• HOME
  • ブログ
  • PROJECT
  • 【小椋・伊庭研究室】「巣」の環境の築き方の時代から、その在り方の時代へ

【小椋・伊庭研究室】「巣」の環境の築き方の時代から、その在り方の時代へ

遺跡・遺構・磨崖仏など屋外文化財の保存・公開方法

~元町石仏の保存を事例に~

教授 小椋大輔

助教 髙取伸光

はじめに

 当研究室では、文化遺産の保存と公開における劣化進行の抑制を目的とした物理環境の制御の目標値設定とその方法を明らかにするための研究を行っている。ここでは、その中でも建造物、遺跡、遺構など屋外にある文化財(以下、屋外文化財)を取り上げた保存の問題を考えてみたい。文化財は、その物が有する価値(オーセンティシティ)を損ねるような急激な劣化進行が生じないように保存し、後生に引き継ぐこと、また、それを公開し、その価値を広く知ってもらうことの両方が重要であるが、保存が担保された上で公開を行うことが原則といえる。これまで多くの屋外文化財は保存のために樹脂処理を行うなど文化財自身の強度を上げることによって対策を講じることが多かったが、劣化進行の要因をできる限り取り除く有効な対策の一つとして環境制御による保存方法の重要性が増してきている1)

 

文化財と劣化現象とその要因

 文化財の劣化現象と物理環境の関係は、劣化現象の要因となる現象から整理することができる。例えば、筆者らは敦煌莫高窟第285窟壁画の劣化要因の検討を行い、表1に示すような劣化現象と要因の関係について整理を行ったものである。変色・褪色、亀裂・剥離・剥落、カビ等による汚損は、光、温度、湿気等の環境要因による影響が大きい2),3)。損傷の要因の一つであるとして、気流による砂粒子等の衝突も環境要因に含まれる4)。虫等の生息場所の温・湿度等は重要な要素の一つと考えられ、環境要因が間接的に関係している。

 

屋外文化財の保存・公開における環境条件と制御について

 屋外文化財は、地盤との接し方や晒される屋外環境の違いと、それを構成する材料の違い、またそれを保護する覆屋のような保存管理施設などの有無を含めた違い等があり、それぞれの屋外文化財が抱える劣化現象は、表1で示すように複数あり、対象ごとに主となる現象は異なる。多くの文化財が常に劣化進行の懸念があるため、その現象の要因となる条件を明らかにすることが保存・公開のためには必要である。

 その中で筆者らが取り組んできている屋外文化財の一つである元町石仏という磨崖仏を例に紹介する5)

 元町石仏は、1934年に国指定史跡に指定された大分市を代表する磨崖仏の一つである(写真1,2)。磨崖仏は、岩壁に直接彫られた石仏であり、空間側の環境だけでなく岩盤を通じた熱や降雨、地下水などの影響も受けるため劣化の生じやすい環境にある。近年では、特に冬期に塩析出やそれに伴う劣化、いわゆる塩類風化が懸念されており、複数年に亘る現状把握と現地での各種対策の予備検討結果を踏まえ、その対策として2015年11月に覆屋内温湿度環境を調整することで硫酸ナトリウム(以下Na2SO4)による塩類風化を抑制することを目的とした覆屋改修が行われた。具体的には塩類風化を進行させるNa2SO4がThenarditeの状態をとらない高湿環境条件が設定され、それを満たすように覆屋の断熱性向上、気密性向上、日射遮蔽性向上を目的とした窓・扉の断熱・気密化、日射遮蔽板の設置、常時閉まるような扉の設置などの改修が行われた。図3にNa2SO4の温湿度と相状態の関係を表す相図に、石仏の劣化進行が懸念されている膝部の改修前後の温湿度の計算結果を重ねたものを示す。図より、改修前では石仏膝部が冬期にThenarditeの相状態をとるが、改修後にはその相状態にならないことが分かる。結果として、改修後にはNa2SO4の塩析出がほとんど生じず、劣化進行を大幅に抑制できていることが確認された。

