インテリアプランナー/藤江和子|家具−そこに座るものがあること
建築と家具、人と家具
〜インターフェイスについて〜
ーー藤江さんは、家具について人と建築を繋ぐ「インターフェイス」という言葉を用いて表現されています。一方で、建築学を専攻する我々は大学の設計課題に取り組む際に、建築と人を直接繋げて考えてしまっているため、家具について言及する機会がないまま、学部の4年間を過ごしてきたように思います。ここからは建築と家具、人と家具の関係性についてあらためて考えていきたいと思います。
ーーあらためて、インターフェイスについての考えをお聞きしてもよろしいでしょうか。
私は建築という世界をベースにして家具を考えています。家具をデザインするときに、なんのためにデザインすれば良いのか、と自問自答します。例えば、どういうものをデザインすれば人に喜ばれるのか、あるいは社会に役立つのだろうかと考えます。そのような関係性を少しでも明確にするための材料としてインターフェイスという言葉を用いています。
ーーいつ頃からインターフェイスという言葉を使われていらっしゃるのですか。
かなり前からこのようなことは考えていたけれども、初めて言葉として使ったのは1997年のギャラリー・間¹での展覧会の時かな。展示会の1年ほど前にオファーが来て、予算内でどのような内容にするかを考える時に、それまでのことを振り返りながらこの先どうあるべきかを考えたのがきっかけです。その時に、私の仕事はどういうものなんだろうと考え直しました。あの頃の建築雑誌に載っている写真には人があまり写っておらず、それに対して私はおかしな事だと思っていました。何のために家具をデザインしているのかというと、ここに人が来て座ってくれたり、寝転がってくれたりと、人に利用してもらっているのを想像してつくっています。ギャラリー・間の時に私自身も、人が実際に利用している風景をつくるために必要な家具をデザインすることが自分の仕事だとあらためて考えました。それ以前も、意識せずに考えていたのかもしれませんが。
1)TOTOギャラリー・間のことで、社会貢献活動の一環としてTOTO株式会社が運営する建築とデザインの専門ギャラリー。
1997年「藤江和子の形象−風景へのまなざし」展を開催。
ーーそこからインターフェイスという言葉を用いて自らの姿勢を作品に表現されるようになったのですね。
公共スペースで使う家具をデザインすることが多いので、その家具が皆さんから評判が良いか悪いかはあまり重要視していません。椅子が柔らかいから良いということではなく、あそこに行ってあの家具があったね、あの建築の空間は素敵だったね、とか何かその時の出来事が人の記憶に残ることが重要だと思います。家具を利用してもらうことで、喜びだったり、驚きだったりと、何かその空間が人の感覚や記憶に刺激的なものとして残ればと思っています。
ーー家具は、空間からの刺激を促しているのですね。
そうですね。例えば、福岡大学に『モルフェシリーズ』という作品を置いているのですが、そこの上部は吹き抜け空間となっており、それに腰掛けて顔をあげることで、たまたま上階にいる人と目があったり、吹き抜け空間を囲む廊下を歩いている友達を見かけたり、建築の魅力的なところが見えたりすることがあります。そういったことを促すことができる家具をつくっています。だから家具をデザインするのは、建築が出来上がってからでも良いですし、建築の設計図を読み取りながら設計することもできます。このモルフェシリーズは建築の施工段階でデザインしたものです。いずれにせよ、家具は建築よりも肌に近いので、形状や素材、スケール感を用いて、建築と人をインターフェイスさせています。
ーーそのなかでも素材に対するこだわりが強いようにも感じるのですが。
素材に対するこだわりがそんなに強くあるわけではありませんが、その建築が建つ土地との関係で、地場産の木材や竹を使うことをテーマとして考えることはあります。伊東豊雄さんと協働したメキシコのバロックミュージアム・プエブラでは、大きなベンチにテキスタイルを使いたくて、手織りや色染めなどは地元の女性に伝わる伝統的な手仕事の技術を用いてつくりました。
ーーなるほど。建築による空間を引き立てたり、人間の振る舞いを引き起こしたりと、作品によって重要視する対象は異なるのですか。
