渡鳥ジョニー×市橋正太郎×柳沢究|定住するノマド、揺れる境界

移動生活をヒントに建築について考える

渡鳥 移動というテーマにおいて建築界で議論が不足していると感じる領域があるか改めて聞きたいです。

柳沢 一つは先ほどちょっと触れましたけど、もう少し移動頻度が少ない住み替えという行為についてです。移動と定住は対立するものではないし、意外と明確に区別できるものでもない。しかしさあ引っ越そうと家を探すと選択肢が貧しい。1人暮らしでも、例えば土間や庭があって、そのかわり少し古くて手頃なものって今はなかなかない。そういった選択肢を増やすことが必要だと思っているんですけど。

二つ目は、全く違う文化のところに移動しなければならないというときに、そこにどう馴染むかという問題です。例えば難民問題について社会的に解決が求められていますが、建築についても答えが出せてないですね。そういう問題についてもバンライフだったり、ホッピングの話にヒントがあるかもしれない。

渡鳥 僕は新しいテクノロジーをどう転用していくかというところに可能性があると思っています。黒川紀章が情報化社会においてホモ・モーベンスや動民と言った人々が現れると予見しましたが、半世紀経ってようやくそれが実現できる段階にきていると思いますが、新しいライフスタイルをつくるという視点で活動されている建築界隈の人はまだまだ少ないと思っています。建築の持つ力はそこにあるんじゃないかと思いますし、分野の境界にこだわらずにもっと外に出ていけばいいのにと思います。

市橋 まちや都市における体験自体の設計も「建築」の範疇になると思います。ずっとそこに住んでる人と移動民との出会いや、コラボレーションの設計という観点においてのまちづくりは結構面白いと思います。京都で4ヶ月くらい一緒にシェアハウスをしていた香港出身のアーティストが、引っ越す時に日本の家は探しにくいと言っていたんです。そのなかで「Sayonara Kyoto」という訪日外国人だけのFacebookコミュニティでは活発に情報交換がされていて、たまたまそこで家を募集したら、持ち家だけど使ってないから住まないかと融通してもらえたらしいんです。日本でもそういう特定のコミュニティの中で、柔軟なやりとりが行われる空間とか、建築物とかがもっとあっていいんじゃないかと思いました。それは別に海外の人だけの閉じたコミュニティじゃなくて、開かれたプラットホームであってもいいんじゃないかと思ったりもしています。そういう開かれた空間がまちの中にあると、そこが起点になって、新しいコミュニティが生まれたり、活動が生まれたりするんじゃないかなと期待しています。

柳沢 不動産屋さんに行かないと探せないのではなく、知り合い、友達の中で借りる、借りられるみたいな情報交換がもっとあるといいってことですね。

市橋 さすがに変な人が来るのは困りますが、ある程度価値観が共有できているコミュニティの中だったら大丈夫だと思うんですよね。そこでどう信頼を担保するかに課題がありそうな感じはしています。

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定住と非定住の境界

ーー最後に、本鼎談につきまして、境界という言葉を聞いてどのようなことを考えられたかを伺いたいです。

柳沢 今日鼎談をするまでは移動と定住の違いについて考えていたんですけど、話を聞いてみて、線をしっかり引くというよりは、そこは曖昧でもいいから、移動的な生活と定住的な生活を横断したり、行ったり来たりすることがすごく大事であるということに気づきました。移動する暮らしそのものがいいというよりも、今までと違う環境に身を置くことによって得られる発想だとか、あるいは移動したことによって得られる新しい人間関係や情報だとか、移動による行動の自由度の拡大だとか、そういうところに価値があって、定住はそれを成熟させる環境なんだろうなと思いました。

そして、定住と非定住の両方があるのがいいということが今日の議論を通してとてもよく分かりました。お二人とも、ある時はかなり頻繁に移動してたのがある時には移動がゆっくりになったりとか、実は移動したくなかったとか、ライフステージによっても今は移動しなくてもいいというのが印象的でした。

