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建設産業における「境界」~建設産業においてつくられる「境界」、共有される「境界」、そして「境界」が決壊するところ~|古阪秀三

■3つの「境界」の現在を考えてみることにする。
1.建築と土木
2.発注者、設計者、施工者、CM等の境界の柔軟化
3.日本建築学会と建築情報学会、建築とMOT等の連携
■おわりに

― 1.建築と土木¹

建設生産システムには建築の世界と土木の世界がある。具体的に分ければ建築生産システムと土木生産システムといえるが、建築の世界では、広義(土木+建築)を建設生産システム、狭義(建築)を建築生産システムといっている。しかし、実務上、実態上、建築と土木の生産システムは大きく異なっている。しかし、建設業法、労働安全衛生法等の法制度上も、各種指定統計上も両者を同じ枠組みで縛っており、区別して扱うことが難しい。
しかし、今回はその違い/境界を①建設市場、②プロジェクトの調達方式、③プロジェクトの実施方法の観点から考える。

①建設市場
日本の建設市場は絶対額でいうと約60.9兆円(2020年度見込み)で、建設投資の構成では民間部門が全体の60.7%、政府部門が39.3%を占める。また、工事別では建築が61.6%、土木が38.4%であり、民間投資の大半は建築工事、政府投資の大半は土木工事である(→図1)。


②プロジェクトの調達方式
日本におけるプロジェクトの調達方式は、一般に土木は一式請負方式、建築は設計施工一括方式、あるいは設計と施工の分離方式である。建築の公共工事の場合、施工を建築工事、設備工事で分離することもあり、また、民間工事では特命発注も相当量行われている。近年ではこれ以外にも、建築分野を中心に、プロジェクトの多段階でのVE(Value Engineering)提案方式、CM(Construction Management)方式、PM(Project Management)方式などが民間プロジェクトを中心に採用されるようになってきた。これらの動きは国土交通省のみならず、市町村のプロジェクトでも進められつつある。まさに、新しいプロジェクト調達方式の採用に向けた研究が盛んになっている。


③プロジェクト実施方法における建築と土木の違い
 建築と土木共に特定のプロジェクトの一式請負契約において、建築では発注者と設計者、発注者と工事請負業者の2つの契約によって、3者間で工事を行う。一方で、土木では建設コンサルタントが設計を行い、その結果を発注者が買い取り、工事に関しては発注者と工事請負業者の二者での契約となる。
また、工事における各種の数量は、建築では参考数量となり、土木では契約数量となる。
さらに各種の専門工事、たとえば型枠工とは、建築では型枠大工のことであり、土木では型枠工事全体のことである。それらの結果、建築工事では下請契約の数が100種類を超えることが常であり、土木工事では10から20程度の下請契約の数になる。
また、建築工事では、下請(サブコン)と元請の工事管理手間節約戦略が多くなっている。具体的には、元請の現場係員の減少と、一方でサブコンの施工能力、計画管理能力が向上しつつあることから、サブコンへの材工共発注、計画管理業務の委譲が進んでいる。型枠工事では特殊な場合を除き、ほぼ材工共でサブコンに仕事を出している。鉄筋工事でも徐々に材工共発注になってきている。鉄骨工事に関しては、鉄骨工・鍛冶工を鉄骨サブコンが出し、とび工を元請が出入りの協力会メンバーから出すのが一般的である。とび工の仕事では仮設足場組工事等で枠組み足場をサブコンが保有したり、サブコンの手配のもとでリース業者から入手するなど、サブコンの材工共受注が進んでいる。鉄骨工事は材と工が分離された最後の領域的な色彩が強い。
以上、建築生産システムと土木生産システムの違いをいくつかの観点からみた。差異は大きいとみるべきか。

