筑波大学大学院 システム情報系 情報工学域 教授・三谷 純|折りなすかたちの美しさ
聞き手=大須賀 嵩幸、堺 雄亮、坂野 雅樹
2017.6.10 つくばエキスポセンターにて
折り鶴、手裏剣、紙ヒコーキ、、、
日本の誰もが触れたことのある折り紙。そんな折り紙で、息をのむほど美しい作品を作り出す人たちがいる。
コンピュータグラフィックスの知識を生かし、複雑な立体折り紙の作品を次々と生み出していく三谷純氏と共に、折ることによって生まれるかたちの美しさ、そして折ることの本質に迫る。
― 紙が折りなすかたち
堺 三谷さんの複雑で美しい立体折り紙の作品はどのようにして生まれるのでしょうか。
三谷 これ(下図)は一枚の紙から球を包むようにしてできるかたちを折った作品ですが、きれいなつるんとしたかたちではなく、周りに襞のような要素が取り付いています。この襞は目指す形をつくるときに出てくる余剰の部分です。すべて内側に折り込んで隠すのはとても難しいので、外側に取り出すことを考えます。そうすると展開図の上では、球になる部分と襞になる部分が隙間なく並ぶことになります。
坂野 余った襞の部分が意匠として魅力のあるデザインになっていると感じます。完成形を想像するときに襞の現れ方まで意識しているのでしょうか。
三谷 私の場合は純粋に余った部分を外に出しているので、最初から狙っているわけではありません。しかし結果として出てくるかたちは、美しい陰影のあるとても単純なパターンを持っています。シンメトリーで規則正しく並んでいたり最小の表面積で無駄がないかたちなど、人は合理的なものに美しさを感じるようです。作品を見た人の反応は「これ、何?」「なんだかよくわからないけど、綺麗なかたちだね」と様々です。合理的な手法でデザインされたものはある種の美しさを持つのでしょうね。
大須賀 私も実際に立体折り紙の作品をつくってみたのですが、力を加えると様々なかたちに変形していくのが面白いなと思いました。加えた力が襞のような目に見えるさまで現れてきて、それが美しさにもつながっていると思うのです。
三谷 それもあるかもしれませんね。設計する際は紙の伸縮無しに成り立つ形状として計算しています。なので、完成に至る途中の過程では歪みなどが発生しながら、少し無理をして作っているのです。固い板のような歪みを許容できない素材だとうまく折ることができません。厚みのない紙だからこそ成り立つのです。
大須賀 確かに、部分部分で折り目をつけているときはうまく折り畳めずぐしゃぐしゃになってしまい、これが本当に綺麗なかたちになるのかと疑うほどでした。しかしある程度全体に折り目がついてくると、急にパタンと折り畳めてしまい、驚きました。
三谷 完成形は計算によって力学的に釣り合いのとれたモデルになっています。紙が平らな状態での内部エネルギーを0とすると、折っていく過程で歪みが生じて内部にエネルギーが溜まっていきます。それが完成したときには力がうまく流れてエネルギーが0になり、最後はどこか落ち着いた姿になるのです。
どんなに複雑なかたちでも実際に折られた作品を見れば実現可能なのだと思えるものですが、新しい作品の展開図がコンピュータ上ででき上がった段階では、それはまだ誰もつくったことのないかたちです。理論上可能とはいえ本当にできるのか、半信半疑になることもあるのですが、実際きちんと折っていくと完成してしまうのです。これが立体折り紙の面白いところですね。
一枚の紙から折られた球
― コンピュータ・エイデッド・オリガミ
堺 三谷さんはCG(コンピュータグラフィックス)の専門家としてご活躍されていますが、折り紙とCGの組み合わせにはどのようなシナジーがあるのでしょうか。
三谷 人間が立体を知覚するとき、だいたい表面だけを見て物のかたちを認識しますよね。折り紙はまさにそういった知覚の仕組みを利用していて、表面だけを再現することでそこに立体があると思わせるのです。私の折り紙作品も、立体の表面だけ覆ってやればいいという発想でできています。そして、私が専門としているCGの世界においては、外見のビジュアルを何よりも重視します。映画やゲームに出てくる建物に、「内部はどうなっているんですか」と質問するのは野暮ですよね。CGも表面だけをつくることで立体を認識してもらうわけです。それを考えると、CGの発想と折り紙は相性がいいと思います。3次元といっても結局表面だけの話なのです。
堺 建築の場合、実際に人が利用するわけですから内部空間まで考えなければいけません。場合によっては内部空間が外側の見えに影響してくることもあります。
三谷 それはCADを扱う人とCGを扱う人の違いなのだと思います。CADで図面を描くのは実際に工業製品や建築をつくるためですが、CGの専門家たちはつくることを考える必要はありませんからね。
坂野 実作に関わることの少ない学生にとっては、CADもCGも課題に取り組む際の制作ツールとしての印象があります。建築の分野では手描きに替わってCADやCGパースが主流になってきていますが、コンピュータの発展は折り紙作品の製作にどのような影響をもたらしたのでしょうか。
三谷 折紙設計は展開図から考えるのが王道で、製作者は展開図の上で作図をするようにして作品をつくり上げていきます。『オリガミの魔女と博士の四角い時間』(NHK,Eテレ,2017)という折り紙をテーマにした短編ドラマがあって、オリガミ博士が毎回お題に応えた作品を披露していく番組なのですが、彼もやはり展開図からアプローチしていきます。
一方で私のようなコンピュータサイエンスの専門家は、最初に立体的な完成形をイメージすることから始めます。軸対象や回転対称な形の作品であれば、予め組んでおいたプログラムに断面形状を入力することで簡単に展開図を得ることができます。実はこの計算自体は電卓でもできるようなレベルのものですが、コンピュータの強みはいろいろなパターンを手間なく試せる点にあると言えるでしょう。私の作品では襞のかたちが作品の美しさに大きく関わってきますが、その曲線の形状を計算によって求めることができるのです。
坂野 折り鶴など、私たちのよく知っている折り紙とはかなり違うように思えます。
三谷 もともと折り紙は偶然できたかたちを鳥や馬などに見立て、試行錯誤してより近づけていくというアプローチが取られていました。それに対し近年の折り紙設計では、「こういう馬がほしい」という具体的なイメージからスタートし、各部分の長さなどをパラメータとして扱い、計算によって展開図にまとめていきます。この手法だとより理想的な形を得ることができるのです。最近では、アニメーションを用いてどんな動きをするかまでシミュレーションすることもできるようになりました。
坂野 CADやパラメトリックデザインに近い手法を用いられているのですね。
三谷 私の折り紙作品はコンピュータありきのデザインですから、あるアルゴリズムに則ったデザインならいくらでも量産できます。全く別のかたちがつくりたければそもそもソフトウェアから開発します。やはり折り紙ではなくコンピュータサイエンスの専門家ですから、ソフトウェアの使い分けでデザインを考えていますね。