テキスタイルデザイナー・コーディネーター/安東陽子|境界をつくる布地

聞き手=岩崎遊野、木地佑花、清岡鈴、山井駿

2022.9.3 安東陽子デザイン事務所にて


traverse23で10回目を迎えるリレーインタビュー企画。

建築と異分野でありながら、建築と同様に人間を包む空間を構成し、ときに建築の一部となったり一体化するテキスタイルデザイン。衣装からカーテンまで幅広く手がけられる安東陽子さんをインタビュイーに、建築よりも柔らかいものとしてのテキスタイルデザインのあり方、さらに職種の境界を横断される安東さんご自身のあり方について伺う中で、「今、境界をつくるということ」への新しい視座を探ります。以下、藤江氏からの推薦文である。


建築やインテリアの分野において、布を扱うデザイナーは少ない。
一般的にテキスタイルデザイナーは、織や染色の技術を学び手技にして活躍されるわけですが、安東さんの生き方は独特で、むしろ空間に深く関わり、多様でありそして実に“しなやか”だ。
伊東豊雄さんの建築空間では、度々コラボレーションを一緒になりますが、そのしなやかさが際立って生きていて、技術と感性が織りなす存在感が特徴だ。空間との呼応のプロセスは並々ならない慎重さとデリケートさを持って、執拗とも言える深みの感覚を追求するクリエイティブな姿を見ることがある。硬質な建築素材では得られない、深いニュアンスを織り込んだしなやかな素材は、空間に艶やかさをもたらし、私たちの感覚に響くのです。

藤江和子氏(インテリアプランナー)


テキスタイルとは

ーーまずは自己紹介をお願いします。

私は、テキスタイルデザイナー・コーディネーターという肩書で仕事をしてきました。
個人で仕事をしているので、布地をただつくるというのではなくて、自分の考える周りの世界を、空間的に考えてテキスタイルに落とし込むというのを生業としています。私が空間をつくるわけではありませんが、空間を考えながら、たとえば建築家と協力してテキスタイルのデザインをしていく。そういう仕事をしています。
また、その現場にとってコーディネーションが必要なときはコーディネーターとして仕事をします。デザインとコーディネーションを、空間のために気楽に行ったり来たりするという心持ちで取り組んでいます。

ーー安東さんにとってコーディネーションというのは、デザインを統合する役割ということでしょうか。

統合すると言うよりは、デザインを、美しいものにするための一つの手段と考えています。例えば、この人とおいしくご飯を食べるために店を選ぶっていうのもコーディネーションですよね。そういう時間をつくるためなど、何か目的があってのコーディネーションなので、大事だと思います。
デザインが必要なところはデザインする、コーディネーションで解決するところはコーディネーションでいいと思っています。無理に何か新しいデザインをすることが、必ずしも良いわけではないと思っています。

「空間」「光」「関係」「かたち」

ーーそれでは安東さんの作品集¹に沿ってテキスタイルについてお聞きしていきたいと思います。

布地は、たとえば色・パターン・厚み・素材といった直接的なものにまず分類されます。

でもそういう分類はしないで、建築とテキスタイルの関係の中であるキーワードを探してきました。そして「空間」「光」「関係」「かたち」という4つの章タイトルを付けました。
たとえば「空間」では、テキスタイルで仕切るとか囲うとか繋げるということをテーマにしています。
「光」では、テキスタイル自身が反射板になったり、フィルターになったりして、そこに光を留めるといったことをテーマにしました。
「関係」というのは、いろいろな意味でのテキスタイルと空間の関係だけではなくて、その空間にいる人と建築の関係を考えたものです。たとえばカーテンを間近に見るのと遠くから見るのとでは全然違うんですよね。
「かたち」というのは、あるインパクトを持った形とか素材が、その空間にどのような現象をもたらすかを考えたものです。例えばテキスタイル自身があることによって人が受ける印象で、人々の動きが変わるとか気持ちも変わるといった作用です。

布地で空間をつくるプロセス

KLOS コイズミ照明オペレーションスタジオ/乃村工藝社 © 安東陽子デザイン(Yoko Ando Design)

