趣味と文化財の仕事をつなぐには|里中 栄貴

Connecting Cultural Heritage Preservation and Architecture Enthusiasts | Eiki SATONAKA

テーマについて

 本エッセイは、趣味から研究の世界へ飛び込んだ身として、趣味と文化財行政や研究をつなぐことの重要性やそのための実践について述べるものである。
 古い建物を好むという趣味は、同世代のなかでは比較的理解されがたいものであると感じることが多いが、京都という街にいると、思っているよりも多くの人がその趣味を持っているのだと実感させられる。たとえば、2022年11月に開催された第1回目の「京都モダン建築祭」では、一斉に公開される古い建物を見るべく多くの人々が京都の街に駆り出された。小さな洋風の呉服店を見るために雨のなか1時間待たされ、不満を感じる反面、古い建物が好きな人はこんなにもたくさんいたのだと、うれしい気持ちになったことが記憶に残っている。
 一方で、古い建物を文化財として保護する文化財行政や、古い建物の価値を見出す研究者と、趣味人のコミュニティの間には大きな隔たりがあるように思われる。具体的には、行政や研究者のお堅い印象や、趣味人にはわからない高度なものであるという印象がぬぐいきれていない。残念ながらSNS上でも、「おおらかな」趣味は「厳密な」学問とは違うという言説が少なからずあるというのが現状である。また、文化財の指定や登録は一般市民には見えないところで行われ、それについてまったく説明がないため、人々に「文化財は偉い人の趣味だけで決まっているのではないか」という疑念を抱かせてしまっている。文化財の数は増え続けていて、そのすべてを国や自治体が手厚く保護することはできない。そのような状況で、可能な限り多くの古い建物を後世に受け継ぐためには、趣味人のコミュニティとの相互理解や協働が必要不可欠である。私は、趣味をきっかけに研究を始めた者として、趣味と仕事(文化財行政や研究)をつなげる役割を果たすべく日々学んでいる。

わたしの場合:趣味者から研究の世界へ

 古い建物を意識的にみるようになったのは高校生になってからだ。旅先での写真をみると古い建物が映っていることが多い。そのなかでも特に心惹かれたのは近代の洋風建築である。それと同時に建物を設計すること、その歴史を振り返ることという、建築学という学問に興味を持ち、高校卒業後の進路として建築学部・学科を希望した。趣味として建築を学ぶなかで、近代の洋風建築を新しく現代につくることは非常に困難であることを知った。その代わりに、古い建物を残すための制度があること、建物を継承する手法として、リノベーション・外壁保存など様々なものがあることがわかった。今振り返ると、このときから、いままでにない新しい建物を生み出すことよりも今ある建物をどのように残すかということに興味が向いていたように思われる。古い建物が多い京都で建築を学びたいと考えていた。

「旧岐阜県庁舎」は高校生時代最も身近で、最も印象に残っている近代の洋風建築である。いまでも「ぎふメディアコスモス」の横にひっそりとたたずんでいる。中がどうなっているかとても気になっていたが、耐震性能の問題で立ち入ることができなかった。私が近代建築の保存問題に関心をもったきっかけのひとつになっている。

 大学に入ってからしばらくは、新しい建物の設計に夢中で、古い建物をみることは趣味のままであった。しかし、本格的に建築を学び始めたということもあって、興味の範囲は広がった。故郷にある中山道の宿場町を見て、日本の伝統的な住宅建築に興味を持った。それからは、近代の和風建築・茶室・民家・寺社建築と、日本建築に向かっていった。
 建築史を研究しようと決めたのは、日本建築史の講義を受講した学部三回後期のことである。歴史の生き証人として建築をみるという考え方が、自分にとって新鮮なものであった。建築をみて、様式の発展やその変遷を追うだけにとどまらず、その先に、その空間に存在していた人々の行動や思想、大きな社会の流れを描くことができるのだ。同時に、この姿勢は趣味に通じるものであるとも思った。古い建物に偉人がそこにいた証拠や当時の人々の営みを見出すというのは、きわめて一般的な建物の楽しみ方であるからだ。そして現在は、博士後期課程に進み、建築史の研究を続ける予定だ。
 ここで、建築を学んだことで興味の対象が広がったこと、研究は趣味に通じるものであると知ったことが、趣味から研究へ進むという決断に至らしめている。趣味として洋風の建物をみているだけでは、日本の伝統建築に目を向けることはなかっただろう。私の場合、建築設計を学ぶなかで、町家に注目したことがのちの興味の対象に大きな影響を与えている。趣味の立場からすると、建築の研究とは、この建物の設計は誰であるかとか、この意匠はこの時代の○○という様式の影響を受けているかとか、建物について「厳密に」述べることであって、それに堅さや窮屈さを感じてしまいがちである。私もそう感じていたが、建築史研究の最前線を直接学んだことによって、研究がより自由で、建物について厳密にみる先にも広がっているということに気づいた。