図1 建設投資内訳 ハンドブック2021トリミング済み.jpg

図1 建設投資の内訳(2020年度) 資料出所:建設業ハンドブック(2021国土交通省「建設投資見通し」)²

― 2.発注者、設計者、施工者、CM(Construction Manager)等の境界の柔軟化

日本における専門的な建築活動はお雇い外国人建築家から始まるが、それ以前の日本は棟梁と呼ばれる親方が木造建築をつくる文化があった。それが、明治時代にはお雇い外国人建築家が入ってきたり、昭和の初期には欧米に建築の勉強に行き、力をつけて帰ってきた日本人建築家があったりしたことで、欧米型の仕組みが取り入れられたという歴史がある。その中の一人である前川國男は詳細図どころか施工図も要らないほどに図面をしっかりと描いた。同時代に活躍した村野藤吾はあまり細かな図面を描かず、むしろ現場に張りついて設計していくスタイルで面白い建築をつくっていった。これらの内容の一部は、この二人(前川國男と村野藤吾)の設計による建築の施工に関与した企業で当時現場担当された技術者(前川國男の東京都美術館(大林組)、村野藤吾の京都宝ヶ池プリンスホテル(竹中工務店))に詳細なヒアリングをした結果である。両極端のスタイルの建築家が同時代に活躍していたということと理解できる。
その一方で、日本の建築士法、建設業法、建築基準法の三法が公布されたのは1949 ~ 1950年である。そして、これらは全て一式請負を前提としてつくられている。さらにいえば、1972年に制定された労働安全衛生法も元方責任が中心になっている。これらの状況を工事請負の観点でいえば、施工に関しては、かつての棟梁型のやり方が継続していて、元請企業が工事の技術面のみならず安全面でも全体の責任を負っているがごとくである。その法制度の現場においても、告示レベルで「実施設計に関する標準業務」として、「平面詳細図」、「部分詳細図」等の記述はあるが、具体的な内容に関しては解説が無い。実態を見た場合にも、大手組織事務所の所員でも、全員が詳細図を描けるわけではないし、それ以上に地方では、建築士がいても詳細図どころかもっと基本的な図面も描けない場合もある。ある意味ではゼネコンに任せきりなことがあり得る。もちろん、ゼネコンにおいても能力差は歴然とある。これらは、いずれにせよ、法制度に依存している日本の建設活動のなせることであり、欧米の職能制におけるものと相当程度の違いがあることになる。このようなやり方は日本でのみ通じる方法で、欧米のやり方でいえば、明らかにコンストラクター(constructor)としての役割といえる。欧米のコントラクター(contractor)としての統括の役割とはまったく構造が異なっている。例えばシンガポールで大型物件をやろうとすると、契約形態の違いが顕在化する。設計が日本の設計事務所の場合、日本のゼネコンは詳細図・施工図を描く職員を何人も常駐させるので経費が膨らむ。しかし、イギリスの建築家のもとで施工する場合は、そのような詳細図等を描くことはNO と言われる。それらは「自分たち(設計者)の責任だ」ということである。これらのことを端的に言えば、日本では建築士という資格が独占業務として定められており、イギリスではRIBA(Royal Institute of British Architects)という組織と職能があるが、それが業務と直結しているわけではないこと、つまり、イギリスは職能制、日本は法制度で成り立っていることによる。
ちなみに、発注者に関しては、前述の建築三法では、建築主、発注者、注文者、施主等の用語が法律ごとに採用されており、それぞれの法律条文で定義されているが、判然としない。

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図2 発注方式各種

― 3.日本建築学会と建築情報学会、建築とMOT(Management of Technology)等の境界と連携³

歴史ある学会、新規に発信し始める学会、大学における教育/研究の多様化、個々の研究者の横断的活動、これらの境界領域の一端を筆者の活動から紹介する。

①日本建築学会における建築生産シンポジウム
まずは建築生産の研究:従来学術として認識されることが難しかった建築生産の領域を、日本建築学会(建築社会システム委員会)と企業をつなぐ役割として1984年から始まった建築生産シンポジウムの活動。その10年前後前に欧米から総計的品質管理(SQC:Statistical Quality Control)が日本の製造業を中心に登場した。その流れが建設業界にも波及し、日本ではTQC(Total Quality Control)となって大きく普及した。その動きをより効果的に吸収することを意図して、京都大学と早稲田大学が協力して、「建築生産と管理技術シンポジウム」として活動を開始し、建築社会システム委員会が主催する大きなイベントとして、本年で既に37回開催している。37回目のシンポジウムでは発注方式、建築生産組織、産業構造、情報・通信技術の利用などの論文/報告が数多く発表されている。

②日本建築学会・建築社会システム委員会下のプロジェクトマネジメント小委員会
建築社会システム委員会の中にあるプロジェクトマネジメント小委員会は1998年から活動しているが、前身は1994年に発足したプロジェクトマネジメント特別研究委員会であり、建築分野におけるプロジェクトマネジメントに関する総合的研究を行い、常設の小委員会の発足へと繋がっている。特別研究委員会終了時には、『建築におけるプロジェクトマネジメントの展開と課題』という報告書を取りまとめているが、小委員会が発足してからは、原論的な議論のみならず、アカウンタビリティ、実施方式、バーチャル PM などさまざまな議論を重ねてきている。近年は、事例収集や調達方式などについても研究を重ね、最近は、発注者側にも視点をあて研究を開始したところである。また、日本コンストラクション・マネジメント協会(日本 CM 協会)が2001年4月に設立されているが、この日本 CM 協会の組織固めにも建築社会システム委員会メンバー、とりわけ当時のプロジェクトマネジメント小委員会メンバーが多数参画した。

