【原田研究室】日常と非日常の境界
廊下を流れる煙と空気の境界
助教 仁井 大策
はじめに
火災時の煙は周りの空気よりも高温なので、温度成層を成し、天井に沿って流動していく。一般的な空間では、火災初期の煙と空気との境界面が目視できる程度に強く成層化する。しかし、周壁や天井に熱を奪われると、温度成層が弱まり、下部の空気と混合しやすくなる¹。特に、地下街や廊下のように煙の流動距離が長くなる空間では、この傾向が顕著になると考えられ、避難に重大な影響を及ぼす恐れがある。そこで、模型実験を実施し、煙の流動・降下性状を明らかにするための検討を行った。
模型実験による煙の測定・可視化
図1の実験模型を作成し、電気ヒーターで温めた空気を煙とみなして、その温度・流速を測定すると共に、白色のトレーサー粒子(霧化した工業用オイル)で熱気流を着色し、様子を見たい断面にシート状レーザーを照射して、煙の流れを可視化した。
図2は廊下中央部の流れ方向の断面(図1中の黄色の断面)を可視化した画像である。写真左から流れる煙が渦を巻きながら空気と混合している様子が見て取れる。一方、廊下中央部で模型を輪切りにした断面(図1中の青色の断面)では、図3に示すように、煙が壁面に沿って下降している。これは、周壁により冷却された煙が下向きの浮力を受けたためであり、下部の空気が煙で汚染される一因になり得る。下降する煙に挟まれた廊下中心軸付近では、渦の様子が時々刻々と変化しており、天井面近傍で激しい混合が起こっていることが確認できた²。
境界面降下のモデル化
一般に成層化した流体の境界安定性は勾配リチャードソン数Ri = gβ(∂ΔT/∂z)/(∂v/∂z)²に依存することが知られている³が、これは局所的な量であり、流れ全体を対象とするため、高さhの煙流入口での温度上昇値ΔTと流速Vの勾配の比を表すAr数(アルキメデス数)
を用いて煙降下高さを分析した。g,bはそれぞれ重力加速度、熱膨張係数である。煙層の質量収支式に対して煙と空気の混合量をAr数の関数として表し、次元解析により煙降下高さΔdを煙流動距離yとAr数の関数として
と求めた。ここで、Hは廊下の天井高さ[m]である。その結果を図4に示す。煙降下高さをおおむね予測することができてはいるが、実験データのばらつきも大きい。煙層と空気層との混合量や壁面での下降流をより詳細にモデル化すると共に、廊下両端の開放性や空気の流入条件も考慮した予測モデルの構築を目指している。
【参考文献】
1) 新田勝通:建築火災における煙流動予測に関する研究,京都大学博士論文,1994
2) 森口友寿,畠山侑己,仁井大策,原田和典,廊下状空間における煙流動性状に関する実験的研究 その1実験の概要と目視観察結果,日本火災学会研究発表会概要集,pp.55-56,2020
3) J.S. Turner, Turbulent entrainment: the development of the entrainment assumption, and its application to geophysical flows, J. Fluid Mech. 173, 431-471, 1986