どちらかを重視するっていうことはなく、必ず両方考えますね。例えば、古谷誠章さんとの協働作品である茅野市民館は、建築空間の高さはあるが幅が狭くて長く、斜路という非常に厳しい条件で、独特な建築でした。この市民館は駅舎と直結しており、通勤通学時には皆近道して利用するこの細長い斜路の空間を図書分館として成立させるための提案を行いました。図書館の利用者でない方も普通に利用できるようにしつつ、ある程度図書館としての居心地をどうやってつくるかが課題でした。両サイドガラスなので外の風景がよく見え、利用者は場所の特質を感じることができます。なので、視界が本棚で邪魔されず、外の様子や近所の人、友人が見えるように背板を塞がず、視線が通るような5mmの鉄板で本棚をデザインしました。
ーー桐蔭学園メモリアルアカデミウムの作品もかなり特徴的で、私たち建築学生から見ると圧倒されます。
かなり建築的ですね。作品集の中では家具的な機能をもった壁という表現をしており、私自身あまり家具と建築の境目がないと思っています。これは、栗生明さんと基本設計の段階から、一緒にやりましょう、というような感じで始まりましたね。シースルーのガラスの箱の中に階段があり、階段の下には大学の事務室などが、上階にはレストランをつくるとのことでそれらをどのように設えていくかが課題でした。どちらにしても階段の手すりやいろいろな物が出てくるので、空調、照明、情報機器などの設備類も全て、この巨大な家具に入れてみてはどうかと提案して、このようなデザインになりました。
ーーそういう点では建築らしい気がしますね。
そうですね。その分、設計施工はとても大変でした。これも、人の視線が抜ける、誘うための角度や高さで縦横のスリットの位置を慎重に決めたのです。壁を削ることで下にいる人が見えたり、神社の鳥居が見えたりするといいでしょ。ただ大きな壁があるということではなく、一つひとつの細かい操作によって、建築や外の風景へ視線を誘導したり、人と人とが目線で繋がったりできるのです。
ーー普通に歩いているだけでそのような体験ができるということですね。
そうです。普段の生活のなかで、体験できる、誘われるという意味で、最近では「インフルエンス」するというように考えるようになりました。例えば、槇文彦さん設計の島根県立古代出雲歴史博物館では、受付のカウンターを出雲の空気が封印されているような家具にしたくてね。出雲の神秘的な場所に家具をデザインするにあたって「気」の漂いを表現しました。これ以降の作品は、割とインフルエンスということも考えて制作していました。
ーーなるほど、建築と人だけでなく、空気や気も積極的に反映させること、それがインフルエンスなんですね。
プロダクトとしての家具
ーー家具というジャンルのなかには、量産が可能なプロダクトとしての家具もあります。そういったものを製作されることはあるのでしょうか。
いわゆる特定の建築空間を離れた家具ということなら、最近製作した『Synapse clover』というスツールがそれに当たると思います。つまりこれは建築プロジェクト前提でデザインしたものではない製品です。こういった試みは自分のなかでは初めてでした。
ーープロダクトとしては初めてなのですね。どうして最近こういうものをつくろうとお考えになったのですか。
そうですね。まず、特定の建築空間との関係だけで家具を考えていると、少し広がりが限られてきますよね。その関係性から少し離れて、新しい家具のあり方があるのではないかと思ったのが理由として一つあります。昔からどうしてプロダクトとしての家具デザインをやらないのかと言われてはいましたが、なかなかその余裕がなかったり、依頼がなかったりという背景がありました。そのなかでも、今の時代の流れに合わせて、小径木とか間伐材をどう使っていくかというテーマを考えたかったというのがもう一つの理由です。そのような流れで、今回このSynapse cloverを製作しました。
ーー屋内と屋外どちらで使うかというのは使い手が選べるのですか。
このスツールははじめから屋外にも置けることを想定して製作しました。そもそも、私は屋内でも屋外でも切れ目なく同じように生活したい、同じ家具を使いたいという願望があるんです。だから、インテリアとエクステリアの違いがよく話題に上りますが、そこに違いはないと思っています。しかしながら、外で使いたいなと思う家具がなかなかないんです。だから自分でつくることにしたんです。これは三点支持ですからすごく安定していて、なおかつ少し重さがある。だからちょっとした風くらいでは飛んでいかない。屋外でも使えるとなると、そうしたことも考える必要があります。
Synapse clover (Photo Credit:オカムラ)