【竹脇・藤田研究室】建築構造学の新しい視点と展開
「断層近傍および長時間地震動に対する弾塑性多層建物のインパルスを用いた極限応答解析」
著者:博士後期課程三年生 明橋弘樹
研究背景
近年、日本の都市部における高層建物が断層近傍及び長周期長時間地震動により甚大な被害を受けることが危惧されている。一方で、断層破壊・伝播特性・地盤特性を考慮してもなお建物が経験し得る地震動を正確に予測することは現在の知見を以ってしても困難であり、また建築構造物は材料本来のばらつき・経年劣化・施工の精度等に起因する不確実性を有する。このような不確実性を高層建物の設計に反映させるため、特徴的な地震動に着目して弾塑性多層建物に対する最悪な地震動入力と対応する極限応答を解明する必要がある。
インパルスを用いた極限応答解析(1)
構造物の塑性化を考慮した解析および設計は、従来、等価線形化(構造モデル変換)により行われていた。等価線形化には、1)地震レベルの増大に伴って応答評価精度が低下する、2)最悪な極限応答を見出すためには構造パラメター・入力振動数を変更して多数の繰り返し解析を行う必要があるといった問題が存在する。これに対して、構造モデルではなく入力モデルをインパルス列に変換するという全く新しい考え(ゲームチェンジ)を導入する(図1)。断層近傍地震動を模擬したダブルインパルスを用いた解析では振幅(入力速度V)と周期(インパルス時間間隔t0)を解析上切り分けて扱うことが可能であり、弾塑性1自由度系の極限応答を見出すことは比較的容易である。しかし、超高層建物モデルとして用いられる弾塑性多自由度系を扱う場合、インパルス入力により全てのモードは同時にかつ同程度に励起され、また弾塑性応答及び高次モード応答に起因して各質点の応答には位相差が生じる。従って、1)エネルギー平衡則の適用は困難であり、2)最悪な入力周期を見出すことも困難、さらに、3)建物応答(層間変形・床加速度)を過大に評価する恐れがある。
インパルスを用いた極限応答解析(2)
以上の困難点を一挙に解決する方法として、影響ベクトルを操作してインパルス入力を等価な水平衝撃力として扱う方法(動力学の原理に基づく独自のハイカットフィルター)を提案し、擬似ダブルインパルスと命名した(図2)。擬似ダブルインパルスの最悪な入力周期の条件は、「慣性力の弾性1次モード成分が0に等しい場合に第2インパルスが入力されることである」という事実を数式的に解明しており、最悪入力周期は繰り返しなしで特定可能となる。また、擬似ダブルインパルスは断層近傍地震動に対する弾塑性極限応答(層間変形・床加速度)を高精度かつ効率的に評価可能である(図2)。さらに、最悪な入力を受けた場合の変形特性とモーダルカップリングを考慮した変位制御解析法Updated mode-controlled energy-based approach (UMEA)を開発し、UMEAとエネルギー平衡則に基づき層間変形極限応答を数式的に陽に表現して1960年来の難問を解決した(図3)。尚、step by stepの時刻歴応答解析と比べて数百倍の計算速度(共振周期探索の繰り返しを考慮すれば数万倍)を達成している。
提案手法は、詳細な骨組モデルに対して高精度な評価が可能であることを確認している。また、最悪な地震動を使用することで、制振建物の応答の上限値を低減する信頼性の高いダンパー設計を得ることができる(図4)。尚、長時間地震動を扱う場合、入力モデルを擬似マルチインパルスに変換することで、擬似ダブルインパルスの場合と同様に極限応答を繰り返しなしで特定可能となる。
【参考文献】
1) H.Akehashi and I.Takewaki (2021). Soil Dyn. Earthq. Eng., 150, 106887.
2) H.Akehashi and I.Takewaki (2022). Soil Dyn. Earthq. Eng., 157, 107254.
3) H.Akehashi and I.Takewaki (2022). Eng. Struct., 250, 113457.