渡鳥 選べるってことがいいですよね。

市橋 そもそも僕自身も、選択肢が無いのがおかしいという憤りから始めたことですから。移動生活が好きなんでしょとか、家をもたないことがいいと思ってるんでしょって言われるんですけど、そうではなくて、「暮らしに柔軟性をもつこと」が一番重要であって、そこさえ保てればどっちに振れようがいいんですね。今柳沢さんがおっしゃられたことと一緒でグラデーションが存在するので、定住と非定住のどちらかを0か100かで選ぶのではなく、その間のどのポイントをそのタイミングで選ぶかという考え方になればもう少し生きやすい世の中になると思っています。

柳沢 今日の話で、インドのバラモン教にある人生の4つの期間という概念を思い浮かべました。。「四住期」と言って、一つ目は学生期。2つ目が家に入って子どもを育てたり、財産を蓄えたりする家住期。3つ目がそういうしがらみから一切離れて森の中で瞑想・修行にふける林住期。最後が死ぬ前に乞食遊行する遊行期です。移動する生活は、そのうち林住期に対応した生活スタイルかもしれないと思いました。つまり移動か定住かという選択というより、人生のある期間にそういう生活をするということに、意味があるのではないでしょうか。社会全体で見ると、定住を中心とした社会に外から新しい知識を導入し​​たり、情報の循環や撹拌を促したり、そういう風通しをよくする役割を果たすのでしょうね。 

渡鳥 今日は定住と非定住の境界について話してきましたが、僕は何らかの境界は現れてくるものだと思っています。そもそも人間は言葉にしなければ物事を認識できません。ですので、今の移動とか定住といった既存の分け方ではなく、弁証法的に新しい領域みたいなものが出てくるんだと思います。

だからずっとふわっとした言葉でやってきたことがいつか何らかの形で定義されることになると思っています。遊牧から定住への移行とともに地面に固定された建築が人類史に生まれたとして、今また遊牧に戻ると考えたときにそのような建築はいらなくなるのかというと、そうはならないでしょうし、だからこそ新しい領域が定義されて発展していく可能性があるのだと思います。ライフスタイルで言えばそれはもしかしたら移動と定住を合わせる「動住」のような言葉で括られるのかもしれない。僕らはずっとそういった新しい領域を模索し続けてる実践者なだけなんです。


渡鳥 ジョニー Johnny WATARIDORI

ハイパー車上クリエイター。1980年生まれ。千葉県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。広告代理店での勤務、札幌国際芸術祭出展などを経て、「都市型バンライフ」を永田町にて実践。また、定額制コリビングサービス「LivingAnywhere Commons」八ヶ岳拠点にて、プロデューサー兼コミュニティーマネージャーを務めた。VLDKを通じた新たなライフスタイルの実装を目指す。2021年より分散型ライフスタイルの普及を目指すU3イノベーションズに参画。

市橋 正太郎 Shotaro ICHIHASHI

Address Hopper Inc.代表。1987年、兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。株式会社サイバーエージェント、株式会社mgram、WOTA株式会社を経て2019年より現職。2017年より非定住のライフスタイルを始め、「アドレスホッパー」と名付け広く発信。未来のライフスタイルの社会実装を目指す「FUTURE GATEWAY」の運営、移動式サウナ「Hoppin’SAUNA 」の開発、食や健康に関するプロダクト開発など幅広く活動する。

柳沢 究 Kiwamu YANAGISAWA

京都大学大学院工学研究科建築学専攻准教授。博士(工学)/一級建築士。1975年、神奈川県生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。神戸芸術工科大学大学院助手、究建築研究室代表、名城大学理工学部建築学科准教授を経て現職。20歳の頃に1年間のバックパッカー生活を経験。現在は、伝統的居住空間の現代的変容、時間的連続性のある空間更新、住経験という概念の確立・普及・設計への応用に関する研究に取り組んでいる。

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