樹木の生存戦略から学ぶ建築構造形態創生|張景耀
― 1.はじめに
外部環境の影響から遮断して、人々が自在に活動できるように(function・機能)、建築物の巨大化(form・形態)が進んできた。その原動力は、新構法および新素材(structure・構造)の開発にある¹。樹木などの自然構造物も、人工構造物の建築物と同じ地球環境に置かれ、function + form + structureの有機的集合体として、長い年月をかけて地球環境に適応した形に進化してきた。
この共通性より、自然構造物を模倣した建築物は古くからつくられていた。例えば、動物の巣を真似して、古代人は身近な木や草などの自然材料を利用して住まいを営んでいた。これは日本最古の歴史書「古事記」には、「住まい」が「巣まい」と記されていることからも覗える。
近現代では、植物の厚壁繊維マトリックスからヒントを得て、コンクリートを鉄網で補強した植木鉢の発明(1867年特許)は、現代鉄筋コンクリート造構造物の発端となる ²。また、形態抵抗のシェル構造(Shell・貝)の大スパン建築への応用もその好例である。
樹木は、重力を抵抗しながら上方へとのばして、陸上で最も巨大な生物へと進化を遂げた。過去に、推定最高高さ150mを超える樹木(ストリンギーガム)は、オーストラリアに存在していた。樹木は高く広く成長することより、より多くの光を獲得できる一方、種子を遠くまで飛ばせるため、他の競合種よりも有利な条件に立つことができる³。また、樹木の巨大化を支えるには、肥大成長に伴い発生する成長応力の役割が大きいと言われている。
樹木をモチーフにし、自然環境に近い内部空間をつくり出す建設例が過去にも多数存在している。例えば、シュトゥットガルト空港ターミナルなど、樹木の分岐を利用して屋根を支える木状(tree-like、branching)建築がある。
表題の研究課題においては、既存例のように外観形状の模倣に留まらず、樹木の外的・内的生存戦略の本質を追求すると共に、建築分野への新たな応用を試みている。かなり初期的研究段階にあるが、本稿では、その結果の一部を紹介する。具体的には、樹木の以下の二つの生存戦略を利用する。
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樹木の外的生存戦略の一つとして、光屈性による樹形成長規則を木状建築の形態創生に利用する。
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樹木の内的生存戦略の一つとして、成長応力の力学的役割をモチーフにした金属3Dプリント建築を提案する。
― 2. 木状建築の形態創生
樹木の太陽光に向かって成長する性質は、「光屈性」と呼ばれる。この節では、樹木の光屈性を利用した、木状建築の形態創生法を紹介する。まずは、実際の樹木に対して形状計測を行い、どのように成長するのか(成長規則)を同定する。そして、屋根を仮想光源として、同定した成長規則をもとに木状の分岐構造生成法を提案する。更に、生成された形状の近傍において、力学的性能を向上するため、構造最適化に基づいた形状生成法を提案する。
2.1木状ソーラーパネルの形態創生への応用⁴
具体例として、丸く広い樹冠を有する落葉広葉樹(写真1)を研究対象とする。計測対象の規模は幅約5m、樹高4.5m程度である。全方位レーザーLiDAR(Velodyne社VLP-16)を用いて、樹木表面形状の点群データ(図1)を取得した。また、最小2乗近似を用いて各枝の中心線を抽出し、骨組モデル(図2)を作成した。骨組モデルは枝長さ・枝の分岐角度・骨組モデル接続関係・節点座標などの情報をもつモデルである。
次に、実測で作成した骨組モデルとL-systemによって生成した形状の接続関係(位相)に着目する。それらの類似度を評価し、樹木の位相で記述する成長規則を同定する。L-systemとは自然物の構造を文字列で表現できるアルゴリズムであり、開始記号(初期位相)と置換規則(成長規則)によって、文字列が段階的に増えていく⁵ ⁶。
生成モデルの位相と実測骨組モデルの位相を定量的に評価するために、グラフ構造を用いて表す⁷。構造分布行列によってグラフの類似度を計算し、類似度を最大にするように、遺伝的アルゴリズムによって初期位相と成長規則を同定する。図2の骨組モデルの初期位相および成長規則は、それぞれ図3と図4(a, b, f, gは節点種類)に示すように同定された。
