【高野・大谷研究室】「包む音/取り巻く音」
音響数値シミュレーションへの音源指向性の導入
修士課程一年生 小川 晃史
はじめに
建築物は量産できるものではなく、特にコンサートホールなどの建築において、完成後に音環境が悪いと判明すれば取り返しのつかない事態になりかねない。一方で、コンサートホールはランドマーク的側面を強く持ちそれぞれが異なるデザインとなるため、音環境が良いと既に判明しているコンサートホールの内部空間をそのまま再現することは望ましくない。前例が少ない設計においても、設計段階で建築空間の音環境を正確に予測し、音環境の最適化の検討をすることは非常に重要である。
また、緒言にあるとおり我々は必ず何がしかの音に囲まれているため、コンサートホールのような音環境が特に重要視される建築でなくとも、音環境の予測は大切である。ここでは、予測手法の一つとして時間領域有限差分法を紹介し、音源指向性を導入した場合を紹介する。
音場予測の手法
音環境の予測には、音の波動性を無視し幾何学的にモデル化した幾何音響学的手法と、音の波動性も含めモデル化した波動音響的手法がある¹‘²。筆者は予測手法として、波動音響的手法の一つである時間領域有限差分法(以下、FDTD法)を扱った。FDTD法の特徴として、解析した音場の可視化が容易な点と、音場の過渡的な変化を観察できる点がある。
例として、反射壁付近での音の伝搬のシミュレーションを紹介する。図1に示すように、10m四方の2次元音場で、どの方向にも一様に音が伝搬する無指向性音源のシミュレーションを行った。ただし、音源に最も近い境界のみ反射壁、それ以外の境界は吸音壁とした。10m四方の室において、壁際で音が鳴る様子を、ちょうど真上から観察することを想像すると分かりやすいかもしれない。
音源指向性の導入
上記のシミュレーションに、音源の指向性を導入した場合を紹介する。発話や楽音など現実の音源は特定の方向で音圧が強くなる指向性を有しているが、音場予測では無指向性音源が仮定されることが多い。
図3に示すように、上述のものと同様のシミュレーションに、人が室中央方向に向かって発話する場合のような、反射壁の方向に音圧が小さくなり逆側の音圧が大きくなる音源指向性を与えてシミュレーションした。無指向性音源に比べて、0.001秒では室中央に向かう方向に音圧が大きくなり、それに伴ってその後は反射波の音圧が小さくなることがシミュレーションできた。
このように、シミュレーションに音源指向性を導入することで、シミュレーション結果が変化したことが分かる。任意の指向性を音場予測に簡単に導入する方法を確立できれば、音場予測の高精度化に資することができる。
【参考文献】
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豊田政弘ら『FDTD法で見る音の世界』コロナ社,2015
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日本建築学会編『初めての音響数値シミュレーションプログラミングガイド』コロナ社,2012