テキスタイルデザイナー・コーディネーター/安東陽子|境界をつくる布地
劇空間におけるテキスタイル
ーー安東さんはシアターカンパニーアリカ³ でもお仕事をされていますよね。
そうですね。シアターカンパニーアリカは舞台女優の安藤朋子さんと演出の藤田康城さん、テキストを詩人批評家の倉石信乃さんが担当、2001 年に設立した劇団です。元々安藤朋子さんは転形劇場⁴ という、実力派の人たちの集まる舞台にいた人なんですね。私は若い頃、たまたまその劇団の舞台を見ていました。それで今から15 年くらい前、アリカは、いわゆる舞台の衣装デザイナーではなくて、もう少し一緒に空間を考えられる衣装係を探していました。いろいろなご縁がありお声がけいただいて、私は舞台の空間におけるカーテンのような感じならコンセプトを考えられるし、一緒に手伝いましょうということで、メンバーに加わりました。
ーー劇場においては、見に来ているお客さんが、メディアコスモスなどでいう利用客にあたるわけですよね。だから衣装においても、安東さんは空間の質感・触感を観客と共有するということにフォーカスしている気がしました。
そうですね。あとは、衣装がどういう動きをするのかということが重要です。色だったり存在感だったり、あとは衣装に装備されたいろいろな小物でさえも、舞台の一部になります。また、観客たちにあまり衣装を衣装として見せないで、舞台装置として見てもらえたらいいなとは思うんです。衣装をうまく空間の一部として見せられないか、ということですね。ただし、他の装置と違うのは、やっぱり朋子さんの身体があるということなんですよね。体に貼り付いている装置みたいな感じもあって、他の装置よりも少し親近感を感じてもらえるような気がしますね。
ーー親近感と言いつつも、カーテンのように柔らかく見せようというよりは、もっと身体的というか、質量をもたせようという感じがありますね。
やっぱり身体的なところは大事ですね。もう長年作っているから、安藤朋子さんの身体のどこを見せると綺麗だとか、袖の長さはこのくらいにしたほうがいいとかも分かるんです。舞台女優としての動きのしなやかさ、チャーミングな部分を存分生かしたい。あとは朋子さんが纏う衣装とその舞台との関係が、どうお客さんに伝えられるかなど結構色々と考えてつくりますね。
ーー建築家と協働されるときの、山本理顕さんならこういうイメージがいい、などのお話と似ていますね。
そうですね。だから、他の舞台で知らない女優さんの衣装を作ってくださいって言われても、それは私の仕事じゃないですね。やっぱり安藤朋子さんだからつくれるんだと思います。
ーーこういった劇空間でのテキスタイルデザインが建築などの方面にフィードバックされたことや、逆に建築でやっていたことがアリカでの活動に活きたことはありますか。
基本的に、私は両方をほとんど同じ感覚で作っていますね。つくり方は違うとしても、衣装の考え方はカーテンをつくる感覚とほぼ同じで、あまり分けて考えていません。だからもちろん、相互に影響を受けているとは思います。ただ、その時々で舞台が目指しているものがありますよね。それは建築と似ていますが、それが舞台では少し強いものだったりする。やっぱり現実というより非現実の空間で、ちょっとした華やかさとか、気持ち悪さとかが欲しいじゃないですか。建築だともう少しリアルで、日常的なものですよね。それでもやっぱりスイッチが違うだけで、実は基本的に私の感覚は同じなんですよ。だからそこで頭を切り替えたり、苦労したっていうことは全くないです。むしろ自然にできる気がします。
それから演出にも、結構皆がそれぞれの役割の他のことに意見するんですよ。だから初日が終わったあと、あのシーンはこうしたほうがいいとか言うんです。私も衣装担当なんだけれど、結構演出家やパフォーマーともそういう話をします。
ーーそれは建築に対してもありますか。「ここの空間はこうしたほうがいい」、という感じで。
建築に対してはそんな風には言わないけれど、でも仕事をするうえで自分がやっていること以上のことに責任をもつようにしています。例えば収まりだとか、隣のフローにかかってるところをどうするか、とか。意見というよりは、やっぱり自分の役割の外のところまで、ちょっとはみ出て踏み出して、そこにもちゃんと自分も関わりをもてるようにしています。
アリカのときも、「それはちょっとおかしいよ」とか、そういう言い方はしないけれど、恐らく建築でも自分の仕事をする時に、そこと関わっている周りのことにもきちんと責任を持ったり何か考えていないと、結局自分の役割であるカーテンも収まらないと思います。
時代におけるデザイン
ーー少し別の話になってしまうんですが、安東さんは伝統に関しても興味をもたれているそうですね。そのときに、流行のなかでのデザインのあり方についてお話を伺いたいです。時代の潮流に合わせていくのか、それともあまり気にしておられないのか、どうなのでしょうか。
あまり気にしないですよね。流行を気にしたときは、もう既に遅れてるような気もするんですよ。
ーー建築界に対しては、なにか潮流のようなものを感じたりしますか。たとえば私は、なんとなく弱い、優しい方向に向かっているように思うのですが。
そうですかね。優しいというのは、建築が、一般的に分かりやすい言葉や考えで語られるようになってきたとも言えるかもしれないし、人々に受け入れられるようになってきたのかもしれない。やっぱり建築は特殊だから、我々デザイナーのなかで「いいね」ってなっても、なかなか皆がそれを本当にどう思ってるかは分かりませんよね。だから潮流のようなものは、あまり気にしないようにしています。
