【竹脇・藤田研究室​】建築構造学の新しい視点と展開

誰もが使える理論を構築

 建物には固有の揺れやすい周期(固有周期)があり、これと地震波の周期が一致すると”共振”が起こり、建物が大きく揺れることで被害が生まれる。2011年の東北地震では、震源地から遠く離れた都市部の高層ビルが長周期地震動によって被害を受けた。たとえば大阪湾岸の超高層ビルでは激しい共振が発生したことで有名だ。そもそも高層ビルの固有周期は、地震の被害を防ぐためにあえて長周期になるように設計されている。このような長周期の地震動というものは起こらないとかつては考えられていたからだ。その他、かつては建設が想定されていなかったような地盤の緩い場所で、高層建築が建てられるようになってきたことが要因の一つだろうと考えられる。

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また、建物は揺れを受けるとある程度までは元に戻る性質(弾性)を持っているが、大きな変形を受けると元に戻らなくなる性質(塑性)も持っている。この変化は「塑性変形」または「残留変形」と呼ばれる現象を引き起こし、その後の建物の共振の周期を変化させる。通常は建物の強度が弱くなるので周期が伸びるが、この共振点を調べる方法として1960年頃に米国・カリフォルニア工科大学のグループが提案した「等価線形化法」が存在する。

 しかし、この方法ではコンピューターを用いて数千・数万回の計算を繰り返す必要があり、満足のいくものではなかった。そこでこの共振点を見出す新たな理論を発明し、2015年に発表した。具体的にはランダムな地震動をインパルス(衝撃)に置き換えることで、複雑な事象を単純な計算式で精度よく表すことに成功した。結果として、これまでのような計算の繰り返しが必要なくなり、簡易な計算式で答えを導き出せるようになり、世界中から注目を集めている。熊本地震のような震度7の地震が2度起こった時に、通常の1.5倍の耐震強度が必要になるという試算もこの方式でいち早く突き止めることができた。

 その後、数年に渡ってこの分野における種々の論文を発表し、大きな流れを形成することができたのではないかと思っている。この成果は、20世紀の後半に提唱された耐震設計の二大法則である「エネルギー一定則」と「変位一定則」の中間に位置するものであり、国内外で極めて高く評価されている。特に、等価線形化で有名な柴田明徳東北大学名誉教授から2016年に頂戴した「耐震設計の第三の法則である」という極めて高い評価は、その後の研究発展の動機付けには最高のものとなった。

図2

免震・制震のハイブリッドで世界一安全な高層ビルをつくる

 想定以上の強い地震が何度も発生するということになると、梁や柱の強度を高める耐震性能の向上を図るだけでは限界があり、近年では免震構造と制震構造が普及している。免震構造は建物の基礎部分と建物の間にゴム材料を用いた免震装置を入れることで、揺れを建物に伝えないようにする構造だ。一方、制震構造はダンパーを用いて地震エネルギーを吸収することで耐震性を上げる。現在ほとんどの超高層ビルの屋上に設置されているTMD(Tuned Mass Damper)は、地震の揺れに対して反対側におもりを動かすことで揺れを軽減させる制震装置の一例である。住友ゴムと共同研究を行い、ビルや木造住宅に簡単に設置可能な制震ダンパーを開発し、既に多くのビルや住宅で用いられ、熊本の地震でも効果が実証されている。

 また、現在力を入れているのが、この免震と制震をハイブリッドで用いることで究極的に安全性を高めた建物の実現だ。これまでは、両方の仕組みを設置するのはコスト面からも必要ないと言われてきたが、実際にはそれぞれ得手不得手があり、適切に組み合わせることで対応できる地震の幅が広がる。実際、長周期の地震に対して免震構造はあまり効果を発揮しないものの、直下型地震のような短い揺れはよく吸収する。逆に制震ダンパーは、直下型ではあまり効果がないが長周期の地震には高い効果を発揮する。東京湾岸に建設された高層マンションでは、のハイブリッドのシステムを採用し、短い急激な地面の揺れは免震で、長周期地震動には制震で対応するという設計が取り入れられている。

最悪地震動を知り想定外をなくす

 想定外の被害を発生させないため、限られた既知情報から発生が予想される地震動群を考え、最悪地震動(その建物に最も甚大な被害を及ぼすであろう地震動)を特定する研究をおこなっている。構成部材の性質やばらつき、地盤の揺れ方などを考慮した上で、その建物の固有周期をあらかじめ想定することで、それに耐えうるような設計を可能にしようという考えだ。合わせて建物の状態を調べる構造ヘルスモニタリングの開発にも力を入れている。これは建物を人間のような生き物に喩え、その性能が保持されているかを、主にデータ分析により明らかにするというもので、建物の健康が損なわれていることが判明した場合には、何らかの処置(耐震補強など)がおこなわれる。来るべき大地震に対して、老朽化した建物をそのままにしておくのではなく、適切な構造ヘルスモニタリングや耐震診断技術により性能を評価し、最悪地震動にも対応できるようにグレードアップを図ることは減災上も極めて重要になるからだ。

 また近年注目されているレジリエンス(復元力・回復力)という考え方に基づき、被害が起こってもすぐに復旧できる、回復力の高さに注目したレジリエントな構造物やシステムについて考えることも重要だ。制震や免震によって性能の低下をいかに最小限に抑えるかということだけでなく、補修に必要な部材がどれだけ素早く入手できるかといったことが重要となる。すなわち、建物単体を超えた社会全体の仕組みと関係した取り組みが求められている。

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