国で活躍している日本の建設企業は価格競争に終始しないプロジェクト、高い技術や品質が評価に組み込まれたプロジェクトに限定して競争に勝つことができているのである。
 このことについては十分に検証する必要があろう。レクチャーでは、これに続いて、図4、図5を使って日本の建設企業が施工図を描く要因の説明に入っている。

□レクチャー後に出た主な質問
 「日本の設計チームで意匠、構造、設備の各設計はだれがどのように調整しているのか、それらは英国、米国、中国などではどうなっているのか」、「日本の美しい現場の実現に発注者、設計者はどのようにかかわっているか」

写真 1:京都大学でのレクチャー



図4(左)、図5(右):日本の建設企業が施工図を描く要因

3.2 京都大学(中央)国際科学イノベーション棟新営その他工事

□現場視察の概要
 在来工法のすっきりとした研究施設として建設中である。発注は設計と施工が分離され、工事監理は京都大学施設部が行う典型的な公共工事のやり方である。


□現場視察前後に出た主な質問
 「現場が非常にきれいだが、訪日団のために特別きれいにしたのか」、「コンクリートの打設量は1 日どのくらいか、1 回あたりどれくらいか」(歩掛に関する質問)、「鉄筋は圧接しているが、その工法はよく使われるのか、その採用理由は何か」、「機械式継手と比べての有利不利はどうか」、「骨材、コンクリートの肌の色の違いはないか」

2. 京都大学(中央)国際科学イノベーション棟新営その他工事

用途:教育・研究施設
規模: 地下1 階・地上5 階、SRC・S 造、建築面積2,360.46m2、延面積11,111.55m2
建築主:京都大学、設計者:山下設計(工事監理:京都大学施設部)、施工者:鹿島建設
特徴:地下1~ 2 階は東棟・西棟と分かれているが、3階より上階で東西が繋がり、中央に吹き抜けのある平面の研究棟。オープンラボ及び交流・情報発信の場が計画されている。外装仕上げは、1・2 階は化粧レンガ積み、3 階より上部はACW の外装を採用している。
工期:13.4 ヶ月(着工:2013.12、竣工予定:2015.3)
訪問時点での施工段階:地上鉄骨建方及び躯体工事視察内容:施工現場を訪問し、担当者から説明聴取、現場を見学

3.3 清水寺一帯と本堂見学

□現場視察の概要
 大規模木造建築物としての清水寺、とりわけ舞台の見学の希望があった。星国でもCLTを使った大規模木造建築等が生産性向上の技術として話題である。ボランティアガイド並びに京大建築修士学生の杉村佳愛君に木構造の技術的説明をしてもらった。


□現場視察前後に出た主な質問
 「シロアリ対策とその保証期間」、「清水寺の伽藍配置とそれらの持つ機能は何か」、「修理現場は市民に公開されるのか」、「そばにある地主神社に若者が来るのはなぜか」

3. 清水寺
規模:本堂(国宝・寛永10(1633)年)、子安塔(国重文・寛永頃)ほか
特徴:本堂の舞台は柱と貫によるラーメン構造で出来ており、中国から伝わった技法である。同じ技法は屋根の中にも使用されるが(「野小屋」)、これは日本的な応用例である。軒先を延ばすため屋根に入れる梃子、「桔木」など、日本で発達した構造技法には、外観から見えない部分に力を注ぐものが多い。重要文化財の修理工事には、事業費の半分以上が行政から補助され、伝統的建造物の工事経験をもつ技術者・技能者が事業にあたっている。
視察内容:学生から日本の伝統的建築技術について説明聴取

3.4 (仮称)吹田市立スタジアム新築工事

□現場視察の概要
 PC 版を巧みに使った現場で、現場の総括所長はPC 工法を得意とした方であった。また、所長は星国のチャンギ空港第一期の現場を経験した方で、英語での説明に加えて親近感があり、拍手喝さいを浴びていた。写真2は施工を考慮した構造設計の説明部分で、さも記者会見の風景のごとくカメラ撮りが激しくなった写真3。スタジアムを在来工法、PC 工法等で建設した場合の工期比較にも強い関心を示していた。


