手のひらの建築|本田 凌也

焦点 かけ合わせ、スケール、さわる

2022年の7月末からの3ヶ月間、私は京都市下京区にあるFabCafe Kyotoさんが企画する「Counter Point」というプロジェクトに参加させていただいた。FabCafe Kyotoさんはカフェでありながらレーザーカッターや3Dプリンターをはじめとする工作機器を店内に設置しており、カフェを利用する一般のお客さんと、機器を使ってモノづくりを行う方の両方が利用し、交流の場を生み出している。そんなFabCafe Kyotoさんが企画する「Counter Point」とは、自分の中にある偏愛を表現したい人たちに、3ヶ月間工作機器を自由に使ってもらい最終的に何かしらの成果物を発表してもらうという試みである。条件は偏愛であり、有形無形は問わず、利益を生み出すものである必要もない。その企画に参加する人々もまた多種多様で、画家、クリエイター、学生、これまでモノづくりに関わってこなかった人もいた。

この「CounterPoint」に参加させていただいた私は、「手のひらの建築」と題して、建築をモチーフにしたプロダクト製作のプロジェクトを進めさせていただき、最終的にはその3ヶ月の間に3つのプロダクトを製作することができた。このプロジェクトで私が表現したかった偏愛は、もっと一般の人たちにも建築について、建築の面白さについて知ってもらいたいということだった。

かけ合わせ

まずどうすれば一般の人々に興味を持ってもらえるだろうかと考えた。私がとった方法は、文具、雑貨、玩具といった身近にあるプロダクトに建築を掛け合わせるという方法だ。掛け合わせるといっても、単にある建築とあるモノを掛け合わせようというのではない。私がこだわったのは、モチーフとする建築の魅力の一部を抽出し、それを表せるような機能に昇華させるということだ。

例えば私が製作した藤本壮介さん設計の「マルホンまきあーとテラス」をモチーフにした定規。藤本建築には、白い建築が多い。白は建築自体をはっきりと印象付ける一方で、焦点を変えると、そこで行われる人々の活動が主役となって浮かび上がってくるように思う。マルホンまきあーとテラスもまたその特徴を代表するような建築だと思う。緑色の山々と青色の空を背景に佇むその建築は、街並みを思わせるような輪郭が白さによって強烈に印象付けられる。一方で建物の中に入ると焦点は空間、そこで活動する人々に切り替わる。実際に訪れるまでは、先入観で直線的な平面計画を想像していた。しかし実際は大きな吹き抜けが印象的なホワイエ、真ん中の通路にある階段によって上下階の活動を結び、また視界も歩くたびに奥が見えたり隠れたりするなど、立体的な空間構成が行われていた。

そんなマルホンまきあーとテラスの魅力を一部抽出して定規という機能に昇華する。アクリルを用いた透明なその定規は一見シンプルなものだ。マルホンまきあーとテラスの輪郭を拝借し定規のかたちとすることで、定規を使わないときは建築の印象が深く浮かび上がる。一方で定規という機能として利用するとき、その透明なかたちは、鉛筆の線、線を引く手、線が引かれる紙という活動の主体の背景へと消えていく。そんなプロダクトに仕上げることができたと思う。

ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート×だるまおとし

スケール

建築は大きい。ゆえに建築を検討する際には図面や模型といった縮小されたスケールのツールを用いる。そしてそれぞれの図面や模型には縮尺が与えられる。1cm×1cmの正方形を描き、その横にs=1/100という縮尺を与えれば、その線はたちまち1m×1mの大きさに早変わりするし、手のひらサイズの箱にs=1/1000という縮尺を与えれば、その箱はビル建物に早変わりする。そんなスケールの魔法を学んだのは建築学科に入って間もない一回生の後期。建築造形実習という授業で白模型をつくるという課題が出された。身近にあるもの、例えばペットボトルや帽子、服などにスケールを与え、建築空間を生み出してみるという課題だった。かたち・空間・スケールという情報以外は極力排除するためにその模型は白色に統一された。私が「建築はおもろい」と思うようになったのはこの課題からだった。建築には関係のないものであったとしても、スケールという魔法をかけることで頭の中で空間を創造することができる。そんな建築の思考の自由さを学んだ。