同定した初期位相と成長規則に基づいて、長さ・角度などの成長パラメータを指定することより、木状建築を生成することができる。各枝の先端にソーラーパネルを設置する構造を想定する。効率よく光を吸収できるように、成長パラメータを設計変数として、総受光面積を最大化する木状構造を生成する。その後、構造解析より断面算定を行い、断面径を反映した設計案を図5に示す。
2.2 光屈性を利用した木状柱の形態創生への応用⁸
光条件を考慮した、仮想光源の屋根を支える木状柱の生成方法を図6のフローチャートに示す。まずは、図7の黒点のように、屋根に沿って仮想の光源を設置し、各枝が光源から受ける光の量(受光率)を計算する。次に、受光率により異なる成長速度で枝の長さを変化させる。ここで、光が当たりにくい枝が枯れ落ちる(枯死)。その後、成長規則によって新たな枝を生成し、これを繰り返すことで、屋根に枝が届くとその枝の成長をストップさせる。また、全ての枝の成長が止まったら、全体の成長が終了する(図8)。
次に、各部材(枝)を梁要素として構造解析を行う。具体例としては、屋根の大きさを幅4m、奥行き2m、厚さ30cmとして、屋根に225N/m2の下向き等分布荷重を作用する。構造物の剛性を最大化するよう、その形状最適化を行う。最適化前後のモーメント分布を図9に示す。最大曲げモーメントが大幅に減少し、構造物の剛性も3倍以上に上昇する。
― 3. 残留応力の金属3Dプリント建築への応用⁹
成長応力とは、樹木の幹が肥大成長を行うときに発生する応力のことである¹⁰。成長応力の発生に伴って、外側に新しく生成された木部には体積変化が起こる。しかし新しい木部は、既に存在する完成木部に変形を拘束されているため、樹幹内には応力変化が生じる。その応力変化が成長を通じて蓄積されることで、3次元応力分布が樹幹内に発生する。軸方向の応力分布に関しては、樹幹内側にかけて圧縮応力、外側に引張応力となっていることが実験から分かっている(図10)。
圧縮強度が引張強度に比べて著しく小さい樹木にとって、大きな圧縮応力の発生は脅威となる。したがって、風などの水平荷重が作用するとき、成長応力の存在は、曲げによる圧縮力を低減し、樹木の耐力向上に繋がると言われている(図11)。
しかし、内部応力は樹木のように必ずしもメリットとなるとは限らない。金属の付加製造(3Dプリント)においては、いずれの造形方法でも熱処理を利用しているため、金属が冷却され収縮する際に大きな応力が発生してしまう。金属内部の残留応力は著しい加工障害に繋がる。
この応力の発生方法は根本の原因こそ異なるが、増殖により生じるという観点では、樹木の成長応力に類似している。さらに、外側に引張、内側に圧縮という傾向の応力分布がよく見られることが知られており、この点についても樹木との共通点が見られる。
金属3Dプリントの残留応力は熱処理で取り除かれることが多いが、本研究ではそのままプレストレスとして活用する3Dプリント建築という新たな構法を考案する。部材の造形過程で発生する残留応力をプレストレスとして部材に残しておくことで、樹木の内部応力と同様にして、構造性能を高めることができるからである。また、体積増加や増殖に伴ってどのような応力分布が発生するのかを解析するため、本研究では増殖有限要素法(AFEA)を提案した。
AFEAで解析するには、6面体ソリッド要素を用いて解析対象をモデル化する。また、各要素に対して、時間に依存する温度を与える。また、解析の簡略化を図るため、ニュートンの冷却則に従い値を決定する。
図12下部に示す8種類の鉄骨造木状構造物によるケーススタディには、頂部に積載荷重を作用する。図13(a)に示すように、分岐点の断面内に大きな曲げ応力が発生する。そこで、この構造物がオンサイトで3Dプリントを用いて造形されると仮定する。AFEAを用いてプレストレス分布(図13(b))を導出した後、プレストレスが存在する場合としない場合とで最大垂直応力値の比較を行う。図13に示すように、ケース1、5、6、7の4種類の構造物に対して、プレストレス効果により応力値が大きく減少することが分かる。
― 4.まとめ
本稿では、樹形の利用した木状建築生成法および、樹木の生長応力による耐力向上をヒントとした金属3Dプリント建築の構法を紹介した。
