【竹脇・藤田研究室】建築構造学の新しい視点と展開
「災害に強い構造システム」
執筆者:准教授 藤田 皓平
はじめに
我々はこれまでに様々な災害を経験することで、災害に対して都市や建物をいかに安全にするかという課題に向き合ってきた。近年の地震被害として、東日本太平洋沖地震(2011年)や熊本地震(2016年)などが挙げられ、災害時の建築・都市の防災力や復旧性を高める必要性をあらためて認識させられた。今後発生が懸念される南海トラフ地震や上町断層帯地震(大阪平野)などの都市部における内陸型直下型地震に対しても構造安全性を高めることが重要となる。さらに、地球温暖化に伴うグローバルな気候変動などにより、暴風雨を伴った台風や線状降水帯による突発的な大雨による浸水被害も懸念されている。建築は、人が社会的・文化的な活動を営む基盤の一つであり、このような災害から身を守る境界としての役目を課せられている。当研究室では、減衰性能を高めるためのイノベーティブな制振システムの開発・解析や、災害時の建築物の状態をモニタリングする手法の構築などを行っている1)。本ページでは、災害に強い構造システムの構築に向けた研究テーマをいくつか紹介する。
揺れを制御する制振構造
制振構造とは、建物内に制振装置(ダンパー)を配置することで、地震や風といった外乱に対して建物の揺れを抑える構造システムである。柱や梁を頑強にすることで揺れに耐えるという耐震構造ではなく、ダンパーが振動エネルギーを吸収・発散することで建物の構造的な損傷を軽減するというシステムである。制振構造は、建物を高性能化する技術の一つとして確立され、高層建物などでは標準的な構造システムとなりつつある。ダンパーには様々な種類があり、それぞれのダンパーの特性を十分に把握したうえで、建物内の配置の違いが建物の揺れに及ぼす影響をふまえた上で設計する必要がある。このような問題をダンパー最適配置問題(図1)という。
工学分野では種々の要因によるばらつきや不確定性を考慮する必要があり、建築構造においても入力外乱や構造特性の変動に対する構造性能の変化を考慮した設計をすることが望ましい。このような様々な不確定性に対して余裕をもった設計とするために安全率を見込むことが一般的であるが、安全率の設定方法が妥当であるかは定かではない。そこで、不確定要因に対して構造性能の変動のしにくさを定量的に評価するロバスト性指標の提案や、ロバスト性指標に基づいた最適化問題を展開している(図2)。限られたコスト・資源から建物を合理的に設計する構造最適化問題は、地球環境への負荷を低減させ持続可能な社会に向けて、今後も継続的な研究テーマであると考えている。
システム同定・モニタリング
建物内に種々のセンサーを設けて、地震などによる建物の揺れを計測することを、建物の健全状態を診断することになぞらえて構造ヘルスモニタリングという。建物内に設置できるセンサーには限りがあるため、建物全体や室内什器等の挙動をモニタリングデータから直接計測することはできない。少ないモニタリングデータを有効に活用し、建物内の被災状況や構造的な損傷を評価するためには、対象物に応じた適切なモデル化を行うことが重要であり、それらのモデルのパラメータを同定する必要がある。このような構造ヘルスモニタリング技術を採用することで、地震時に建物に生じた被害を速やかに評価することが可能となり、災害からの復旧時に有益な情報を提供することが可能となると考えている(図3)。近年では、災害に強い構造システムの一環として、地震のみならず風水害などの様々な災害に対応することも必要であり、間仕切り壁や建物内設備などの非構造部材を対象としたモニタリングシステムの構築などにも注力している(図4)。
【参考文献】
1) 京都大学大学院工学研究科建築学専攻 環境構成学講座地盤環境工学分野ウェブサイト: http://takewaki-lab.archi.kyoto-u.ac.jp/takewaki_tsuji_lab/home.php
2) Uemura R, Akehashi H, Fujita K and Takewaki I (2021), Global Simultaneous Optimization of Oil, Hysteretic and Inertial Dampers Using Real-Valued Genetic Algorithm and Local Search. Front. Built Environ. 7:795577.
3) 日本建築学会, 構造最適化の最近の発展と設計への応用事例 (応用力学シリーズ 14), 6章.
4) Fujita K, Wataya R and Takewaki I (2021), Robust Optimal Damper Placement of Nonlinear Oil Dampers With Uncertainty Using Critical Double Impulse. Front. Built Environ. 7:744973.
5) 榊原 由理江, 河又 洋介, 藤田 皓平, 倉田 真宏 (2022), 目視点検が困難な吊り配管等を対象とした画像モニタリングシステム, 日本建築学会構造系論文集, 87 巻, 798 号, p. 725-736.