ただし、高湿であるが故にカビの発生は抑制できておらず、観覧環境としての管理の課題と、析出の抑制された塩が石仏表面に蓄積してくるため脱塩を定期的に行う必要があり、特に後者の方法の開発が求められている。当研究室では脱塩手法の物理化学的な基礎理論から検討を進めている6)

写真1 元町石仏を保護する覆屋

写真2 元町石仏薬師如来像 (​膝部を中心に塩の析出が見られる)

 

図 石仏膝部の1時間ごとの温湿度計算値とNa2SO4の相関の関係

 以上のように、屋外文化財の保存・公開上の難しいところは、文化財の劣化対策といった保存の観点だけでなく、観覧者の存在を考慮した公開の観点から環境条件を設定する必要があることである。全ての要求条件を満遍なく満たす解があれば良いが、多くの場合満たすべき条件の優先順位をつける必要がある。

屋外文化財の保存・公開のための環境設計

 「はじめに」で述べたように文化財の保存・公開のための環境設計において、まず保存の観点から環境条件を考える必要がある。その際、現状把握を元にした文化財の劣化原因を同定し対策を講じることが求められる。そのための検討手法の一つとして当研究室では数値解析いわゆるシミュレーションを用いることが多い。上の例で挙げた元町石仏では、計測だけでは分からない材料内部の温湿度等を把握しつつ劣化現象の形成メカニズムを明らかにすることや、保存対策の効果を定量的に予測することができた。

 上記のとおり、劣化要因が特定でき環境条件が設定できたとしても、覆屋などの建築的対応や、空調などの設備的対応により環境を実現させる方法はオーセンティシティを前提とした条件の下で考える必要がある。また、環境制御の運用方法、複合的な劣化現象が生じた場合の環境条件の設定方法、今後の気候変動を考慮した文化財の劣化対策など課題も多い。

 これらを考慮した環境設計手法を確立するために、常に個々の文化財の現状に向き合いながら、保存・公開のための環境設計におけるより最適な解を導き出せるような汎用的な技術を開発していければと考えている。

【参考文献】

1) 建石 徹:模擬古墳 -遺跡・遺物の保存と活用を考えるための実験的取り組み- ①史跡の現地保存と遺跡の露出展示-取り組みの理念と歩み-、考古学研究、第67巻第1号. pp.12-16, 2020.

2) D. Ogura, S. Hokoi, T. Hase, K. Okada, M. Abuku, T. Uno: Degradation of Mural Paintings of Mogao Cave 285 in Dunhuang, Proceedings of the 2nd Central European Symposium on Building Physics(CESBP 2013), Vienna, Austria, September 9 -11, pp. 499-506, 2013.

3) 中田雄基, 鉾井修一, 小椋大輔, 岡田健, 蘇伯民, 宇野朋子, 高林弘実, 渡辺真樹子:敦煌莫高窟第285窟壁画の劣化要因の検討, 日本建築学会大会学術講演梗概集. D-2, pp. 301-302, 2014

4) Akane Mikayama, Shuichi Hokoi, Daisuke Ogura, Ken Okada, Bomin Su: The effects of windblown sand on the deterioration of mural paintings in cave 285, in Mogao caves, Dunhuang, Journal of Building Physics, pp.1-10, May 30, 2018

5)高取伸光、小椋大輔、脇谷草一郎、安福勝、桐山京子:覆屋の改修が石仏の塩類風化に与える影響の熱水分移動解析による評価 ―元町石仏の保存に関する研究 その2―,日本建築学会環境系論文集,第85巻,第768号,pp.137-147, 2020.2

6) 高取伸光,小椋大輔,脇谷草一郎,安福勝,桐山京子,“電荷を有する多孔質材料中の熱水分塩同時移動と浸透現象”,日本建築学会近畿支部研究報告集・環境系,第60 号, pp.313-316, 2020.

関連記事一覧