建築家・米澤隆|笑い顔、怒り顔、泣き顔、多義的な顔を持つ建築のゆくえ
― 「海沿いにあって、海に沿わない家をつくろう」
米澤—直近のプロジェクトは、並行して異なる設計手法を提示し、実験的に進めていきました。その一つが「進化論的設計手法」をもちいた『海の家、庭の家、太陽の塔』です。これは愛知県知多市の海沿いの敷地に建つ住宅で、周辺環境のコンテクストを引き受けたトポロジカルな建築です。
まず始めに、前提となる周辺環境のポテンシャルをリサーチやスタディを通して洗い出しました。この作業を行いながら、パソコンにおける環境設定のように思考基盤を調整していったわけです。次に、海沿いに立地する住宅作品をリサーチし「塔型(垂直並列軸型)」「メガホン型(直列軸型)」「リゾート型(水平並列軸型)」といったように平面構成により類型化を行いました。それを基本として、考えうる限り多くの案を機械的に出し、それらを先ほどの環境設定した思考の中で生物の進化過程のように淘汰していきました。生物進化論的プロセスに則りバリエーションと環境への適者生存を繰り返す形で、設計を進めたのです。その過程で、「海沿いにあって海に沿わない家」という、建築を進化させるようなキーワードに出会いました。
海沿いの建築を考える上で、別荘や旅館といった非日常のための建築の場合、一つの強い空間性に特化しても良いのでしょうが、今回はそうではなく住宅です。住宅は日常の生活の舞台であり、それには明るく開放的なだけでなく暗く落ち着いた空間など、様々なふるまいを受け止める多様な空間が不可欠なのです。そういったことを意識していくと、目の前の広大な海に向かって宙に浮くように突き出す矩形の「海の家」、東側の住宅街に向かう庭に張り出した家形の「庭の家」という二つの形式が見えてきました。そうするとその両者をつなぐ何かが必要だということ、潮風に対する外装のメンテナンスを効率的に行いたいということなどから、動線の要ともなり、空に向かいそびえ立つ「太陽の塔」というアイデアが浮上してきました。この塔のてっぺんから水を撒けば、外装の潮風による汚れは簡単に洗い流せます。
こうして、周辺環境のポテンシャルを顕在化し増幅させるように、海、庭、太陽という三つの軸から環境に応答した建築が生まれました。オリジナリティがあり多様でありながら、同時にその環境に適した建築となりました。
—この住宅は東西と北側の三面が接道していますが、そこにはどのようなエレベーションの考えがありますか。
米澤—東側の住宅街に面する「庭の家」では、近隣の家々に倣って切妻屋根を採用しつつ、既存のブロック塀を取り払いました。こうして、まちと地続きに庭をしつらえ軒と縁側を張り出させることで、近所の人々のコミュニティの拠り所になるように考えています。
一方、西側では、近隣に並ぶ家々がその海沿いに建つというポテンシャルを生かしきれずにいたので、周辺のコンテクストに合わせるということはしませんでした。この場所は海があって豊かな空間なんだけど、その魅力や場所性を生かしきれていない。だから、海沿いを生かした風景ができていくように、うまく建築がここでの暮らしを想起させ、顕在化させるべきだろうと考えたんです。そうしたら、よりこの場所の豊かさが生きてくるのではないかと、メッセージを発信する役目を持った「顔」のつくり方をしています。「海の家」では一階をピロティとすることでリビングのある二階を宙に浮かし、その上にルーフテラスを設けました。これは地域の中で、この建築が海沿いならではのライフスタイルを体現したプロトタイプになることを狙っています。