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「鉄とガラス」のクリスタル・パレスにおいて木材が果たした役割|小見山 陽介

― 2つのクリスタル・パレス

 1851年万国博覧会会場としてロンドンのハイドパークに建設された仮設建築物(the Exhibition Building in Hyde Park)と、それを解体・移築して同じくロンドンのシドナムの丘に建設された恒久建築物(the Crystal Palace at Sydenham Hill)は、いずれもクリスタル・パレスと呼ばれた(前者は愛称として、後者は正式名称として)。博覧会時のクリスタル・パレスは三階建てで、内装を含めて9ヶ月の工期で完成した。移築後のクリスタル・パレスは規模が拡張され五階建てとなり、完成におよそ2年の歳月を要した。1851年の万国博覧会とクリスタル・パレスはヴィクトリア時代におけるイギリスの産業・文化の象徴であったが、閉幕後、産業・文化育成的な側面は万国博覧会場に近いサウス・ケンジントンに残され文化コンプレックス「アルバートポリス」を構成することとなり、建物自体はパクストンらによって結成された民間のクリスタル・パレス商会に売却されてシドナムに移築され、鉄道網と結びついてヴィクトリア時代のレジャーの象徴として成功を果たした。

図版1 ハイド・パークのクリスタル・パレス長手方向断面図(『The Building Erected in Hyde Park for the Great Exhibition of the Works of Industry of All Nations, 1851』収録の図面を筆者がトレースし、CADデータ化したもの。以下、特記なき場合同じ)

図版1 ハイド・パークのクリスタル・パレス長手方向断面図 (『The Building Erected in Hyde Park for the Great Exhibition of the Works of Industry of All Nations, 1851』収録の図面を筆者がトレースし、CADデータ化したもの。以下、特記なき場合同じ

― 鉄とガラス、と木

研究者ペドロ・ゲデスは『Contesting accepted narratives of the 1851 Crystal Palace』(2006)1)において、英国の建築専門誌『Builder』の1852年5月22日付け記事の記述から、クリスタル・パレスにおいて主たる材料はむしろ木材であり、体積にして鉄の27倍近くが使用されたと主張している。木材は、請負業者Fox Henderson and Co.によって特別にデザインされた機械によってロンドン市内の別作業場で製材され、機械の力を借りた大工たちによって現場で加工され、数百の木製屋根トラスが鋳鉄製のものと同じ見た目になるように製作されたという(しかし、オーウェン・ジョーンズによる色彩計画に基づいた塗装により、木材・鋳鉄・錬鉄の違いは一見わからないように竣工後の建物では隠蔽されてしまった)。これは、神話化された「鉄とガラス」のクリスタル・パレスを、市井の建築も含めた同時代の技術状況・社会状況へと接続しうる重要な指摘である。

1)Guedes, P.D. (2006).‘Contesting accepted narratives of the 1851 Crystal Palace’. In:T.McMinn, J.Stephens and S.Bacon, Proceedings [of the] Society of Architectural Historians, Australia and New Zealand XXIII Annual Conference 2006

― クリスタル・パレスの設計図書

こうしたゲデスの主張を裏付けることは可能だろうか。それには、建物の成り立ちや施工プロセスを正しく把握する必要がある。現代であれば、それは「設計図書」「施工図面一式」に記載されるべき内容だ。そこで同時代史料を所蔵していると思われる関係機関に、クリスタル・パレスの施工図面所蔵の有無を聞き取り調査した2)。回答を総合すると、『The Building Erected in Hyde Park for the Great Exhibition of the Works of Industry of All Nations, 1851』3)(以下『The Building Erected』)が現在手に入る唯一にして最も「施工図面」に近い資料であることがわかった。施工図面からの抜粋とその解説文で構成されており、収録された28枚の図面には1851年6月から1852年5月にかけての日付が記載されている。

2)以下の研究機関にメールまたは現地で直接問い合わせを行い回答を得た。Victoria and Albert Museum、RIBA Library、National Archive、Institute of Civil Engineer、Museum of London Archaeology、Crystal Palace Foundation、Crystal Palace Museum

3)Downes, C. and Cowper, C. (1852) The building erected in Hyde Park for the great exhibition of the work of industry of all nations, 1851. London:Weale.

― 同時代文献における建築材料への言及

 ここからは『The Building Erected』の内容を詳細に見ていく。序章では、これまでにも出版された類似書との違いとして、本書にはより具体的な詳細図や寸法が収録されていることを挙げ、必要であれば誰もが似た建物を建てられるだけの正しくまた完全な情報を込めたと述べられている。また建物は「鉄と木とガラスのみ」(constructed entirely of iron, wood, and glass)で建てられており、「大きな」部材は一切使用されていない(no large pieces)ことも特筆されている。最も重い部品は24フィート長の鋳鉄製の大梁であり、それでもひとつとして1トンを超えるものはないという。

そのため、他国で同様の建物を建てようと思ったときでも材料によってそれが制限されることはないという。木材はほぼすべての場所で手に入るし、ガラス製造工場も多くの近代化された国は所有している。鉄はそこまでユニバーサルとはいえないかもしれないが、それでも必要とされる部材サイズを鑑みれば、鉄部材を製造できる国から出来ない国へ運ぶことも十分に可能である。また、建物の多くの箇所で、寸法を調整すれば、鉄と木材は相互に置き換え可能であり、また鉄や木材によってガラスを置き換えることも可能であるとしている。

 クリスタル・パレスの木材使用箇所について『The Building Erected』は次のように言及している。

Wood is used in the main gutters and Paxton gutters, the arched ribs of the Transept, the sash-bars and ridges, the ground-floor and gallery floors, the lead flat and the external wall, and in some of the girders or trusses.

『The Building Erected』本文の記述と28枚の収録図面を照らし合わせることで、木材の使用箇所を詳細に特定することができた。本稿で使用する図版は、28枚の収録図面をトレースしたCADデータから抜粋し、木材使用箇所を筆者が着色(グレートーン)したものである(図版作成協力:高橋一稀(竹山研究室))。

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