光源を設定することにより光屈性という樹木の性質を取り込んだ成長規則を加えて、樹木の生物性を反映した成長方法を提案した。また、構造最適化より、意匠的に樹形を保ちつつ構造的に最適な木状柱を生成することができる。
また、提案した増殖有限要素法を用いたケーススタディから、3Dプリント部材を適切な位置や適した形状に活用することにより、外力により発生する応力を打ち消すことができることが分かった。将来への展望として、3Dプリント建築におけるプレストレス導入という新たな構造システムの発展が期待される。
樹木などの維管束植物は、大型化だけでなく、種の多様性においてもコケ植物を凌ぎ、現在の陸上環境に最も適応した生物群である¹¹。これは、多くの生存戦略を極めた結果であり、この研究課題で利用したのはそのごく一部である。これからも樹木に潜む力学的原理を解明し、その巧妙な生存戦略の本質を追求しつつ、建築分野への応用を模索していきたい。
謝辞
本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(研究課題19H05369・21H00369)の支援を受けて実施した研究成果の一部である。
【参考文献】
1)坪井善昭ら, 力学・素材・構造デザイン, 建築技術, 2012.
2)Petra Gruber, Biomimetics in Architecture – Architecture of Life and Buildings, Springer, 2011.
3)Karl J. Niklas, Morphological evolution through complex domains of fitness, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 91, pp. 6772-6779, 1994.
4)杉本涼太朗,張景耀,L-systemによる樹木成長規則の同定とそれに基づいた木状建築の創生, 日本建築学会大会学術講演梗概集(東海) ,2021.09.
5)Przemyslaw Prusinkiewicz, Aristed Lindenmayer, The Algorithmic Beauty of Plants, Springer, 1996.
6)今澤和貴, 佐々木睦朗, L-System による形状表現に関する研究-樹木ラーメン構造の構造形態創生-, 日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道), 2013.8.
7)和田貴久, 大野博之, 稲積宏誠, 構造類似性を基にしたグラフクラスタリング手法の検討, 第5回情報科学技術フォーラム, 2006.
8)野村祐司, 張景耀,樹木の光屈性を利用した二次元分岐構造の形態創生, 日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道) ,2022.9.
9)寺辻奏芽, 張景耀,樹木の生存戦略をモチーフにした3Dプリント建築における残留応力の活用, 日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道) ,2022.9.
10)山本浩之, あて材の成長応力−現状と展望, 日本木材学会, 組織と材質研究会, 2016.
11)西谷和彦, 植物の生長, 裳華房, 2011.
張 景耀 Jingyao ZHANG
Jingyao ZHANG was born in Zhanjiang, China in 1978. He spent 13 years of his life in Guangzhou from the age of 6, 4 years in Hangzhou from the age of 19, 1 year back to Guangzhou for structural design after graduation, and more than 20 years in Japan (Miyagi, Kyoto, Shiga, Aichi). In 2005 and 2007, he respectively obtained his master’s and doctoral degrees at Kyoto University. He has been an associate professor at Kyoto University since 2019.