文化財行政と趣味をつなぐための実践

 趣味と研究をつなげることに興味を持ったきっかけは、京都に移転したばかりの文化庁でアルバイトを始めたことである。主な業務は文化財の登録手続きのお手伝いで、それまで謎に包まれていた文化財制度や登録物件の選定、登録の手続きなどを学んだ。そのなかで、文化財制度や新たに文化財となる建物について、その意義をどのように一般市民に伝えるかが課題になっていることを知り、自分にできることはないかと伝えたところ、新たに文化財への登録が決まるたびに出していた広報用のYouTube動画の脚本・撮影・編集に参加することになった。登録有形文化財への登録は、手続きの過程の問題で指定文化財と比較してメディアによって全国的に報じられにくい。文化庁自ら動画を発信することには、新たに登録される物件の魅力や文化財としての意義を広く伝えるという目的があった。
 動画をつくるさい、古い建物を趣味として楽しむ人々を含む一般市民に文化財の意義を効果的に伝えるために、文化財の登録に関与する人々に登場していただくこと、建物の意義をそれがつくられた場所や時代背景とともに紹介することの二点を特に意識している。
 文化財の登録には、専門家や国の文化財調査官、各自治体の文化財担当職員、事務手続きを行う職員など多くの方々が関与している。文化財への登録が発表されるとき、名前が出るのは文化庁の登録部門の職員のみであり、現状の公報ではそのことを十分伝えられていない。また、文化財の指定・登録には所有者の同意が必要であるということがあまり知られていないのではないかと感じることがある。そのため、動画には登録手続きに関与する人々のみならず、施設の職員や管理者の方に登場していただく回もある。このとき、行政の一方的な紹介にならないように、建物の関係者に説明をしてもらう箇所を設けることを意識している。これらの工夫によって、文化財が専門家によって一方的に決められるものではなく(もちろんそのような側面もあるが)、多くの関係者の協働で生まれているものであるということを伝えたいと考えている。これに加えて、所有者・管理者の方に登場していただくことによって、文化財を活用するという、文化財建造物の登録制度の意義も伝えることができるだろう。
 近年の登録有形文化財には、戦後の建物が増加している。これらの建物は10~20年前にはまだありふれた存在であったため、近年急激に数を減らしているとはいえ、一般市民には歴史的価値のある文化財として評価されにくいものである。実際に、古い建物を趣味とする方に意見をうかがったことがあるが、そのときも近現代はあまり詳しくないと微妙な反応をされた。動画では可能な限り、建築年が新しい文化財の存在をうったえかけることを意識している。現状では、戦後の建物の文化財的な意義は、建築家の作風やモダニズムなどの流行と共に語られることが多い。このように建築界への影響の大きさをアピールするだけでは、専門的な知識を持たない人々に建物の重要性を十分に伝えることはできないのではないかと感じている。そこで、動画では紹介する建物が、つくられた場所の特性や建設当時の時代背景を反映したものであることを重点的に伝えるようにしている。ここでは、建物の意義を、特定の土地や社会情勢のなかでしか生まれない、唯一無二の性質を持っていることであると説明している。それは、古い建物を趣味として楽しむ人々が建物を評価する姿勢に通じるものである。私は趣味の立場から、古い建物が人々を惹きつけるのは、その建物がそこにしかない唯一無二の要素をもっているからであると感じている。ありふれた建物のどこに独自性があるのかを意識して伝えることで、文化財の意義を分かりやすくすることができるのではないだろうか。

エッセイ執筆時(2025年7月末)までに計4本の動画の脚本の作成から撮影、編集までを担当したが、動画で取り上げた物件のうち、長崎県の「弓張岳展望所」と京都市の「京都府立堂本印象美術館」は戦後の建物である。後者の動画では美術館の学芸員の方にご出演いただいている。どの物件においても建設に至る経緯や周辺地域の特性を踏まえて、物件の独自性を解説している。

 このように、文化財行政と趣味をつなぐため、動画による情報発信ではわかりやすく情報を伝えることを意識している。ここで、「わかりやすく」するとは、余分な情報を省略することではなく、文化財の制度の実情を公開し、その意義を日常生活や趣味の延長で捉えられるようにすることである。これは、大学で研究の実情を知り、研究と趣味の共通点に気づいたことで、研究の道に進んだ私の実情に即したものである。私の体験を基にした情報発信によって、趣味人たちが文化財の仕事や研究に興味を持つきっかけになることを願っている。


里中 栄貴(さとなか・えいき)
京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程。建築史学を専攻する。日本全国の古い建物を見て回ることが趣味。趣味をきっかけに研究を始めたこともあり、古い建物や伝統的な建物を好む人々の趣味が、建築史学研究や文化財保護にどのような影響を与えうるかということに興味を持っている。

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