【竹山研究室】ー驚きと喜びの場の構想ー
― 他者との関わり
ここからは、具体的な設計の内容にも一部触れながら説明していく。先述の通り、個々のプロジェクト同士は互いに関連し合いながら共存している。そして学生によっては一箇所あるいは複数箇所に集中して建物を設計する者、広範囲にまたがる緩やかな場の構想をする者、あるいは敷地を設定せず可動式の屋台を設計した者など、敷地の規模は異なった。多様な案が複雑に交錯し合うことで本計画の全体像は成り立っている。
ある学生は「水」をキーワードに場を計画した(B-01)。桂キャンパスの広大なヒルトッププロムナードの上を蛇行しながら流れる水路をつくり、親水空間を生み出すというものだ。水路の縁はその高さや幅を徐々に変え、単調だったプロムナードの風景に潤いと抑揚を与える。水辺には人々だけでなく、鳥が止まったり、周りの山に住む動物や水辺を好む昆虫も集まるかもしれない。水は北側、つまり標高の高い側から供給され、桂キャンパスの軸上をまっすぐ水平に伸びる水道橋を流れてBクラスターのヒルトッププロムナード上の水路へと落ちる。水道橋は、桂キャンパスのシンボルであるプレストレストコンクリートの時計台と呼応し、新たなランドマークとなるだろう。
一方、B、Cクラスターの間には市が所有する御陵公園が挟まれている。そのためここではプロムナードが途切れている。ここは学内の動線と公園利用者の交差点であるが、人はそれぞれの目的地へ向かってよそよそしくすれ違うばかりで、交差点はぽっかりと空いた誰のものでもない場所になっている。つまり交流を促すことはおろか、何者も受け付けない場所になっているのである。ここを誰のものでもある場所にするため、交差点とその周囲を広場として一体的に計画する提案があった。広場内には、学生や教員のスムーズな移動を可能にする歩道橋(C-01)や、多様な人々が場所を共有するための絡み合う道(C-02)、広報のためのギャラリー(C-03)、京都市を一望できるテラス(C-04)、立体的な緑の空間(C-05)が複数の学生によって個々に提案され、互いの場のイメージを共有しながらまとまりとして計画された。また、ここでは先ほど述べた水の提案と対応するように各所に池が設けられている。
また、南端のAクラスターでも水の連続によって案が重なり合っている(A-02、B-01)。本キャンパスの主要動線であるヒルトッププロムナードは、三つのクラスターを大きな弧を描きながら結んでいるが、Aクラスターに入ると突如として途切れてしまう。Aクラスターには建物4階分の高低差があるものの、上下の移動を担う階段は建物の陰に隠れていて薄暗い。幅も人がすれ違える程度のささやかなものである。ある学生はAクラスターのプロムナードを緩やかに延長してキャンパス全体の繋がりを強めながら、中庭にはその高低差を活かして立体的なカフェや多目的スペースを提案した(A-02)。立体通路上には、ヒルトッププロムナードを流れる水路がそのまま引き継がれ、中庭では立体的な空間構成を活かした滝や水路へと変化している。
このように、一人の学生の提案が他者へと影響し、また新たに生まれた場に対応して元の学生の提案も変化している。最初に提案された時はばらばらだった案が歩み寄ることで徐々にまとまり、新たな全体像がつくられていった。
また建物同士の関係性だけでなく、提案するキャンパス生活も学生間で繋がっていった。未開発のDクラスターに、銭湯を計画した学生がいた(D-01)。Dクラスターには竹林が広がっており、竹を活かしたアプローチや風呂場、休憩スペースが計画されている。学校とニュータウンから二つの軸線が引かれ、その交差点にこの銭湯は位置しているが、銭湯という機能の特性上この建築はあまり開放的なものではなく、他から隠れるようにして建っている。地域軸を進んでいくと最初は竹林に囲まれているが、視界は徐々に根元から竹の葉へ移り、軸の終点では嵐山方面を望む
風景がひらく。階段を降りると竹林に囲まれた銭湯があり、竹に囲まれた非日常的な空間で研究や日ごろの疲れを癒すことができる。またこの提案と関連して、銭湯の近くには京都大学関係者用のゲストハウスと一般向けのキャンプ場の複合施設も提案されている(D-02)。京都大学やニュータウン、ゲストハウスとキャンプ場の複合施設、そして銭湯が生活の一連の流れとして繋がっている。
― 驚きと喜び溢れる場
本スタジオの成果物は企画書としてまとめられ工学研究科に提出される。各案は先述の通り独立かつ連続している。部分的であっても段階的に実現され、桂キャンパスに寄与できることを私達は期待している。
本計画における部分と全体の在り方は複雑系から着想を得たものである。複雑系とは、生命や社会、物質などの複雑で予測不能な挙動を科学するものであり、その根底には全体は部分の総和以上であるという考え方がある。逆に、全体は構成する部分の性質には還元しきれない。本計画においても同様なことが言えよう。桂キャンパスの全体像は各学生の個別の案には還元できない。個別の案も全体には包含されない豊かな特徴を持っている。
関連することはただ連続することではない。むしろいかにして独立するかということが重要なのではないか。そして独立したもの達の多様性によって生まれる変化や抑揚や連続に、人は驚きと喜びを感じるのではないだろうか。本計画は設計者集団に内在する他者性によって、豊かな経験を創造しようと試みたものである。
<参考文献>
『無縁・公界・楽−日本中世の自由と平和』(平凡社ライブラリー、1996)
『ガイドツアー複雑系の世界−サンタフェ研究所講義ノートから』ミッチェル・メラニー著/高橋洋訳(紀伊国屋書店、2011)
『複雑系を哲学する:「生成」からとらえた「存在」と「認識」』 小林道憲(ミネルヴァ書房、2017)