□現場視察前後に出た主な質問
 「スタジアムのトラス梁分割の考え方と接合方法」、「サイトPC と工場PC の使い分けを
どう考えるか」、「見積・積算の方法」

4.(仮称)吹田市立スタジアム新築工事

用途:サッカースタジアム
規模:地上6 階、RC・S 造、延面積66,355.02m2
建築主:スタジアム建設募金団体、コンストラクション・マネジメント業務:安井建築設計事務所、設計/施工者:竹中工務店
特徴:観客席に屋根を架設した40,000 人収容のサッカー専用スタジアム。募金によるスタジアム建設というスキ-ムへのチャレンジであることから、ローコストかつ22 か月という短工期での完成が条件のプロジェクト。全国的な労務職不足から、徹底的に現地作業をなくす施工計画となっている。特に基礎工事では、大部分の梁・フーチングをPC化することで、労務職を当初予定の10 分の1以下に抑え、工程も順調に推移している。
工期:22 ヶ月(着工:2013.12、竣工予定:2015.9)
訪問時点での施工段階:地上躯体工事中
視察内容:施工現場を訪問し、担当者から説明聴取、現場を見学

3.5 新・新ダイビル(仮称)新築工事

□現場視察の概要
 大阪で事務所ビルを多く所有する発注者が設計と施工を分離して発注した工事で、完成間際の中、仕上げ等を中心に視察した。


□現場視察前後に出た主な質問
 「現場がきれいに清掃されているが、どのようにすればこうできるか」、「逆打ち工法での上部躯体の荷重等の制限はあるか」

5. 新・新ダイビル(仮称)新築工事

用途:事務所、物販店舗
規模:地下2 階・地上31 階・塔屋3 階、S 造(一部SRC・RC 造)、延面積76,074.95m2
建築主:ダイビル、設計者:日建設計、施工者:大林組
特徴:外観は、外装プレキャストコンクリート板を使用した大庇を備え、この大庇により開放的な眺望を確保しつつ日射を遮蔽している。また、大庇に柱を張り出させることで、1フロア約1,620 m2 の無柱・整形空間を創出している。自然換気システムやLow-E 複層ガラスの採用等、標準的なオフィスビルと比較してエネルギー消費量35%以上削減を実現。近隣ビル・高速道路との密接した地域での施工のため、安全・効率に配慮した計画を行い、工期短縮のため地下逆打掘削工法を採用している。
工期:31.5 ヶ月(着工:2012.8、竣工予定:2015.3)
訪問時点での施工段階:地上躯体工事が終了し、外装工事、内装工事、地下躯体工事を施工中。
視察内容:施工現場を訪問し、担当者から説明聴取、現場を見学

3.6 国土交通省でのレクチャー2

□レクチャー2の概要
 レクチャーは3 人で分担された。①日本の建設産業と生産性向上図6、②国土交通省の調達方式の現状と今後図7、③日本の住宅生産写真4

□レクチャー後に出た主な質問
 「生産性をどのように把握しているか」、「建設価格、品質等を政府としてどのようにコントロールしているか」、「省エネルギー/現場の効率化に関して法的な規定はあるか」、「国の施策等をレビューする委員会の存在とそのメンバー」、「予定価格制度と総合評価方式」

(左)写真2:(仮称)吹田市立スタジアムでの説明 (中央) 写真3:説明を受ける訪日団 ​ (右) 写真4:国土交通省でのレクチャー

 

図6:日本の建設産業と生産性向上

 

図7:国土交通省の調達方式の現状と今後

3.7 勝どき五丁目地区第一種市街地再開発事業施設建築物等新築工事


□現場視察の概要
 都心部に立つ大規模な集合住宅で、工事は設計施工一括で発注され、工事監理に設計事務所が雇用されている。


□現場視察前後に出た主な質問
 「1サイクルは何日か」、「現場での労働時間と近隣問題について」、「鉄筋工事の重ね継手と圧接の使い分けとその理由」、「型枠、鉄筋の歩掛について」、「現場での廃棄物、リサイクルの実情」、「コンクリート打設時に生コンクリートが残る量」

7. 勝どき五丁目地区第一種市街地再開発事業施設建築物等新築工

用途:1420 戸の大規模ファミリーマンション
規模:地下2階・地上53 階、RC 造(一部S 造)、制震
構造、建築面積5,915.9m2、延面積161,697.33m2
建築主:勝どき五丁目地区市街地再開発組合、設計/施工者:鹿島建設(工事監理:佐藤総合計画)
特徴:近隣への影響低減と5h 壁面日影を無くすために、新型のトライスター平面形状を採用。採光上不利となる中心部は自然光を取り込めるライトチューブとし、停電時にも中廊下の照度確保と、自然換気を実現している。構造には塔状比で不利となる免震構造は採用せず、建物全体で地震力を吸収する最新の制震技術である「VD コアフレーム構造」とすることにより、従来よりも高い安全性と開放的な居住空間確保を実現している。
工期:51 ヶ月(着工:2012.10、竣工予定:2016.12)
訪問時点での施工段階:地下躯体工事、タワークレーン設置開始
視察内容:施工現場を訪問し、担当者から説明聴取、現場を見学

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