手のひらの建築のプロダクトも手に取る人々に同じような体験をしてもらうことを目的としている。一つは、手にしたプロダクトから実物の建築を想像してもらうこと。それぞれのプロダクトは、厳密ではないがおおよその縮尺を添えている。先述したマルホンまきあーとテラスの定規でいえば、約1/1000というスケールで製作している。手のひらの10cmほどの定規から、100mに及ぶスケールを想像することができる。

そしてもう一つの体験は、周囲を建築化するということだ。例えば、そのプロダクトを食器や鉛筆立て、雑貨が置いてある棚に飾っておくとする。普通の見方をすればただ一緒にプロダクトが収納されているだけである。しかしスケールの魔法をかけて見方を変えれば、そのプロダクトの周囲のモノたちは、一瞬にして1000倍の大きさへと早変わりし、街並みやビル群、家々のような建築の風景にさえも見えてくるのである。

建築を作る人々が図面や模型を見て建築を想像するように、このプロダクトを手に取ることで、実際の建築や周囲のモノにさえも建築を想像することで、普段目にする景色も少しだけ面白く感じるようになれば嬉しい。

さわる

先ほど、スケールの話を行ったが、建築模型とプロダクトの決定的に異なる点がある。そのうちの一つに、プロダクト自体は、s=1/1のスケールであるということだ。建築模型は色味や素材感は抽象化することが多いし、たとえどれだけ本当の建物の素材感を表現しようとしたとしても、完全に再現できることはない。なぜなら、スケールが違うからだ。一方でプロダクトはその形のまま、その色のまま、その重さのまま、その手触りのまま使い手に行き渡る。特にそのような触ることまで考えて作ったのが、磯崎新さん設計の「水戸芸術館シンボルタワー」をモチーフとした、ペンケースである。このシンボルタワーは、水戸芸術館の公式HPに「水戸市制100周年を記念して地上100mの高さになっています。1辺9.6mの正三角形で構成された正四面体を規則的に積み重ねた形態は、チタン製の外装と作用しあい、未来的なイメージを喚起させます。また、その稜線をたどっていくと、三重らせんが空に向かって上昇していくデザインは、無限に発展する水戸を象徴しています。」とある。まずこのプロダクトで意識したのは、この幾何形態の面白さを手で感じてもらうことだ。そこで正三角形が連なった3枚の帯を磁石によってくっつけることでこの形態を再現した。このペンケースはバナナの皮を剥くように帯を捲ることでペンを取り出すことができ、閉じるときは手を添えるだけでパタパタと磁石が勝手にくっついていく。そんな手で触って面白い仕組みを仕掛けている。そして、素材感にもこだわる。実際の建築はチタンで作られており、建築物の未来的なイメージを掻き立てている。そして、このペンケースには皮を採用することで、ペンケース自体の高級感を感じさせている。また、手で触るプロダクトなので皮のさらりとした、ある程度重厚感のある素材感が手に馴染んでいく。

掛け合わせ、スケール、さわるという三つのキーワードをもとに、建築とプロダクトをどう関連付けていくか述べてきた。建築の背後にある思想の面白さにとらわれた私は、これらのプロダクトを作成するときにもその背後に私なりの思想を軸に作成している。

建築模型は設計段階で多くの人に空間を想像してもらうツールとして利用されている一方で、建築模型自体がそれそのものとしての魅力を持っているように思う。プロダクトに落とし込むことでそのような魅力も維持しつつ、使うという別の機能を付加し、飾る・残すという美しさと強度も確保することができる。そこもまた手のひらの建築の面白さの一つだ。

手のひらの建築は、先にも述べたようにもっと様々な人に建築の面白さを知ってほしいという出発点から製作を始めた。故に、作って終わりではなく、手に取ってもらうまでが重要である。2023年11月、12月にも同作品を妙蓮寺での共同展示にて、触ってOKな状態で展示させていただいた。このように、今後も作ること、そして触れてもらうことを続けることで、少しでも多くの人に建築について興味を持っていただきたい。

マルホンまきあーとテラス×定規
ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート×だるま落とし

提供:筆者(写真)

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