ーーテキスタイルやインテリア分野など、自分たちの業界の次の世代の人たちに対して、何か伝えることなどはありますか。
特に意識して何か、ということはありません。たとえばうちの会社⁶でも、私の仕事をやってる様子も言葉も何も隠さず全部皆に教えています。あとはそこから若い彼らは、自分がいいと思うものを見つけて、自分のやり方でやればいいと思います。別に真似しなくていいんですよ。
前の会社で前任者が会社を辞めた時に、私はいろいろな事務所に引き継ぎの挨拶に行ったんです。でもその前任者はすごく人気があって、結局私に変わってから建築の仕事は数年間ほとんど来なかった。しかも、私が挨拶に行った時に、「あー、○○さん辞めちゃったんだ、残念だな。○○さんじゃないとなあ。。」って言われたんですよ。それを聞いて、「うわあ、いいな」と思いました。
ーーいいな、とはどのような感情でしょう。
それまではどうやって前任者のあとを引き継いで、どう真似しようかということを思っていたんです。でも、挨拶をして先程の言葉を聞いたとき、もう一からスタートしようと思ったんです。その時は何にもできなかったですけど、これから自分なりに信頼を築いていけばいいと私は考えていましたね。だからこんな風にやったらうまくいくという方法も無いし、やり遂げられるかどうかはその人次第だと思います、という超いい加減なアドバイスです(一同笑)。
境界とは
ーーありがとうございます。最後に今回の雑誌のテーマについて質問したいと思います。私たちが境界について考えるなかで、境界をぼやけさせたり、なくしたほうがいいのではないかという意見がありました。でも今日のお話を聞いているとむしろ、境界があり、またそれが揺らぐことによって空間の質をより上げていると感じました。
そうですね。特にテキスタイルでは、仕切るとつなげるという違う感覚を同時にデザインできます。仕切るからこそ、相手と繋がっているような距離感をちょうどいいバランスに持っていけるということがありますよね。
半透明のカーテンは、ちゃんと仕切っているんだけれど、相手の気配を感じられるから繋がるし、綺麗な間仕切りをつくると、そこで両側の人が「綺麗ですよね」と、接点になるんですよ。カーテンは割とそういうものかなと思っています。私にとって境界というのは、意外と繋げる作用というか、機能があるものなんです。
それとはまた違う話かもしれないですが、私はいつも人の領域にちょっと入っていったり、何か曖昧な立ち位置から仕事をしてきました。境界を越えて、自由に行ったり来たりしたいっていうことがすごくありますね。
だから、実は境界っていうのはすごく大事なもので、外と中ってよく言うけれど、必ずそこをつなげるフィルターがあるわけで、そこで何か現象をつくる人間になれたらいいなと思っています。
ーーなるほど、ありがとうございます。まだまだ話題は尽きませんが、お時間が来てしまいました。本日は長い間ありがとうございました。
またどこかで会える気がするので。ぜひ、またお会いしましょう。
3 シアターカンパニー アリカ
2001 年設立。ソロを軸とするが、ゲストにダンサー、俳優、音楽家、美術家、映像作家らを迎え、多分野の人々とも共作。演劇の枠を超え、美術、音楽、建築、デザインと交響するパフォーマンスとして注目される。既成劇場によらぬサイト・スペシフィックな上演も多い。身体と共振するライブ演奏、メカニカルな装置の導入を通じ、身体表現の新たな地平を切り開いている。
4 転形劇場
劇団名。 1968 年演出家・劇作家の太田省吾を中心に結成。 70 年,東京赤坂の転形劇場工房を拠点に本格的活動を開始。
5 2013 舞台「しあわせな日々」で使用した小道具(帽子)。
6 株式会社 安東陽子デザイン
安東陽子 Yoko Ando
Yoko ANDO, born in Tokyo, is a textile designer and coordinator. Graduated from Musashino Art University Junior College of Art and Design, Department of Graphic Design. After working at Nuno Co., established Yoko Ando Design in 2011. She has provided textiles for public facilities and private residences designed by many architects. Joined Theater Company Arica as a costume designer. Major recent collaborations with architects include the Chinese Opera House in Taichung (Toyo Ito & Associates), the Kyocera Museum of Art (Jun Aoki & Tetsuo Nishizawa), and Makiart Terrace, a cultural complex in Ishinomaki (Sou Fujimoto & Associates).