
実験と数値解析で探る木建築の火災構造|孫 安陽
Exploring the Fire Safety of Timber Structures through Experiments and Numerical Analysis | Anyang SUN
はじめに
地球温暖化などの環境問題が深刻化する現在、環境負荷が少なく再生可能であるといった利点を持つ木質部材を使用した建築物が注目され、木造建築の建設が進んでいる。例えばカナダでは、2019年に全国各地で計50件の大型木造建築プロジェクトが完成し、その数は2007年の5倍であった[1]。日本では、2010年に「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行されて以来、公共建築物の木造化が推進された。2021年度に着工された3階以下の公共建築物の木造率は29.4%に達し、法律施行当時の17.9%より大幅に上昇した[2]。
しかし、木材は可燃物であるため、木造建築を建設する際は火災安全の問題について分析する必要がある。安全な木造建築を実現するため、火災発生時に建築物を構成する木質部材の燃焼挙動や、構造材の温度変化、力学性能の劣化といった問題を解明しなければならない。私は、こうした課題の解明を目的に、実験と数値解析の手法を用いて木造建築の火災安全に関する研究に取り組んでいる。
火災安全工学に惹かれたきっかけ
私が最初に火災安全の分野に惹かれたのは、学部の講義で数値解析を学んだ時だった。その講義では、建築物内の火災現象の数値解析を題材に、解析ソフトウェアを用いたモデル作成、物性値の設定、結果の可視化と分析といった内容を、実践的な操作方法を通して学習した。数値解析の技術を初めて自分の手で扱ったことは、非常に興味深い体験であった。
その中で特に印象的だったのは、実世界での現象が、物理モデルや数式、解析ソフトウェアを用いることで再現できるという点であった。火災時の建築物内部の温度分布や煙濃度といったデータ、および煙の流れなどの現象を実測で把握するには、多種類のセンサーを大量に設置する必要がある。さらに実大規模の実験も必要となるため、多くの手間とコストがかかる困難な作業である。しかし、火災時の各種現象に関する方程式に基づいた数値解析手法を用いて火災時の挙動を分析すれば、必要なデータは簡単に取得できる。
可視化ソフトウェアで計算結果を分析する際に、建築物の模型内部で煙が流れる様子を見て、さらに設定した測定点での温度分布図を見ると、まるで実大規模の実験を行っているかのようだと思った。そこで、数値解析の魅力を感じた。「火災現象の数値解析ソフトウェアの内部ではどのような計算が行われているのだろうか」と理解したいと思うようになり、それがきっかけで、建築火災安全工学の分野で研究を進めるようになった。なかでも特に私が関心を持っているのは、火災時における木質構造部材の挙動である。このような経緯を経て、現在はその加熱時の温度変化や燃焼特性を、数値解析と実験の手法を組み合わせて明らかにする研究に取り組んでいる。以下では、私が現在取り組んでいる研究の概要を簡単に紹介する。
研究紹介―数値解析による分析
火災加熱を受ける木質部材には、さまざまな複雑な変化が発生する。例えば、木材は約200℃で炭化が発生し、さらに260℃を超えると炭化は急激に進み、木が炭と可燃性のガスになる。また、可燃ガスと炭化層が燃焼し、大量の熱が放出される。火災時の木質部材の挙動を予測し、木造建築の火災安全性能をより正確に評価するためには、火災の過程で発生する各種現象を分析する必要がある。
そのため、火災による加熱を受ける木質部材に生じる現象を検討し、火災時の熱分解、燃焼、木質部材の収縮と亀裂といった各種現象の定式化を行っている。これらの現象を総合的に考慮した上で、熱と物質の移動を連成的に扱う火災時挙動予測モデルの開発に取り組んでいる。ここで、開発したモデルによる予測の一例を示す[3]。カラマツ集成材の壁試験体の耐火試験[4]の条件に基づき、解析を行った。解析の条件とした実験時の様子を図1に、温度と含水率の解析結果をそれぞれ図2、図3に示す。解析によって算出された木質試験体内部の温度および含水率の経時変化は、実験による実測結果を比較的高い精度で再現できている。火災時における木質部材の反応をより高い精度で再現・予測することを目指して、研究を推進している。



研究紹介―実験による分析
数値解析では火災時の複雑な現象を再現することが可能であるが、そのためには多くの入力条件が必要となる。たとえば、前述した木質部材の火災時挙動解析モデルの場合、熱伝導率(熱の通りやすさ)、比透気率(気体の通りやすさ)、さらに火災時に木材で発生する各種化学反応の速度を計算するための係数など、数十項目に及ぶ入力値が求められる。これらの入力条件の一部は文献から取得可能であるが、多くは文献に記載がなく、独自に測定実験を行う必要がある。測定実験の一例として、木質部材の比透気率の測定実験[5]の様子を図4に示す。
また、数値解析モデルの妥当性を検証するためには、算出された結果と実測値との比較が不可欠である。そのため、実際の部材を用いた加熱実験を実施し、火災時における温度分布や発熱速度など、さまざまなデータを収集している。
さらに、火災時に木質部材で発生する現象の中には、既存の理論やモデルでは表現が難しいものもある。このような場合、実験による直接的な観察が極めて重要な手がかりとなる。高温下での挙動や木材の変化を可視化・計測することにより、新たな仮説の構築やモデル化の方向性を得ることができる。カラマツ集成材を対象とした燃焼実験[6]の様子を図5に示す。


おわりに
数値解析と実験という二つの手法を通じて、現象の奥に潜むプロセスを少しずつ「見える形」にしていくことに、今でも特別な魅力を感じている。研究活動は、一つの問いに答えが見つかればそれで終わりというものではなく、むしろ新たな問いが次々と現れるプロセスでもある。そのような循環の中で、問題を解き明かし、また次の課題に気づくことができたときの喜びや達成感こそが、研究を続ける原動力となっている。
参考文献
[1] Natural Resources Canada, “The State of Mass Timber in Canada 2021,” 2021.
[2] 林野庁, “令和3年度の公共建築物の木造率について.”
[3] A. Sun, K. Harada, et al., “Numerical Model Investigating Heat and Mass Transfer of Wood During the Heating and Cooling Period of Fire,” Int. J. Fire Sci. Eng., vol. 39, no. 1, pp. 28–44, Mar. 2025, doi: 10.7731/KIFSE.f03f9a8c.
[4] K. Harada, A. Sun, et al., “Burning Behaviour of GLT Walls During Cooling Period after ISO 834 Exposure in a Small Furnace,” Fire Technol., vol. 60, no. 4, pp. 2539–2557, 2024, doi: 10.1007/s10694-023-01483-8.
[5] 原田和典, 孫安陽, et al., “カラマツおよびスギの透気・透水係数の測定,” in 日本建築学会大会学術講演梗概集, 2025.
[6] A. Sun, K. Harada, et al., “Experimental Research on Moisture Transfer, Burning and Charring Behavior of Glue Laminated Larch Under Fire Heating Using Cone Calorimeter,” Fire Technol., vol. 60, no. 4, pp. 2559–2579, Jul. 2024, doi: 10.1007/s10694-024-01545-5.
孫 安陽(すん・あんよう)
京都大学大学院工学研究科建築学専攻助教。専門は木建築の火災安全工学。実験と数値解析両方の手法を用いて木建築部材の火災時の挙動を分析・解明する。