【小見山研究室】境界線上で実寸大の物質性と戯れる
小見山スタジオ2022
まず2022年度のスタジオ課題では「建築とランドスケープ」をテーマに、その境界はどこにあるのか?両者が協働したとき・その境界が溶けたときに何が可能になるのか?を問うためにいくつかのプロジェクトに取り組んだ。
重なり合いながらも異なる専門分野である建築設計とランドスケープデザインとが協働するためには、まずお互いをよく知ることが必要だろう。現在小見山研究室で設計を進めている熊本の「人と車が共存する公園のような」自動車販売会社の建て替えプロジェクトでは、ランドスケープデザインが最重要な要素であり、僕自身勉強を始めたところである。
僕がミュンヘン工科大学に留学した時の先生リチャード・ホールデンは「less architecture, more nature」とのスローガンを掲げ、宇宙空間や砂漠、南極など、極限状況における極小建築(micro architecture)を多く設計した。彼は「lightness(軽さ)」をテーマとした授業のなかで、自然に敬意を払うべきとする過去の建築家たちの警句を多く引用した。グレン・マーカット「Touch the earth lightly(地面にはそっと触れよ)」、エーロ・サーリネン「Architecture consists largely of the art of placing an object between earth and sky(建築とは空と大地の間にモノを置く技術である)」。しかし自然に敬意を払うにしても、建築と大地との間には「そっと触れる」以外のインターフェースはありえないのだろうか。
SD9806所収の鼎談「ランドスケープ・アーキテクトが創る風景」において建築家の古谷誠章は「ランドスケープデザインが建築と違うのは「土壌」に関わっていること」と述べたが、ランドスケープアーキテクトの宮城俊作は「でもエコロジーは仕組みであって、形態など視覚的な表現対象ではないともいえる。その仕組みを象徴的に提示しつつ活性化して表現するための方法論が見つけだせないかぎり、土との関係をデザインの対象にはできない」と応えている。
しかし近年建築家たちはランドスケープアーキテクトとは異なるアプローチで大地との新しい関係を提案し始めている。建設排土を土壁の内装に転用した川島範久「GOOD CYCLE BUILDING 001」や、健全な土壌を保つ高床形式を再興した能作文徳「明野の高床(藁)」、ローコストの極地として土間を室内に取り込んだICADA「節穴の家」。本スタジオもこのような建築と大地との新しい関係(インターフェース)について、建築学からの回答を試みたい。特に「ランド(スケープ)」とカッコに入れることで、Sceneryだけではない建築と地面の関わり方も含めて取り扱いたい。
ゆえに本スタジオでは、①建築学以外の異領域の研究者への対話的リサーチ(著作を読んで感想を送る、インタビューする、など)によって「建築と大地の新しい関係」の仮説を立て、②それをまず実寸大の箱庭(=モックアップ)として検証し、③その検証結果を踏まえて(応用しても良いし、考えを改めても良い)「建築と大地の新しい関係」を建築空間として提案した。次ページ以降に本スタジオの成果を掲載する[2]。
[2] なお、6/28に小見山スタジオの最終講評会を実施した。午前は生物建築舎の藤野高志さんとオンライン/日本語で、午後は2m26のMélanie Heresbachさん&Sébastien Renauldさん、砂木の木内俊克さんと対面/英語で。フォーマットを変えて多様な角度から議論した。四回生&修士計6名の学生が3ヶ月の探求の成果を発表した。
池内優奈
―ゆるやかに外部と繋がり、森に混ざり合う―
自然の生き物はそれぞれが居場所を見つけるためにそれぞれの生存戦略を持って相互に作用し、混じり合いながら生きている。その一方で人間は自然を破壊することで場所を確保しているように思える。人間も自然と相互に作用し、混じり合いながら生きることができないのだろうか。人間の空間と自然の世界、二つを分けながらも、ゆるやかに繋ぐ最も単純なものとして網目のようなものを考えた。網目で出来た空間は、視界の行き来が可能であると同時に、目の粗さによってものの透過、遮断を選択することができる。これによって、空間の境界面では人間と自然が時には避け合い、時には関わりあう相互の営みが行われる。これらの営みがいくつも同時に起こり、この建築の輪郭をつくっていく。