これはコイズミ照明ショールームです。一見壁に見えますが、全部生地なんです。ショールームというのは通常、照明器具を見せることが多いですが、ここでは照明のショールームでありながら、光を感じるような、光を体験するような空間にしたいと考えました。
入口の向かい側の窓が全部ガラスになっていて、光がそこからこちらに向かってきます。それに対して、部分的に窓を開けたようなカーテンを何層にも重ねています。
この窓はオパールプリントという技法でつくっています。例えば、綿素材やレーヨンとポリエステルで織られた生地を、綿またはレーヨン部分だけを薬剤を使って溶かして模様をつくります。ポリエステル部分だけを残すことで、透け感のある生地をつくることができます。ですが、通常の方法だと、制作の過程でどうしても生地に裏表ができてしまいます。ここでは裏表を付けたくなかったので色々と模索し、特殊な加工を施した2種類のポリエステルの糸を使っています。
そうするとすごく軽い印象の生地ができます。ふわっと浮いてるんだけど裏表もないし、薄いコンクリートみたいな、壁みたいな生地になりました。
この写真ではランダムに見えますが、テキスタイルを製作するときには様々な規制があるんですよね。だから自由に絵を描くことはできなくても、それを受け入れて利用して取り組んでいます。

ーー規制とおっしゃっていたのは、今言われたような技術的な部分に対するものですか。

テキスタイルは、たとえば何かプリントしたり刺繍したりするときは、その織機や技法によってもちろん違いますが、必ずその条件があるんですよ。規制というか条件ですね。たとえば生地の幅が決まっているので、デザインをするときは、ある決まったサイズの中に収まるように作っています。予算の問題もあるのですが、ランダムに見せたいときには、パターンをいくつか作って、それを裏返しにしたり反転することで組み合わせ方を増やすなどの工夫をしています。
もちろん莫大なお金をかけて全部パターン変えることもできるんですが、予算が多くあればいいという問題でもないと思っています。お金をかけたつくり方をしなくても、工夫すれば色々できますよね。その方がちょっと喜びがあると思いませんか。

ーーそう思います。スタディの段階では、1分の1スケールで試すこともあるのでしょうか。

そうですね。段階的になんですが、やはり小さいサイズでは分かりません。パターンをつくり込む前にそれをやらないとすごく無駄になることがありますし、やっぱりテキスタイルというのはプロセスが凄く複雑で、生産の工程との兼ね合いがあるので、バランスを見ながらやっています。

ーー実際に何かをその場に置いてみて、「あぁ、やっぱり違ったな」とパターンを変えてしまうことはありますか?

調整できる範囲を考慮しながら、どこかのタイミングで一回紙ベースで持ってきてみたりします。例えばパターンを1つだけとりあえず作って、全体の雰囲気を確かめたりというのは初期の段階からできるんですよね。だからそういった検討が結構重要です。
特にこの場合も私の作品というわけではなくて、建築家や設計者との協議をどのように進めるかというところが私の役目なんですよね。信頼関係を築くことが最後までスムーズに進めるために大切です。

ーー建築のスタディ模型やイメージなどを見て、想像しながら進んでいくのですか。

そういうこともありますね。でも、それらに沿いながらちょっと別の視点でも見ています。

ーー別の視点というのは?

私はプロジェクトチームの中で、その建築について教えてもらったり、共有していくことももちろん必要なんですが、どこか違うところを期待されているところはあるんですね。
この隙間がいい例です。これは布で囲まれていますが、隙間は設計者からすると、やっぱり壁みたいなイメージがあるので、この幅だと人は入れないんじゃないかなという感覚があるんですね。でも布は人が入ると動くので、意外に狭くても大丈夫なんです。だから最終的には設計者が考えていたものより、100㎜ぐらい細くしました。そうしたら実際に子どもが通ってくれたりしたんです。

1 安東陽子 テキスタイル空間建築 ( 現代建築家コンセプトシリーズ vol.20,)LIXIL 出版

関連記事一覧