壁 -建築環境工学、特に熱湿気の視点から-|小椋大輔

Wall –From a viewpoint of architectural environmental engineering, especially heat and moisture control-

― 建築環境と壁 ―主に熱湿気環境―

 室内の物理環境を調整するといった建築環境工学分野の視点から、壁を考えると主に壁は、物理量を通し易くするのか、通しにくくするのかが興味の対象になる。
 また、私の研究領域に入ってくるが、材料が蓄えることができる熱や湿気を室内に供給あるいは吸収するといった機能をどう持たせるのかも気になる所である。
 音環境分野では遮断性に加え、音エネルギーを吸収しやすくするか、反射しやすくするかといった機能も関係するし、光環境も吸収性、反射性は重要な要素である。
 環境系では壁というのを、壁体と総称することで、壁だけでなく、天井、床といったものも含めて表現することが多い。これら壁体の材料構成が室内環境調整特に温熱環境調整にどう効くのかといったことである。
 室内温熱環境調整を目的とした場合、最も必要な壁の機能は断熱性である。これは建築に関わる方々なら誰でも知っている非常にシンプルな機能であるが、これが建築空間に求められる人の健康で快適な環境をつくる上で、非常に重要な機能を果たしている。
 この機能を有する材料は、室内熱環境を一定温度に保ち、エネルギー消費をできるだけ抑えるためには、一般的には、ある程度厚みが必要である。そのことが壁体の厚みを増大させ、室内空間を狭めてしまうため、建築空間をつくる上では大きな制約になってくる。

 

― 断熱の機能を高める ―真空断熱材―

 最近は、室内熱環境維持と省エネルギーを前提としながら、いかに空間の大きさを確保できるのかという課題に対して、壁の厚みを小さくても機能が発揮できる材料として、真空断熱材(Vacuum Insulation Panel)が注目されつつある。
 最近の冷蔵庫は、見た目は従来と変わらず、容量が大きくなったものが増えてきているが、これは真空断熱材の使用の効果が大きい。
 写真1の左がよく使われる断熱材の一つであるグラスウール、右が真空断熱材であり、両者の断熱性は等しい。
 さて真空断熱材とはどういった材料なのかというと、読んで字の如く材料内部を真空に保つことで断熱性を維持する材料である。
 従来、断熱材は、材料の熱伝導性を抑えるため、その内部に多くの空隙をつくり、空気の断熱性(0.024W/mK)をうまく利用した材料である。空気の断熱性を利用する材料の空気を抜くとなぜさらに断熱性向上が図れるのか。

写真1  グラスウールと真空断熱材1)

 

図1 一般的な断熱材における熱伝導率における各要素の寄与2)

 これは図1から説明される。グラスウールなど一般的な材料の熱伝導率は、材料のみかけの密度に依存しているが、固体や気体部分の熱伝導、材料内部での放射(radiation)といった各要素の内、気体の熱伝導性が最も大きな割合を占めている。つまり、気体が材料の熱伝導率に寄与する量を小さくする、つまり気体を限りなく減らしていくことで、熱伝導性が下げられるのである。
 このことを実現するため、真空断熱材は、図2に示すように熱伝導性の低い芯材(Core material)を、空気を遮断できるような気体透過性の非常に小さい被覆材(Envelope)で覆い封をすることで、材料を構成している。芯材は、グラスウールやヒュームドシリカといった材料が用いられる。

図2 真空断熱材の構成

 これらの材料の内部気体の圧力と熱伝導率の関係は図3に示す通りである。例えばグラスウールの芯材では0.01mbar=1Pa で約0.004W/mK 以下の熱伝導率であり、一般的なグラスウールの熱伝導率0.04W/mK の1/10 の熱伝導性、つまり熱伝導抵抗としては10 倍、つまり断熱性は10 倍あることが分かる。ただし、内部の圧力が上昇してくると熱伝導率は増加する。10mbar(=1000Pa) になると、先ほどのグラスウールは約0.02W/mK となり、断熱性のメリットは失われる。ヒュームドシリカは、100mbar(=10000Pa) で約0.01W/mK と圧力上昇による熱伝導率の上昇が小さい材料である。芯材のヒュームドシリカは非常に高価な材料であるが、特にヨーロッパを中心に使用されており、日本はグラスウールを芯材としている会社が多い。

図3 異なる芯材における内圧と熱伝導率の関係2)

 この様に、真空度を保つことの重要性から真空断熱材内部の空気の侵入を遮断することが大変重要であり、最も性能のよい被覆材は、アルミフィルムである。
 空気遮断性のいいアルミは、一方で非常に熱伝導性の高い材料であるため、芯材そのものの断熱性はよいが、アルミ被覆材の表面を熱が伝わりやすい(この熱を伝えやすい部位を熱橋という)ため、断熱性が阻害される。大きいサイズになるほど、見付面積あたりに、表から裏に伝わる長さが短くなるので、その影響は小さくなるが、小さいサイズだと、熱橋の影響が大きくなる。熱伝導性を小さくするということを担保するために、熱伝導性のよい材料で覆ってしまうという矛盾をこの材料は特性として持っている。
 被覆材の空気の透過性を確保しつつ熱伝導性を下げる目的で、アルミ蒸着フィルムもよく用いられる。ただし、この蒸着フィルムはアルミフィルムより気体透過性がよくなる。
 芯材がグラスウールの場合、透過した気体が材料の熱伝導性に与える影響が大きいため、透過した気体が材料の空隙中に残ることを避ける目的で、水蒸気の吸着剤としてデシカント(desiccant) が、そのほかの気体成分の吸着剤としてゲッター剤(getter) が用いられる。
 建築は、冷蔵庫など家電と比べると遙かに長い使用期間が必要となる。そのため、そこで用いられる材料は、この長期的な性能がいかに担保されるのかが大変重要なポイントである。
 現在、真空断熱材の長期耐用性などに関する国際規格ISO, 国内規格JIS の策定が急がれており、上記を考慮した長期性能の予測検証が国内外で進められている。

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