―巣を張るように居場所をつくる―
自然の中で人間が居場所をつくるために必要なこと、それは虫や動物が巣をつくるときのように、周囲の木々や植物を即物的に捉えることではないだろうか。樹皮の素材感、樹形、季節による周囲の移り変わりなどに即して空間を構成する。一般的に建築が半永久的に存在し続けるのに対して、木々の生長や災害などによる環境の変化が起こった場合には、虫や動物の巣がまた新たにつくり替えられるように、この建築が再び同じ原理によってつくり替えられることを想定している。これらを実現するのに適した、豊かな生態系をもつ森林として奈良県大和郡山市にある母校、奈良学園が所有する森林の一角を考えた。
上田瑛藍
地中と大気の境界である地表面は、狭義の界面でありながら、それぞれの異なる気候や生態系に触れる広義の界面である。この界面にとっての「界面活性剤」、植物のように地中と大気を結びつけ相互に意味のある影響を与えるシステムを提案する。
人工的な緩衝帯として、点を集積させた面を仮想する。点群の3Dデータやフロッタージュのように、任意の面を仮想的な点群に変換し、細かな杭を地面に大量に打ち込むことで現実化する。植物が生い茂りさまざまな生物のシェルターとなるように、杭の隙間はこまかな生物の生態系を生む。粗密による雨量や光量の差は生態系を決定し、面の上ではマテリアルによらないテクスチャの変化が生じる。やがて植物がのび盛れば人とのせめぎあいが生じ、けものみちのように行動の輪郭が浮かんでくる。
森田健斗
建築と大地・自然を結びつける存在として、人家やその周りに生息する、小型の都市鳥の生態に着目した計画。種子散布者としてはたらく彼らは、人がある程度木を植えると共にカラス等の天敵から身を守る場所をつくることで、生息する環境を得る。そこを拠点として、敷地や周辺の大地に種がまかれ、その地固有の自然が再興する。人のための建築でありながら、人を利用する鳥が住みつく環境が出来たとすれば、鳥を介して人と建築・動植物・大地が関わりあう場が生まれるのではないのだろうか。
加賀大智
地球上の動植物を循環する有機成分は、摂食、廃棄、堆肥化、生育という循環を繰り返す。一方で毎年多くの食料が廃棄されている実態があり、これは非常に深刻な問題である。本提案では版築と呼ばれる土を建材に用い強く突き固める工法を応用し、堆肥化、つまり土に返した形の有機物を構造体として利用することを試みる。
堆肥化した生ごみ(有機性廃棄物)は版築生成したブロックとして構造化し、一つの大きなコンポストタワーとして生まれ変わる。それは村、まち、都市によって表情が異なる、食習慣の風土を映し出す都市の新しい風景にもなる。同時に、美しくそびえ立つコンポストタワーの姿は、人間の食品廃棄物の量を視覚的に示すことになる。荘厳ながら人間に内省を促すランドスケープの提案である。
野村祐司
地球上の地形は自然の力によって様々な形へと姿を変える。岩石もその地形の一つで、土地の気候や岩石の種類によって侵食・風化の仕方が変わり、思いもよらない不思議な形状が生まれる。このような自然の作用を利用して、侵食によって出来る形から空間の設計を提案する。
削られる物質と削り取る自然の作用の組み合わせによる新しい形の可能性を考える。数種類の侵食・風化の過程を再現したアルゴリズムをGrasshopperで作成し、フォトグラメトリを用いてモデル化した実際の地形をシミュレーション上で侵食させることで、現実にある地形とは異なる新しい形状を生成する。それを実際の空間でも実践し、初期形状によって半分はコントロールし、あとは自然にゆだねる新しい大地と建築の捉え方を提案する。
松岡桜子
建築と地面はどう一体になれるかということ。地面の上に建築をただ置くのではなく、建築もまとめて地表面といえるような状態を目指した。多様な地形を形づくりあらゆるものの環境基盤となる土という素材に着目し、実験的スタディを行った。その結果をもとに、斜面中腹に立つ戸建住宅を設計した。
素材側からの作用とその上で生活していく人間や植物側からの作用によって、地面とも建築ともいえない有機的な層が形成される。この層の存在により、建築と地面の関係は、地表面・盛土・基礎・建築物と明確に分けられていたものから、それら全て同一のものへと再構成される。