【平田研究室】「包むもの/取り巻くもの」を全て生かして
STUDY02 アンカー配置 ー市民の意見から配置計画が立ち上がるー
次の第2回ワークショップではアンカーの配置と施設の平面計画についての議論がなされた。具体的な模型を参考にイメージを膨らませてもらい(fig.07)、アンカーの中や周囲での活動、施設へのアプローチ、アンカー間の移動について、期待することや改善点をワークショップのなかで考えてもらった(fig.08)。得られた回答のなかにはアンカー同士の位置関係を示唆するものが30個近くあり、平面計画の段階で考慮すべき要件が浮かび上がってきた。例えば「子どもをこの施設に連れていくなら駐車場から子どもの遊ぶ場所が近くに無いと荷物も多いから大変だ」という要望からは「駐車場」とアンカー〈子〉が近しいという要件が読解できる。近しいものには+1、逆に離れているべきものに-1の評価を、30個近い回答から計上することで、市民の意見から平面計画の要件をマトリクスにまとめることができた(fig.09左図)。
それらのマトリクスをGrasshopperを用いて平面上で解くプログラムを開発し、疑似的に平面計画案をつくり出した(fig.09右図)。Grasshopper内のKangaroo2には[Grab]というコンポーネントがあり、解析の対象となる点を自由に変位させることができ、同時に解析をまわしてくれる。つまり、任意のアンカーを動かした場合に上記の市民の要望から抽出した関係性を満たす平面配置が同時に算出される仕組みだ。上図(fig.09)のようなワークショップで得た意見から機械的に算出される平面配置案と、実務的な要件や従来の計画学的な諸条件を照らし合わせながら何度も往復することで、より理想に近い平面配置を検討していった。
ワークショップと機械演算の横断的な設計プロセス
それだけではなくデータ解析的な設計手法はワークショップの市民参加の仕方にも影響を及ぼすのかもしれない。というのも、STUDY01、02で用いた設計アルゴリズムは再現可能な透明性があるので、入力されるデータ(=ワークショップでの意見)自体が設計を左右する重要なファクターとして等価に扱われるからだ。ワークシートに記入された回答のみならず、会話のなかでちらりと耳にした意見すらもEXCELに入力しておくだけで設計案に反映されてしまう状況だったので、「少しでも多く意見を聞き出そう、意見を伝えよう」という気分が会場に共有されていた。
以上で部分的ではあったがプロジェクト紹介を終えようと思う。第3回ワークショップ以降は〈ルーフ〉が主題となり、小千谷を取り巻くもの(大局的な小千谷の地形、市民の記憶に残る心象風景やエピソード)をもとに形態のレベルで共感可能なシンボル性をもった屋根を設計しているところである。誌面の都合上、詳細な紹介はここでは控えておきたい。
実践的な制作活動のなかで
〈アンカー〉の設計プロセスにおいて設計アルゴリズムの開発と運用の仕方で頭を悩ませていたある日、「もう少し設計者としての意識をもって考えたほうがいい」とエスキスされたことがある。上で示したような機械的なアルゴリズムによって市民の意見だけで建築をつくろうとする方法はきっと自立せず、他にも作家的な意志決定や実務で培われる知見とが混ざり合ってしかるべきだろうと思う。逆に言えば、前時代的な設計のように設計者個人のデザイン力だけではコレクティブな理想形にはたどり着くことができず、もう少し建築を取り巻いている物事をつぶさに分析しそれらを包み漏らさないような思考方法がなされるべきだ、ともいえるのではないか。
そういえば、筆者は同じようなことを研究室における別のプロジェクトでも考えていたところがあるので最後に少し話しておきたい。それは小千谷プロジェクトがはじまる以前の冬に行った新建築オンラインとの連載企画で、寒さが厳しい北大路ハウス(弊研究室が設計した京都の建築学生が住まうシェアハウス)を舞台に、温熱環境工学の小椋・伊庭研究室と協働し温熱環境を改善するデバイスをデザイン・制作するものだった。小椋・伊庭研究室の監修で現在の北大路ハウスを取り巻く温熱環境について温度・湿度・風量・日射量などの要素を詳細に分析することで、課題発見とデバイスの設計を進めていった。
これまで、筆者はそのような目に見えない環境を分析するツールを持ち合わせていなかったため、こうした温熱環境的な要素から設計がデベロップしていく体験は個人的に興味深いものであった。また、打ち合わせや制作のために何度も北大路ハウスに滞在するうちに、そこで暮らす住人の住まい方や、実際の体感する温熱環境を鑑みて設計内容を修正したこともあった。連載の締め切りやデバイス部品の納期の関係から早く設計を完了させなければならなかったのだが、もう少し北大路ハウスを取り巻く温熱環境や実際のライフスタイルを分析していたい、という気持ちが芽生えた。連載企画が終了してからもそのデバイスは北大路ハウスに現存しているが、一抹の不安が的中し、電気代が思ったより高くついていたり、夏場の温熱環境に悪い影響を及ぼしたりと、分析不足による想定外のことも起きている……。
さて、建築の周囲を取り巻く物事は存外に複雑多様で、クリアに捉えることが難しいのではないだろうか。目に見えないものをコンピューターの力を借りて解析したり、一旦現実にはしらせてみたり、色々な人の思考を取り込んだりすることで取り巻くものすべてを生かして建築を作ることができれば、それは多様な強度をもった一つの理想形ではないだろうかと、平田研究室で設計制作活動を実践するなかで考えてみた。