③日本建築学会・建築社会システム委員会下の発注者小委員会
建築社会システム委員会の中で、初めて建築の発注者に関する研究を行っている組織である。その組織は「発注者の役割特別研究委員会」として資金支援を受けながら2007、2008年の2年間、建築プロジェクトにおいて最も重要な役割を演ずるべき発注者の実態を明らかにする活動を展開した。その実態は法制度上も希薄な状況にある。当時のこのような状況の下で、建築プロジェクトにおける発注者の役割やビヘイビアの実態を調査し、様々な発注者の類型を含めた今日の建築生産システムの構造を明らかにすることによって、このシステムが的確に運営されるような社会的環境(法制度、発注・契約システム、発注者支援ツール等)のあり方を明確化・提言することを目的とした。その後、発注者の役割特別研究委員会の成果を踏まえ、日本建築学会建築社会システム委員会の常設委員会として、「発注者問題小委員会(2009年4月〜2017年3月)」を設置した。2017年4月から2020年3月まで「発注者の役割小委員会」、2020年4月以降、「発注者小委員会」として、一貫して「発注者」に関する研究を継続している。
 その小委員会では、主に、以下の3点について、検討を行っている。
・今日の建築生産システムにおける発注者の役割の明確化
・発注者の役割が的確に果たされる社会的環境(法規制、発注・契約システム、発注者支援ツール等)の検討⇒発注者を評価する(褒める)仕組みの構築
・大学・実務における発注者教育のあり方の検討
さらに、「『発注者考』~建築プロジェクトにおける発注者の役割、責任、リスク~」を一般書として、世に発信しようとしている。

― 4.建築情報学会の活動について

情報学は「情報によって世界に意味と秩序をもたらすと共に社会的価値を創造することを目的とし、情報の生成・探索・表現・蓄積・管理・認識・分析・変換・伝達に関わる原理と技術を探求する学問である」と定義されるようで、建築学の中にも建築情報学会が2021年度から開始された。そのなかで、「長年建築生産システムとマネジメントの分野を研究されてきた観点」を踏まえて協議をしたいとのことで、当学会の世話役の方々と「コンストラクション・マネジメントから既存の枠組みと新たな領域の繋ぎ方を考える」とのタイトルで、日本の法制度とCMの意義、ガラパゴスを繋ぐCM、アカデミズムは外へ門戸を開くべき、などの内容の議論を行った。

このような新しい学会では、多くの若者が参加されるであろうし、伝統的な業務のやり方から新しい方向性、あるいは情報化されたしくみが生まれる可能性も高く、PM/CM等の情報もいずれ重要な位置づけになるものと考える。

― MOT(Management of Technology)等の活動について

MOTとは、日本語では「技術経営」といわれることが多く、少なからず、その分野を設置している大学がある。技術的内容、経営学的内容を兼ねた教育内容で、ある意味ではCMなり、PMの研究を受け入れる可能性もある。我々の私的研究会では「異業種連携研究会」と称して、出自が建築学、経済学、経営学などの研究者が集まっており、①日本の建設産業の過去、現在、未来の姿、②力仕事の時代から、知恵の時代へ、そしてAI等活用の時代へと変化、③異常気象から地球変動の時代へ、④建設産業の組織/産業構造の大改革へ、⑤人口が増える地域、激減する地域、⑥法制度と職能性、などの議論が行われている。

― ​6PM/CM教育研究会

本研究会は筆者が設立した私的研究会である。2017年に研究室の卒業生を中心に、希望があれば、それ以外の方々も参加可能ということでやってきたが、コロナ禍でしばらく休眠状態になった。その後、2021年10月から3か月に一度のペースで、PMなり、CMをやっている人たち、その一方で、発注者の立場、設計/施工の関係者、いずれの立場でも良いということで再開している。基本的には、1回につき、2組のPM/CMに関連する活動事例、研究成果発表等をして、その後に意見交換会をするという方法をとっている。

​このことは、大学建築学科の教育の問題というよりも、法制度と職能性の関係、建築と土木、MOTなど大学教育、その一方で、学会、協会等との関係、発注者の関与など、大きな流れの中で考えるべきことである。

【参考文献】

​1)古阪秀三:「建築生産システムと土木生産システム」、建築雑誌/vol116、No.1478/2001.10
2)(一社)日本建設業連合会『建設業ハンドブック2021』p6.2021.11
3)古阪秀三:「『CM×教育』におけるCMの教育と研究について」、機関誌『CMAJ』2022年度夏号/vol.68、2022.8


古阪秀三 Shuzou FURUSAKA

Shuzo Furusaka was born in 1951 in Hyogo, Japan. He was a Professor of Architecture System and Management, Department of Architecture and Architectural Engineering of Kyoto University. He had worked in construction industry for two years as a site manager, before returning to the University. He has been working in academic field for about forty five years. His main research themes are “Integration of Design and Construction”, “Restructuring Construction Industry and Construction System in Japan”, and “Project Management”. He was a President of Construction Management Association of Japan and Chairman of Committee on Architecture System and Management of Architectural Institute of Japan. He is now a Representative of The International Study Group for Construction Project Delivery Methods and Quality Ensuring System and Chairman of General Conditions of Construction Contract Committee.

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